「アマゾン券で100億円還元」も出現。泉佐野市のふるさと納税への違和感は「金持ちほどトクする格安通販」


泉佐野市のHPより。

「100億円還元」と銘打った大阪府泉佐野市のふるさと納税キャンペーンの告知。市に対する全国からの寄付金は急増している。

市のふるさと納税特設サイトより編集部がキャプチャ

2000円ポッキリで高級食材から家電製品まで、何でもお取り寄せできます——。うまい話には裏があるのがふつうですが、これはれっきとした国の制度である「ふるさと納税」のこと。そんなおいしい制度を利用しない手はない?そうかもしれませんが、何かおかしいと思いませんか。

ビール、高級牛肉…豪華な返礼品そろえ市税収入の1.7倍を獲得

泉佐野市のHPより。

泉佐野市のふるさと納税特設サイトに掲載された人気の返礼品。高級牛肉からトイレットペーパーまで、すべて「実質2000円」でお取り寄せできる。

同サイトより編集部がキャプチャ

「100億円還元 閉店キャンペーン!」

2019年2月5日、大阪府泉佐野市がふるさと納税に関するこんな告知をウェブサイトにアップした後、全国からアクセスが殺到。市のサイトにつながりにくくなって市民への情報提供に支障が出たため、ほぼテキストのみで情報量が少ないトップページに変えるなど担当部署は対応に追われた。

泉佐野市は2017年度、全国で最も多い135億円ものふるさと納税による「寄付」を受け入れた。地場産品ではないビールや高級牛肉を含む豪華な返礼品が人気だ。

「100億円還元」は3月までの期間限定。寄付額に応じてもらえる返礼品に加え、寄付額の10~20%に当たるアマゾンギフト券も「還元」する。

キャンペーンの効果もあり、2018年度の寄付受け入れ額は前年度の3倍近い360億円ほどに伸びる見通しだという。これは市の2018年度一般会計当初予算案での市税収見込み額の1.7倍に当たる。市によると「100億円」は「アマゾンギフト券による還元額」だが、実際にはこの金額に届くことはなさそうだ。

そもそも、ふるさと納税とはどんな制度だろうか。

各地の都道府県や市町村にお金を寄付すると、寄付額から2000円を除いた額が、自分が住んでいる自治体や国に納めるべき住民税や所得税から差し引かれる制度。寄付額に応じて特産品などの「返礼品」が送られてくることが多い。事実上、「返礼品を2000円で購入する」のと変わらない。寄付額に対する返礼品の金額の比率は「還元率」と呼ばれる。ネット上では泉佐野市など還元率の高い自治体のランキングも紹介され、人気を集めている。

寄付の理由は「地域貢献」より「返礼品が魅力」

ふるさと納税の寄付総額の推移。

総務省の資料より

ふるさと納税は2008年度にスタート。故郷だけでなく「お世話になった地域」や「これから応援したい地域」への寄付を促して「地方創生」を後押しすることなどが目的とされている。

2017年度の寄付総額は前年度比28.4%増の3653億円。勤め人なら一定の条件を満たせば、申請書を送付するだけで確定申告をしなくて済む「ワンストップ特例」を2015年度に導入した効果もあり、2014年度の9倍以上に急増した。

ふるさと納税ブームが盛り上がるとともに、各地の自治体が高額の返礼品を用意して「還元率」を高めたり、地場産品でない商品券や家電製品を返礼品にしたり、といった競争過熱が問題視されるようになった。複数の民間調査では、ふるさと納税を利用した理由を「返礼品が魅力」とする趣旨の回答が、「地域貢献」を大きく上回る。

寄付した人の所得が多いほど、本来納めるべき税金の額から寄付額に応じて差し引かれる金額の上限が増える。一般に多額の寄付をするほど高額な返礼品がもらえるため、所得が多い人ほど「実質2000円」でもらえる返礼品の上限額も上がることになる。

民間の各種ふるさと納税サイトでのおおざっぱな試算によると、「負担が2000円だけで済む寄付額の上限」は、独身の人の場合、年収300万なら2万8000円ほど、年収1000万円なら17万円ほど、年収1億円なら400万円超。節税目的で多額の寄付を繰り返す高額所得者も少なくない。こんな極端な「金持ち優遇」に対しても批判は強い。

総務省は2017・18年の2度にわたり、高額品や地元産以外の返礼品を自粛するよう要請する通知を自治体に出したが、強制力はなく、無視する自治体もあった。

「身勝手なのは総務省」。泉佐野市長は規制強化に反論

スマホに表示されたアマゾンのサイト。

地元事業者の売り上げにつながるケースは少ないとみられるアマゾンギフト券などの返礼品について、総務省は「ふるさと納税の趣旨に反する」として問題視。2019年6月から規制を強化する方針だ。

slyellow / Shutterstock.com

このため政府は地方税法改正案を国会に提出。成立すれば2019年6月以降、(1)還元率は3割以下(2)返礼品は地場産品に限る、といった条件を満たす自治体だけを総務省がふるさと納税の対象に指定し、「指定外」の自治体に寄付しても制度の恩恵は受けられなくなる。

