米中貿易協議は予定調和の「先送り」——まとまらない対中強硬策に焦るトランプ大統領

中国の劉鶴副首相と会談するトランプ大統領。

2019年2月22日、米ホワイトハウスの大統領執務室で、中国の劉鶴副首相と会談するトランプ大統領。24日まで続いた米中閣僚級協議の後、トランプ大統領は中国製品に対する追加関税の引き上げの延期を表明した。

REUTERS/Carlos Barria

2019年2月24日、トランプ米大統領は3月2日に予定していた中国製品に対する追加関税の引き上げを見送り、3月下旬ごろ習近平・中国国家主席と会談して交渉決着を目指すと表明した。

トランプ大統領は2020年11月の大統領選を見据え「中国の不公正貿易に立ち向かう大統領」を演じたいはずであり、「中国に対しては生かさず殺さずの扱いを進めるはず」というのが既定路線であった。この点、今回の先送り(しかも期限の明記無し)は極めて予定調和な結果であったと言える。

「生かさず殺さず」という予定調和

米国の港に並ぶ輸入車。

アメリカが検討している輸入車への関税引き上げは、中国に対してというより、日本やEUに対する交渉カードとして注目されている。

REUTERS/Eduardo Munoz

文字通り、今回の決定は先送りであって市場の不透明感が払拭されたわけではないが、当面の懸念が払拭されたという節目でもあるため、米中貿易協議の現状と展望に関し整理してみたい。

2018年から、トランプ政権は対米貿易黒字を抱える国々を主たる対象として矢継ぎ早に制裁を打ち出してきたが、当初から中国との対決色が全面に出ていたわけではない。

まずは2018年2月に洗濯機・ソーラーパネルに対するセーフガードが発動され、ここでは中国と韓国が標的となった。3月、セーフガードは鉄鋼・アルミ製品に対しても発動されたが、ここでは国家安全保障を理由として全世界(一部を除く)が対象とされた。

5月には自動車および同部品に対するセーフガードが検討され、270日間の調査を経て2019年2月に米商務省から大統領へ報告書が提出されたことは前回の寄稿『日米の自動車関税交渉は5月にヤマ場?今後の展開はこうなる』で詳しく議論した通りだ。これも国・地域で言えばEUや日本への強力なカードとして注目されている。

この時点ではまだ「中国狙い撃ち」の色彩は薄く、米中貿易戦争ないし米中貿易協議というフレーズもさほど耳にしなかった。

米中貿易戦争、実質的な開戦は「2018年7月6日」

中国の港に並ぶ輸出向け鉄鋼製品。

中国の港に並ぶ輸出向け鉄鋼製品。アメリカは高関税を課す対象を段階的に広げてきた。

China Daily via REUTERS

トランプ政権における保護主義政策が対中貿易摩擦と同義語のように語られるようになり始めたのは2018年6月以降である。

6月15日、米通商代表部(USTR)は、通商法301条(以下301条)に基づき、中国の技術移転策に対する制裁措置として追加関税を賦課する対中輸入500億ドル(1102品目)のリストを公表した。このうち340億ドルについて25%の追加関税が実際に賦課されるようになったのが7月6日であった。就任以来、強い語気で対中強硬策をうたってきたトランプ大統領だが、攻撃対象を中国に限定した上で実際に追加関税を賦課したのはこれが始めてである。

ここから、両国間で追加関税の応酬が始まったことを思えば、米中貿易戦争の実質的な開戦は「2018年7月6日」だったと言えるかもしれない(ちなみに同日、中国は同額・同率の制裁関税を決定している)。

この一連の動きがショッキングだったのは、トランプ政権は5月19日に貿易赤字削減に関する中国政府との共同声明を発表し、追加関税の実施を見合わせるとしていた経緯があったことだ。しかし、この方針は5月29日に突如撤回され、6月15日の追加関税リスト公表、そして7月6日の関税賦課に至った。改めて対中制裁への強い思いを確認する展開であり、ここから「アメリカ vs. 中国」という対立構図が市場の一大テーマとなり始めた。

その後、500億ドルから340億ドルを除いた残額160億ドルに対し25%の追加関税が8月に、さらに2000億ドルに対し10%が9月に決定され、賦課が始まっている。今年に入ってから注目されてきた追加関税の引き上げ期限「3月1日」はこの最後の2000億ドルに対する10%を25%にするか否かという話である。

本来は2019年1月以降に関税が引き上げられる予定だったが、2018年12月の米中首脳会談の結果として、2019年3月1日に交渉期限が設定され、90日間先送りされていた。

「任期のある米大統領」 vs. 「任期のない中国国家主席」

中国の習近平国家主席。

中国の習近平国家主席(中央)。米中貿易戦争は、「任期のない中国国家主席」が「任期のある米国大統領」を徐々に押し込み始めているようにも見える。

REUTERS/Mark Schiefelbein/Pool

筆者は2018年12月の米中首脳会談後、寄稿『米中貿易戦争の“停戦”は本物か—トランプ再選まで続く「壮大なマッチポンプ」作戦』で以下のように述べた:

