『1分で話せ』仕掛け人・ベストセラー連発編集者に聞く「読者の“色濃い本音”の読み解き方」

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2018年末に発表された、ビジネス書年間ベストセラーランキング(日本出版販売)のトップ5のうちの3冊は1人の編集者が手がけたものだ。1位の『大人の語彙力ノート』(齋藤孝)、2位の『10年後の仕事図鑑』(落合陽一、堀江貴文)、5位の『1分で話せ』(伊藤羊一)、この3冊の編集者、SBクリエイティブの多根由希絵さんは、なぜ次々とベストセラーを生み出せるのか。その仕事術とは?

聞き手は、多根さんが手掛けた本の複数冊で文章構成を担当してきたライターの長谷川リョーさん。

「著者」×「テーマ」×「見せ方」の掛け算を意識する

SBクリエイティブの多根由希絵さん

SBクリエイティブの多根由希絵さん。本を作るときには“掛け算”を意識するという。


長谷川

長谷川さん

いつもご一緒している多根さんにあらためて話を聞けるのを楽しみにしていました。いきなりですが、本づくりの芯の部分から聞かせてください。本の企画を立てる時に、著者から決めますか。それとも、テーマが先ですか?


多根さん

多根さん

個人的には、20万部超のヒットになる本はテーマありき、つまり、ニーズを掘って企画を立てたパターンが多い気がします。最近の例で言うと、『大人の語彙力ノート』。実はそれまでも「語彙力」に関する本はたくさん出ていたのですが、この本のように「シチュエーション別の言い換え」をまとめる本はなかった(例えば、「ぶっちゃけ」→「ありていにいえば」のような)。私は編集者でありながら語彙力が本当に乏しくて、あらたまった会議の場で「あれ、こう言う時はどういう言葉を使えばいいんだっけ……?」と固まってしまう。同じように、あらたまった場所での語彙力の無さを痛感している人は多いはずと考えたのが出発点です。


長谷川

長谷川さん

『1分で話せ』のように、当時は決して知名度が一般的ではなかった著者(Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一さん)でもヒットに導いていますよね。その場合はどのように設計を?


多根さん

多根さん

掛け算だと思います。大雑把にとらえると、「著者」×「テーマ」×「見せ方」、あるいは「時代性」。そういう掛け算で本の売れ方がある程度見込める部分はあるように思いますので、「名前だけで売れる」方でなくてもヒットする可能性は十分にあると思っています。「自分の本はこうでなくては」というこだわりが強くない方もいるので、読者のニーズに添った本づくりを進めやすい。読者も、著者への先入観なく、純粋な関心で手に取りやすいかなと。ただし、最近はより初速が大事になってきており、ファンの方がいらっしゃる方のほうが有利になってきていることはあると思います。


長谷川

長谷川さん

半面、こだわりの強い著者とはどう折り合いをつけるのですか。例えば、僕も文章構成で参加させていただいた『10年後の仕事図鑑』の場合、取材中にも堀江さんが「先のことを考えていても意味はない」とおっしゃったとか。


多根さん

多根さん

堀江さんのメッセージは「10年後の世界なんてどうなっているか分からない。だから今に集中しようよ」だったと理解しています。それはまさに、この本を手に取ってくださった方への究極のメッセージだと感じ、テーマの一貫性は保てると思いました。当初自分が考えていた解決策以上のお話で、この本を出す意義がより増したように思いました。


長谷川

長谷川さん

タイトルについてはギリギリまで揉むことが多いですか?


多根さん

多根さん

直前で変えることもよくあります。営業の担当者にとっては迷惑かもしれないですが、やっぱり人々のニーズは絶えず変わっていくものですし、企画を立てた時点と本が完成する頃では書店の棚もかなり違っているので。


本1冊出費して求める“色濃い本音”を読み解く

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長谷川

長谷川さん

『10年後の〜』の時は「『13歳のハローワーク』(村上龍による2003年のベストセラー)の現代版を作りたい」とおっしゃっていましたね。過去のヒット本から普遍的テーマを探ることも多いですか。


多根さん

多根さん

よくありますね。時代は変わっても、人が欲するテーマは大きく変わらないはずだと思っています。1970年に『冠婚葬祭入門』(塩月弥栄子著)というベストセラーがありますが、当時のカバーのサブタイトルに「いざというとき恥をかかないために」とあり、こうしたニーズは『大人の語彙力ノート』と、あまり変わらないのではないかと思ったりします。


