ホールフーズなど大手小売の商品が買えて、即日配達されるという便利さで急成長したインスタカート。
Instacartサイトより
こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。今回は、アメリカのスーパーマーケットと小売市場についてお話します。
私はここ数年、食料品や生鮮品の購入は「Instacart(インスタカート)」という食品宅配アプリを使っています。元アマゾンのエンジニアが2012年に創業したお買い物アプリで、使いやすいUIと早い場合は1時間後からの即日配達がユーザーに支持され急成長、2018年10月時点で76億ドル(約8411億円)の企業価値をもつ会社になりました。
ホールフーズ(Whole Foods)の商品をインスタカートアプリでオーダーすると、インスタカートに登録をしているアルバイトの人が買い物に行って、家まで届けてくれます。シェアリングエコノミービジネスの先駆け的存在です。
ホールフーズ以外にもコストコやCVS(ドラッグストア大手)などの大手小売と連携しているため、自分で買い物に行くよりも効率的です。ユーザーとしては、インスタカートアプリという一つのUIから、複数のお店の商品を同時に購入できることには大きな利点があります。
サンフランシスコにあるインスタカートのオフィス風景。
Instacartサイトより
しかし、ここにきて、インスタカートと大手小売が提携解消をするというニュースが目立ってきました。インスタカート自身も、ホールフーズとの提携を解消することを示唆するコメントを出しています。2019年2月以降インスタカートアプリを使ってホールフーズの商品が徐々に購入できなくなるようです。
ホールフーズがアマゾンに買収された時にインスタカートが使えなくなったらどうしよう、と懸念していたのですが、その予感が的中した結果になりました。そして大手小売店のTargetまでもが、インスタカートとの提携を解消しました。インスタカートの競合であるShipt社を5億5000万ドル(608億円)で買収していたため、ということです。
Targetはインスタカートの売り上げの1%以下だったということで打撃は少なく、インスタカート自体は今のところ好調です。
このような大手小売とインスタカートの連携解消から読み取れることは何でしょうか。それは、エンドユーザーに支持されるプロダクト(プロダクトマーケットフィットがあるプロダクト)だとしても、プラットフォームビジネスの場合、成功戦略としては十分ではないということです。
脱インスターカートの背景にある「小売の本質」
インスタカートのiOSアプリ。大手小売チェーンもパートナーに入っている。
インスタカートは、食料品の在庫データを小売店舗から共有してもらうことでビジネスがなり立っています。つまり、小売店舗がずっとインスタカートを使いながら集客したいと思うプラットフォームであるかどうかが、成功要因なのです。
一方、小売にとって最も重要なのは「消費者との接点であり続けること」です。消費者がオンラインまたはオフライン店舗に買いに来ることでブランド認知を高め、リピート率と客単価を上げることが重要です。
インスタカートのようなショッピングアプリと提携することで、今まで店に来てくれなかった「ロイヤリティーが高くない客層」も取り込め、買い物頻度も上がるため売上増加が期待できます。
米小売大手のTARGET。郊外のショッピングモールに行けばどこにでもあるといった極めてメジャーな存在。
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一方で、消費者との直接的な接点を失うリスクもあります。この問題がある限り、長期的な解決策にはならないと各社が判断したのではないかと推測します。
もちろん、インスタカート側も小売のそのような懸念に配慮をしているため、小売店舗ごとに別の買い物ページが用意されているような作りになってはいます。しかし、ホールフーズ(アマゾン傘下)やTargetなどの大手の場合、独自にインスタカートのようなアプリ会社を買収あるいは開発できますし、配達力も集客力もあるので、インスタカートを使い続ける理由がない、ということになります。
これからアメリカの小売で何が起こるのか?
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今後どんなことが起こりうるでしょうか?
可能性としては、他の大手小売の離脱が考えられます。最近は配達をするバイトの人材のみを大量に集めていろいろな企業の配達作業を提供する「Postmates」のようなサービスも出てきています。
Postmatesの公式サイトより。
大手小売の提携先を失った場合、インスタカートに残るのは地域特化型や中規模の小売店舗のみですが、そうするとインスタカートの小売獲得の事業開拓や営業コストが上がり、同時にエンドユーザーへの訴求力が失われてしまいます。現在インスタカートはカナダに展開中で、別マーケットへの展開で勢いを維持しているようです。
このようにエンドユーザーや消費者にとっては素晴らしいプロダクトでも、データ提供者側(このケースでは小売)が長期的ソリューションになると思わない限り、不安定なビジネスモデルなのだということが分かります。
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同様のことは、実はデータプラットフォームビジネスの世界でも起こり得ます。
パロアルトインサイトでは、いろいろなデータ元からデータを収集し、エンドユーザーへ提供するプラットフォームビジネスを始めたいという企業から相談を受けることも多いのですが、プロダクトマーケットフィットの検証と同じくらい大事なのが、「データソースフィット」とでも呼ぶべき上記の点です。
データ提供者側の利害を理解した上で、依存度が高くないかどうか検証しデータプラットフォーム事業を構想することが、ビジネスモデルにおける長期的成功要因となります。
(文・石角友愛)
石角友愛:2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのGoogle本社で多数のAIプロジェクトをリードする。後にHRテックベンチャーの立ち上げや流通系AIベンチャーを経て2017年パロアルトインサイトを起業。日本企業に対してシリコンバレー発のAI戦略提案からAI実装まで一貫した支援を提供する。新著に「いまこそ知りたいAIビジネス」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。