90日後にまた「30日間の猶予を与えて云々……」という展開も無いとは言えまい。こうした「自分で火をつけて自分で消火を演出する」という、国際金融市場を巻き来んだ「壮大なマッチポンプ」は恐らく再選を賭けた大統領選挙の行われる2020年までは続くのではないか。

あれから90日間が経過し、やはりマッチポンプを見せつけられることになった。

全てはトランプ大統領の交渉戦術通りに進んでいるようにも見えるが、実情はそうでもなさそうである。米中両政府は2019年1月以降、3回の閣僚級会合を開催し、第3回目の最終日である2月24日にトランプ大統領から再延期が表明された。だが、このタイミングで公表されるとささやかれていた覚書やこれに付随する共同声明などが出たわけではない。

なかなか合意をまとめられない対中強硬派の筆頭・ライトハイザーUSTR代表に対しトランプ大統領が不満を募らせているとの報道が出ている。協議の成果が覚書という形式になるとのライトハイザー代表の説明に、トランプ大統領は「覚書は好きではない。何も意味しないからだ」と批判、これにライトハイザー代表が覚書の法的拘束力を強弁し大統領の逆鱗に触れたという話が報じられている。

政権内の人間関係の実際のところは知りようがない。だが、こうした動きの背景にはやはり焦りもあると推測され、「任期のない中国国家主席」が「任期のある米大統領」を徐々に押し込み始めているようにも見える。

上述したように、トランプ大統領は2020年の大統領選を念頭に「中国の不公正貿易に立ち向かう大統領」を演じつつ、支持者にアピールを続けたいのであろうが、「覚書程度ではアピールになりえない」「大統領選まで時間がない」という焦りが保護主義派の盟友とも言えるライトハイザー代表にも辛く当たらざるを得ない状況に繋がっているのではないか。

不透明感が色濃い状況は全く変わらず

【図表】

【図表】

注目の「3月1日」が延期されたことで金融市場には安堵が拡がっているが、米中協議が金融市場の不安材料でなくなったわけでは全くない。

今後、仮にアメリカ(USTR)の求める覚書が打ち出されたとしても、例えば(1)遵守を巡る不安、(2)遵守したとしても効果を巡る不安が市場心理にのしかかることが目に見えている。

例えば(1)。覚書という形式に至らなかったのはそれが備える法的拘束力に関し米中間で合意が取れなかった、言い換えれば「技術移転の強要など、構造改革の遵守について厳格性を強いられるのを中国が嫌った」という見方が成り立つ。

しかし、仮に覚書の法的拘束力を認めた上で中国がこれを受け入れた場合でも不安がある。その場合、米国側はPDCAサイクルに基づいて着実にその進捗をフォローするはずであるが、これが円滑に進む保証は全くない。

かつて欧州債務危機においてギリシャは国際金融支援で求められた四半期ごとのコンディショナリティを遵守せず、その都度、市場不安が定例的に高まるという局面があった。この先、中国が覚書を受け入れても遵守を巡って市場が不安を抱くという展開が容易に想像される。

次に(2)だ。理論的には中国が覚書を受け入れ、そして遵守しても米国の経常赤字ないし貿易赤字が消える可能性は低い。貯蓄・投資(IS)バランス上、投資過剰(貯蓄不足)という米国経済の構造が変わらない限り、二国間交渉で中国からの輸入を制限しても、その分は他国からの輸入増加に振り変わるだけである。

例えば、度重なる貿易摩擦を経て輸出自主規制や輸入拡大ひいては通貨高を甘受してきた日本の対米貿易黒字がなくなっただろうか。その間にアメリカの経常収支や貿易収支の赤字体質は改善されただろうか。全く変わっていない。たとえ日本からの輸入を制限しても、ISバランスが変わらなければ、アメリカは日本以外からの輸入を膨らませるだけだ(事実としては日本の対米黒字が減る過程で中国のそれが増えた)。

現状、アメリカのISバランスを見ると政府部門の巨大な貯蓄不足が海外部門の巨大な貯蓄過剰(≒経常赤字)と裏表である【図表】。

拡張財政に邁進してきたトランプ政権はこの理論的かつ基本的な事実を踏まえ、必死に時間と政治資源を費やしても、最終的に欲しい結果(アメリカの貿易赤字解消)が得られる可能性が低いことを認識する必要がある。今後、トランプ政権は攻撃的な二国間交渉を通じて日本や中国やEUの対米輸入の強制的な拡大を強いるのだろうが、自国の(政府部門も含めた)過剰な消費・投資体質を変えない限り、徒労に終わるだろう。

中国に関しては、やや事情が異なる部分もあるのが厄介だ。

アメリカ側が最も毛嫌いする、巨額の補助金などによるハイテク産業育成策「中国製造2025」は、そもそも通商問題ですらない。次世代先端技術を巡る覇権争いなのだとすれば、対米貿易黒字がどうであろうと争いは続く。どちらも覇権を譲るつもりはないであろうから、最悪、トランプ政権後も続く恐れがあるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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