長谷川

長谷川さん

一方で、今の売れ線もこまめにチェックすると聞きました。週に1回、ビジネス書と新書の売上ベスト100をチェックしているとか。


多根さん

多根さん

週単位で大きな変動はなくても、ずっと定期的に見続けていくと、世の中のニーズの傾向みたいなものが見えてくる。本1冊、1300円なり1500円を出費して求める行動にある“色濃い本音”を読み解こうと意識しています。ファーストフード店や喫茶店でお茶を飲みながら、隣の席の会話を聞くリサーチもしばしば。書店に行くと、どういう人がどの棚にいるのかをチェックします。一方で、SNSはもっと研究しないと、と思ってます。


どんな地域でも一家に1冊置かれる本には普遍性がある

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撮影:今村拓馬


長谷川

長谷川さん

僕の印象では、多根さんが作る本は、文字がギュウギュウと詰め込まれていないサッパリした感じがするのですが。


多根さん

多根さん

経験的に、「本を読むのが苦手」という人も周りにいたので、本を読むのが苦手だった人も取り込める方法を探ってきたのかもしれません。感覚的に理解しやすいレイアウトを心がけたり。郊外のショッピングモールの中の書店さんでも売れるような本は、全国の隅々まで行き渡る可能性があるのではと個人的に考えています。『ホモデウス』や『ファクトフルネス』を読む層とは違うかもしれないですが、どんな地域でも一家に1冊置かれるような本には普遍性があると思います。本の売り上げを見ていても、各取次さんのデータでは売れている本の傾向が違っていたりします。上位には一度もランクされなくても、100位くらいにずっと残っている本にも注目しています。


長谷川

長谷川さん

なるほど。多根さんから見て、100万部売れる本にはどんな共通点があると思いますか。例えば、『嫌われる勇気』がミリオンセラーになった理由は何だと?


多根さん

多根さん

時代性と普遍性の両方があったのではないかと思います。これは私の勝手な見方でしかありませんが、『嫌われる勇気』が売れるきっかけになった出来事は「グローバル化」ではないでしょうか。「日本人は言いたいことを言うのが苦手だな」という問題意識が顕在化され、共有されていた。そして「言いたいことが言えない」というのは普遍的な悩み事であったようにも思います。私が言うのはおこがましい限りなのですが。


長谷川

長谷川さん

ちなみに、著者はどうやって発掘するんですか?


多根さん

多根さん

えーっと、もともと断るのが苦手な性格というのもあるのですが……(笑)。基本的にはお会いして話していく中で、「この人の話には、こういう人たちがついてくるな」というニーズが明確に見えたら、企画を考えていくことが大半です。周辺の評判を参考にすることも多いです。例えば、『1分で話せ』の伊藤羊一さんは、コミュニティの異なる3人くらいの方から立て続けに「伊藤さん、いいよ!」とオススメされて。グロービスやYahoo!アカデミアでの実績も知った上でお会いしてみたら、やはり「伝え方」の話が面白かった。伊藤さんにはお好きな漫画作品を取り上げた前作があったのですが、「伊藤さんならではのテーマを、ストレートに書いたほうがいいです」と申し上げました。「1分で話せ」というコンセプトも、私から提案しました。


長谷川

長谷川さん

「伝え方」の本はたくさんあったけど、あえてそこで勝負しようと。


多根さん

多根さん

強豪だらけのレッドオーシャンでしたけれど、やりようによっては十分に売れると信じていました。周りにも、「話が長い」と指摘されて悩んでいる人は多かったので、“短く話す”ことをメインテーマに据えました。このテーマでは数年前に『ビジネスは30秒で話せ!』という本が出ていましたが、その時点では類似書は棚になく、 “ニーズはあるのに、本が書店にない”という好機だと見たんです。


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長谷川

長谷川さん

初版5500部のスタートから、1年で25万部までに。これだけのヒットになったきっかけは何だったんですか。


多根さん

多根さん

書店連動イベントの「朝渋」に伊藤さんが出演したことが一つのターニングポイントに。あと、先ほどもお話しした「郊外のショッピングモールで売れている動き」が見えたので、社内の営業チームも目をつけやすかったということも大きいです。ここ1、2年で、幻冬舎さんが若手のビジネスパーソン向けの書籍企画を立て続けにヒットさせていて書店に若い人たちが足を運ぶ流れができつつあったのではないかと感じています。そこで “ついで買い”もされたのかもしれません。タイトルが目立つ装丁を意識したのもその理由です。


長谷川

長谷川さん

僕が聞くのも変ですが、多忙な著者に代わって文章構成を担当するライターの選択はどのようにやっているんですか。


多根さん

多根さん

著者さんから紹介されるパターンが一番手堅いですね。その方の仕事を一番分かっていらっしゃるし、コミュニケーションの方法も逐一教えていただけるので、安心感があります。


長谷川

長谷川さん

著者の原稿には結構手を入れられますか。


多根さん

多根さん

やはり、ただ言いたいことをまとめただけの文章では読者には響かないこともありますよね。「なぜこの情報を知る必要があるのか」「これを知ることで、どんなメリットがあるのか」という視点を提案することもあります。


社内で一番営業のフロアに顔を出している自信あります

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長谷川

長谷川さん

多根さん自身の編集者としてのブレイクスルーポイントはどこにあったんですか?


