かつて東西冷戦の代理戦争と化して泥沼化したベトナム戦争。そのベトナムの首都ハノイで2月27、28両日、2回目の米朝首脳会談が実現する。
2月27、28両日、2回目の米朝首脳会談が実現する。シンガポールで開催された1回目の米朝首脳会談(写真)から停滞していた交渉はどうなるのか。
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今回の首脳会談は、アメリカとベトナムがかつての敵対関係を正常化したように、朝鮮半島の「脱冷戦」を加速し、北東アジアの安全保障環境を大きく変動させるきっかけになるか。
2018年6月のシンガポールでの会談に続く、2回目の米朝首脳会談の注目ポイントを3つ挙げたい。
(1)朝鮮戦争終戦宣言の合意があるか
今回の首脳会談では、まず米朝間で朝鮮戦争の終戦宣言が合意されるかどうかが注目される。
アメリカのトランプ大統領は今、北朝鮮の非核化を後回しにし、1953年以来続く朝鮮戦争の休戦体制を先に終わらせ、朝鮮半島に恒久的な平和をもたらそうとしている。大統領自身や大統領側近の発言の節々からそれが分かる。トランプ大統領は朝鮮戦争の終結を成し遂げ、ノーベル平和賞も本気で狙っているかもしれない。そして、ロシア疑惑で内政的に窮地に陥る中、北朝鮮との外交でポイントを稼ごうとしている。
そのアメリカ大統領という長年の天敵を手玉にとって本気にさせたのが、北朝鮮の若き独裁者、金正恩朝鮮労働党委員長と、金委員長をバックアップしてきた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だ。たとえてみれば、舞台回しの役者が米朝韓でうまくそろった格好だ。
トランプ政権の北朝鮮担当者は、「朝鮮戦争終戦宣言」が発表される可能性を示唆した。
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前回のシンガポールでの米朝首脳会談では、
- 新しい米朝関係の構築
- 朝鮮半島の平和構築
- 朝鮮半島の完全な非核化
- 朝鮮戦争で行方不明になったアメリカ兵の遺骨返還
の4項目が合意された。「朝鮮戦争終戦宣言」は、このうち1と2を進展させることになる。
終戦宣言合意の兆しは十分にある。北朝鮮との実務協議責任者であるアメリカ国務省のビーガン北朝鮮担当特別代表は1月31日、アメリカのスタンフォード大学で内外の北朝鮮ウオッチャーを驚かせる講演をした。ビーガン氏は、
「トランプ大統領はこの戦争を終わらせる用意がある。それ(戦争)はもうおしまいだ。それは終わった。私たちは北朝鮮を侵略することはない。私たちは北朝鮮の体制を倒すことは求めてはいない」
と述べ、北朝鮮に対する今後のレジームチェンジの意図を明確に否定した。アメリカは北朝鮮の体制を保証するから、安心して非核化を実現せよ、とのメッセージだ。
そのビーガン氏は首脳会談を前にすでにハノイ入りし、2月21日から連日、北朝鮮の実務担当者と協議を続けている。
韓国政府も、ハノイでの米朝実務者協議で「終結宣言」が議題にのぼり、首脳会談での終戦宣言合意の可能性があるとみている。韓国大統領府の金宜謙(キム・ウィギョム)報道官は2月25日の定例記者会見で、
「どのような形式で終戦宣言がまとめられるか正確には分からないが、米朝がそのような宣言に合意する可能性は大いにある」
と述べた。
非核化が先か、終結宣言が先か。北朝鮮と韓国の国民の間には南北統一の悲願もある。
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筆者が定期的に会っている駐日韓国大使館の外交官は2018年来、筆者の取材に対し、「終戦宣言は政治的にシンボリックなもので、平和条約締結とは別。日本が反対する理由がわからない」と主張している。筆者が「北の非核化よりも前に、アメリカが終戦宣言に合意してしまえば、北に対するレバレッジがなくなるのではないか」と指摘すると、「(終戦宣言は)米朝間の信頼醸成と平和条約締結、非核化実現に向けた環境整備に資する」と答えた。