そんななかでの泉佐野市のキャンペーン開始宣言は、総務省の逆鱗に触れた。

石田真敏総務相は2月8日、次のようなコメントを発表した。

「ギフト券は、『地場産品』でもなければ、『返礼割合3割以下』でもなく、また、地域活性化にもつながりません」「制度のすき間を狙って明らかに趣旨に反する返礼品によって寄付を多額に集めようとすることは、自分のところだけが良ければ他の自治体への影響は関係がないという身勝手な考え」

その4日後、泉佐野市の千代松大耕市長もコメントを出して反論。

「各自治体がアイデアを凝らしつつ寄付獲得の努力をしていくことは地方自治の観点から大きな意義があると考えています」「肝心の地方自治体の意見も聞かず、一方的な見解でつくった条件を押し付け、強引に地方を抑えつけようとしている『身勝手』さを示しているのは総務省の方ではないでしょうか」

一歩も引かない姿勢を示した。

ただ、市は3月いっぱいで寄付受け入れをいったんストップし、6月からの新しい規制への対応を検討するという。

自治体の努力が報われない財政制度こそ問題だ

菅官房長官と安倍首相。

第1次安倍政権の総務相だった菅義偉官房長官(右)肝いりの政策として誕生したふるさと納税。第2次安倍政権下の2015年、「ワンストップ特例」など制度をより利用しやすくする施策が導入され、寄付総額は大きく増えている。

REUTERS/Toru Hanai

ふるさと納税を通じて、地場産品を地道にPRして全国での認知度アップに成功した自治体もある。被災地には返礼品がなくても寄付が集まった。

それでも総じてみれば、ふるさと納税は本来の趣旨とかけ離れ、「お金持ちほどトクする格安カタログ通販」として利用されることが圧倒的に多い。こうした現状は、今回の規制強化後も大きく変わりそうにはない。

みずほ総合研究所の野田彰彦上席主任研究員は、寄付金額のうち2000円を超える分を納めるべき税金から差し引く際、「例えば10万円などの上限額を設けるべきです」と提言する。

一方、ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは、規制強化の方向性はある程度評価しつつ、「ふるさと納税のあり方だけでなく、中長期的な地方財政制度全体の改革に向けた議論をしていくべきです」と訴える。

税金を多く納めてくれる大企業やその社員がいない、もしくは少ない地方の自治体の多くが財政難に苦しみ、税収格差をならすため国が配る地方交付税交付金や、国が進める政策を実現するための補助金を頼りに財政を切り盛りしている。今の仕組みのもとでは、自治体は地方税収を増やしたり行政サービスを効率化したりといった自助努力より、「国の言うことを聞いてお金を引っ張ってくる」手段に頼りがちだ。

本来あるべき形での「競争」こそが地方創生につながる

野菜などを売る店。

観光振興や起業支援といったさまざまなやり方で「創意工夫して頑張った自治体」が、きちんと報われる仕組みが必要だ(写真はイメージです)。

Keith Tsuji/Getty Images

そこへ、自治体の努力次第で他の自治体に入るはずだった税金を奪い、大きく収入を増やせるふるさと納税のような制度が出現したら?財政難で背に腹は代えられず、「反則ギリギリ」の手を使ってでも寄付を増やそうとする自治体が出てくるのも無理はない。

「泉佐野市を悪者にするだけで、この議論を終わらせてはいけません。国が自治体のはしの上げ下ろしまで指図し、『少しでもはみ出したことをしたらダメ』というやり方では、地方創生など無理だからです」(矢嶋氏)

国は地方財政制度も含む「地方分権改革」に取り組んできたものの、「まだまだ不十分だ」と指摘する専門家は多い。

「地域間格差が比較的少ない消費税収を、国から地方へさらに移すなどして地方税を充実させ、国の裁量によって配分するお金を減らす。そうすることで、自治体が行政サービスを充実させるために税収を増やしたり、効率化によって支出を減らしたりといった努力がきちんと報われる仕組みにしていくべきです。人口が減っていくなかで、すべての自治体が今のままで生き残るのは難しいでしょう。創意工夫して頑張った自治体に人が集まっていけばいい。そうした本来あるべき形での自治体間の競争こそが、地方の自立を促し、地方創生につながるのではないでしょうか」(矢嶋氏)

(文・庄司将晃)

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