多根さん

多根さん

前職は日本実業出版社で、パソコンムックや雑誌の編集、それから書籍編集の部門に入りました。今につながる学びという点では、前の会社では、初めて本を書く著者の方と一緒に仕事をすることも多く、著者発掘のスキルや、テーマを深く掘り下げる姿勢は身についたような気がしますね。


長谷川

長谷川さん

当時はどんな本を担当されていたんですか。


多根さん

多根さん

労働法とか、結構硬めの本もつくっていました。どういうジャンルでも「その本が置かれる棚の中で一番をとる」という目標でやっていた経験は、今も生きています。


長谷川

長谷川さん

他の編集者の仕事を参考にすることも?


多根さん

多根さん

あります、あります。すごく勉強になります。


長谷川

長谷川さん

例えば、(幻冬舎の)箕輪厚介さんみたいなスタイルは?


多根さん

多根さん

一つの完成されたスタイルとして尊敬しています。あと、『目は1分でよくなる』をヒットさせた自由国民社の竹内尚志さんが作る本も、“読者ニーズの捕まえ方”や市場への入り方が秀逸だなぁとか。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を編集した後にcakesを立ち上げた加藤貞顕さんの本も、学ばせていただくところが多いと思っています。編集者もどんどん新しいスキルや視点を取り入れて進化しないと、読者に飽きられると思うので、他の編集者から取り入れるべきところは取り入れていきたいですね。昨年売れたからといって、今年は違う状況なわけですし。


長谷川

長谷川さん

多根さんの他の編集者を凌ぐ素晴らしい面の一つが、謙虚できめ細かいコミュニケーション力だと思うんです。僕のような若造にもいつも丁寧に接してくださって。


多根さん

多根さん

本づくりはチームで成せるものだと思っているので、著者はもちろん、社内の営業や広報といった他部署とも連携できるように情報共有しています。私、社内で一番営業のフロアに顔を出していると自信はあります(笑)。多い時では毎日のように行っては、タイトルや企画の方向性を相談。本が売れて社内で賞をいただいた時には、真っ先に営業チームにお菓子を配りにいきます(笑)。本を売ってくれる最大の貢献者は、営業部のメンバーだと思っているので。


長谷川

長谷川さん

実際に営業チームの意見を取り入れることもよくあるんですか?


多根さん

多根さん

はい。前の会社で統計の本を作った時、タイトル案をいくつか営業チームに見せたら、「僕たちも買いたくなる本にしてほしいんだよね」と言われて、いろいろと意見を聞いていたら「そういえば、何か提案をした時によく『それって根拠あるの?』と言われて言葉に詰まる」という話を聞けたんです。それで生まれた本が『「それ、根拠あるの?」と言わせない データ・統計分析ができる本』で、ロングセラーになりました。私にとって、営業チームとの連携は、リアルなニーズをすくい取るための成功体験でもあるんです。


作り手としてできることを、これからも模索していく

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長谷川

長谷川さん

最近、他社から出た新刊で「やられた!」と嫉妬した本はありますか?


多根さん

多根さん

日々あります。統計リテラシーのニーズを突いた『ファクトフルネス』もそうですし、『気のきいた短いメールが書ける本』は、「これ、欲しいよね」と心底思いました。緻密な作り込みも参考にしています。


長谷川

長谷川さん

今はどれくらいの本を手がけているんですか?


多根さん

多根さん

ここ1~2年は9~10冊ですね。


長谷川

長谷川さん

今後手がけたいテーマはありますか?


多根さん

多根さん

野望でしかありませんが、『学問のすゝめ』の現代版のような本をつくってみたいですね。先行き不透明な時代を生き抜くための教養や知識を身につける指針となるような本。また、出版のビジネスモデルも見直しが必要な時期なのかもしれません。。本の作り手としてできることを、模索していこうと思っています。


(聞き手:長谷川リョー、構成:宮本恵理子、写真:竹井俊晴)


多根(たね)由希絵:日本実業出版社で月刊「企業実務」、書籍など担当の後、2015年からSBクリエイティブ学芸書籍編集部で新書、ビジネス書、実用書を担当。代表作は『本音で生きる』(堀江貴文著、33万部)『世界のエリートが学んできた 自分で考える力の授業』(狩野みき著、10万部)など。

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