「非核化が先か、終結宣言が先か」は結局、「鶏が先か、卵が先か」の問題に似ている。つまり、どちらに優先順位を置くか、順番の問題だ。
終結宣言をめぐる北朝鮮の受け止めはどうか。東京都小平市にある朝鮮大学校の李柄輝(リ・ビョンフィ)准教授(朝鮮現代史)は2月23日に都内で行われた講演会で、「すでに南北戦争は終わっている」との見解を示した。
李准教授は金正恩委員長が新年の辞で、
「板門店宣言と9月平壌共同宣言、北南軍事分野の合意書は、北南間に武力による同族間の争いを終息させることを確約した事実上の不可侵宣言であり、実に重大な意義を持ちます」
と述べたことを指摘した。
金正恩委員長が2018年時点で南北間で「事実上の不可侵宣言」がすでになされたとみなしているならば、首脳会談でアメリカとの終戦宣言合意に踏み出すのもやぶさかではないだろう。
(2)「非核化急がない」トランプ発言の真意は
日本をはじめとする世界の大きな関心は、今回の首脳会談で北朝鮮の非核化をめぐってどのような合意がなされるかだ。
しかし、トランプ大統領は2月に入ってからも、「非核化は急いでいない」「差し迫った期限はない」などと繰り返し述べ、早期の非核化実現のハードルをぐっと下げてきている。北朝鮮への大幅な譲歩だ。北朝鮮を事実上の核保有国として認め、長い軍縮交渉に入ったと言ってよい。
なぜトランプ大統領は早期の非核化をあきらめたのか。
2018年5月に閉鎖が発表された豊渓里核(プンゲリ)実験場。北朝鮮の核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射を当面中断させるという、核ミサイル実験のモラトリアム(一時的停止)を得ることがトランプ大統領の目的だと言われる。
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大統領は、目に見える将来において北朝鮮に非核化をさせることがすでに不可能と判断し、北朝鮮の核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射を当面中断させるという、核ミサイル実験のモラトリアム(一時的停止)を得られれば良いと考えていると筆者はみている。トランプ大統領としては、それだけでも前任のオバマ大統領との違いを国内外にアピールできるからだ。
実際、すでに2020年秋の大統領選に向け、そのような言動をみせている。トランプ大統領はハノイに向けて出発前の2月24日も、「(核ミサイルの)実験がない限り、我々は満足だ」と述べた。
ビーガン特別代表も前述のスタンフォード大学での講演で、
「ワシントンでのありふれた策略として問題が解決できないときは問題を広げる」
と指摘。北朝鮮の非核化問題に限定的にこだわるよりも、問題を大きく構えて先に終戦宣言を合意し、北朝鮮と外交関係を推進していく中で、後に北の非核化を実現させる考えを示している。
一方の金正恩委員長は新年の辞で、
「われわれはすでに、これ以上核兵器の製造、実験、使用、拡散などをしないということを内外に宣布し、さまざまな実践的措置を講じてきました」
と述べ、既存の核ミサイルの廃棄以外はアメリカと妥協する構えを見せている。
事実、北朝鮮は2018年、豊渓里(プンゲリ)核実験場の爆破や東倉里(トンチャンリ)ミサイル発射場の一部廃棄を実施した。
これらの施設に加え、今回の首脳会談では、寧辺(ヨンビョン)の核施設の廃棄や査察が、アメリカ側の「同時行動原則」に基づく見返り措置を条件に、合意される可能性が高い。寧辺の核施設は、2007年2月の6者協議でも稼働停止と封印がいったんは合意された経緯もある。
前述の朝鮮大学の李准教授は先の講演で、「朝鮮にとって寧辺は国宝だ。プルトニウム再処理やウラン濃縮はすべて寧辺でやってきた。これを廃棄することは、核を今後バージョンアップするための源泉をも破棄することになる。当面、すでに完成した核は持ち続けるかもしれないが、アメリカもロシアも古くなった核は廃棄していっている。朝鮮が当面核を持ち続けたとしても、10年後、20年後にはそれは使いものにならない」と述べている。
つまり今回の首脳会談でトランプ大統領は、北の核ミサイル実験の中止、つまり核ミサイル開発のフリーズ(凍結)で金正恩委員長と手を打つ可能性が高い。そして、平壌近郊の千里馬で北朝鮮が秘密裏に建設したとされるウラン濃縮施設「カンソン」などは手つかずに温存される可能性が高い。
(3)経済制裁緩和と見返り
北朝鮮が再開を求めている開城工業団地。
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金正恩委員長が新年の辞で「核兵器の製造・実験・使用・拡散をしない」との立場を示し、寧辺の核施設の廃棄や査察を受け入れた場合、アメリカは見返りに何を与えるのか。
北朝鮮は従来からサラミソーセージをスライスするように交渉を段階別に分けて、相手国から最大限の利益を得ようとする「サラミ戦術」を得意とする。トランプ政権は、このサラミ戦術で北朝鮮が非核化措置を1つ行うごとに、歴代政権が見返りを与えてきた「行動対行動」の原則を反省。当初は、北朝鮮が「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を実行してから見返りを与えるとの強硬姿勢を貫いていた。
しかし、シンガポールでの首脳会談以後の実務者協議で非核化をめぐる溝が埋まってこなかったことから、柔軟姿勢に転じた。
ビーガン特別代表はスタンフォード大学での講演で、トランプ政権が「同時並行的」に両首脳の合意実現にコミットしていくとの方針を示した。
「北が完全なる非核化を実現しないうちは、制裁は解除しない」
とは述べているものの、結果としてこれまでの歴代政権と同じ「行動対行動」の方針に立ち戻った格好だ。米朝の緊張緩和が進む中、中朝の国境などでは経済制裁が徐々に緩んできている。
2回目の米朝首脳会談に向けて、ベトナムへ発つトランプ大統領。
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トランプ大統領やポンペオ国務長官、ビーガン特別代表はこのところ、北朝鮮に対し、体制を保証すると約束。非核化をすれば、経済的にも繁栄し、素晴らしい未来が待ち受けているとしきりに強調している。そのための信頼醸成の一環として、終戦宣言合意や相手国に連絡事務所を設置する方向でいる。
北朝鮮は、中断している北朝鮮国内の金剛山(クムガンサン)韓国と開城(ケソン)工業団地の両南北協力事業の再開を求めており、これをアメリカが認める可能性もある。
自国の経済発展をしきりに強調する金正恩委員長は、国際社会の経済制裁を緩和するために本気で非核化するつもりがあるのか。専門家の間でも、見方が今も分かれている。筆者の取材感覚で言えば、2018年の一時と比べ、金正恩委員長が非核化に本気だと考える内外の専門家が増えているように思える。
ただ世界地図を見ればわかるが、北朝鮮の立場からすると、東側と南側を「アメリカの核の傘」を有する日韓が立ちはだかり、北側は核保有国のロシア、西側は同じく核保有国の中国によって取り囲まれている。
周辺国の核に対峙し、地政学的に大国の「草刈り場」となりやすい半島国家として生き延びるためにも、北朝鮮は金日成から金正日、金正恩と親子3代、半世紀にわたって核ミサイル開発に注力してきた。体制の保証という絶対条件が整わなければ、北朝鮮がいとも簡単に「核の宝剣」(金正恩委員長の言葉)を手放すとは考えられない。
北朝鮮にとっては、トランプ大統領の「体制保証」の言葉だけでは信用できないだろう。どうやって体制保証のシステムを作っていくのか。筆者は、例えば、日本と韓国と北朝鮮を非核兵器地帯とし、この非核地帯にアメリカ、ロシア、中国の3カ国が核攻撃や威嚇をしない「北東アジア非核兵器地帯構想」といった多国間の安全保障体制がない限り、北朝鮮の完全なる非核化は極めて困難だとみている。
高橋 浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。