児童養護施設出身者が語る孤独な退所後「1人では頑張りきれない」——施設にも頼れない

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東京都渋谷区の児童養護施設「若草寮」。施設長の男性が、元入所者に刺殺された事件は衝撃を呼んだ。

撮影:今村拓馬

児童養護施設「若草寮」の施設長が2月25日、同寮出身者の男性に殺害されるという衝撃的な事件が起きた。全国紙等の報道によると、加害者の男性は約4年前に高校を卒業して施設を退所。しかし昨年、家賃を滞納するなどして住んでいたアパートを退去させられ、事件直前までインターネットカフェなどに滞在していたという。

この男性に限らず、児童養護施設の出身者は多くの場合高卒で就職し、施設を離れる。頼れる相談相手もいない中、失業や人間関係のトラブル、虐待の後遺症などで生活が立ち行かなくなる人も非常に多い。子どもたちの支援にたずさわる関係者は、退所後のアフターケアの重要性を訴える。

職と住まい失う危機「ホームレスになっていたかも」

肩を下ろす男性

児童養護施設の退所後、相談する人もおらず、途方に暮れる出身者は少なくないという(写真はイメージです)。

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「施設出身者のホームレスは結構多いし、自分もそうなっていたかもしれない」

神奈川県内の児童養護施設の出身者、片平大輔さん(35)は自身の過去を振り返り、こう語った。

乳児院から児童養護施設に移り、18歳まで暮らした。当時は中卒で働き始める子も多く、中学に入ると「(退所に備えて)お金を貯めなさい」と言われたという。

18歳で「措置解除」となり退所、寮のある会社に就職した。通信制高校の卒業まで1年残っており、当初は勉強しながら働くつもりだった。しかし、週6日勤務の上に勉強にも追われ、半年もたたないうちに行き詰まったという。

生活に疲れ果てて体が動かなくなり「辞めます」と会社に申し出ると、当然ながら退寮を求められた。行き場はどこにもない。元いた施設を頼っても「どうせだめだろう」と、最初から当てにしなかった。

ただ彼は施設にいる間、親と暮らせない子どもたちを支援するNPO法人「クロップみのり」が、毎夏実施している離島での生活体験プログラムに参加していた。

同法人の中山すみ子代表に「もう厳しいです」と電話すると、中山代表はしばらく、片平さんを自宅に同居させてくれた。

「おかげで無事に卒業できたし、生活を立て直せました」

施設では自立に必要なことを教えてくれない

中山さん

親と暮らせない子どもたちを支援するNPO法人「クロップみのり」の代表、中山すみ子さん。

撮影:有馬知子

片山さんは「施設にいる間は何とかなる。問題は出た後です」と強調する。

「施設では家事や物価の知識など、自立に必要な能力はほとんど教えてくれません。退所後に困りごとが起きた時、どこに相談したらいいかを前もって教えてくれる職員もなかなかいません」

片平さんは最近になって、出身施設に連絡を取ってみた。卒園生だと名乗り、知り合いの職員と話したいとお願いしたが、「個人情報」の一点張りで、連絡を取る手段すら教えてもらえなかった。

「退所後もまめに施設へ顔出しをしていれば、関係を維持できるかもしれない。でもいったん途絶えてしまうと、知り合いの職員と話すことすら難しくなってしまう」

片平さんは現在、クロップみのりが運営するファミリーホーム(両親と暮らせない子どもが家庭的な環境で暮らすための小規模施設)の施設長を務めている。

「施設出身の友人の中には、自分の産んだ子を施設へ預けた子や、自殺した子もいます。今サポートしている子たちには、同じことを繰り返してほしくない」

低学歴、無資格、虐待の傷…ハンディへのケアは後回し

働く人々の姿

自暴自棄をはじめ、前向きな未来が描けない環境。(写真はイメージです)

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さまざまな事情から両親と暮らせず、施設や里親の元で「社会的養護」を受けている子どもたちの数は、約4万5000人。このうち2万5000人超が児童養護施設で暮らす。

厚生労働省の調査によると、2017年3月に高校を卒業した入所者約1700人のうち、約1400人が就職するなどして施設を退所した。進学のほか「生活が不安定で、引き続き施設での養育が必要」と判断された子どもは20歳まで退所を延ばせるが、延長が適用されたのは300人弱にすぎない。

一方で退所者のケアは後手に回っており、片平さんのように、熱心な支援者から手を差し伸べてもらえるケースは、ごくわずかだ。

施設で暮らす子どもたちは、親や親族など困った時に頼れる人が少ないばかりか、虐待を受けて心身に傷を負っている子どもも多い。公共料金の支払いや電車の乗り継ぎといった、一般家庭の子なら当然知っている社会の基本知識すら、身についていないことがしばしばだ。片平さんは、施設を出るまで「水道が有料だと知らなかった」という。

彼を支援した「クロップみのり」の中山代表も話す。

「施設で育った子ども、特に被虐待児は、ほめてもらった経験が少ないので自己肯定感が低く、できることが非常に少ない。自己防衛のため嘘を言ったり、攻撃的な態度を取ったりすることも多く、人間関係がうまくいかなくなりがちです」

数多くのハンディを背負っているにもかかわらず、彼らは18歳という若さで社会に送り出され、自立を迫られる。

性産業やブラック企業、中絶、犯罪も…声上げられない

支援関係者によると、退所者の大半は高卒、あるいは高校中退の「中卒」扱いで資格もないため、就職先が限られ、非正規の仕事に就くことが多いという。寮付きの会社に就職する人も多いが、失職すると住まいと収入を一度に失ってしまう。新しい仕事やアパートなどを確保しようとしても、保証人を頼める人が見つかりづらい。さらに虐待サバイバーは、施設を出た後にフラッシュバックやPTSDを発症し、思うように働けなくなるリスクも高い。

薬物と人

頼れる人もいないまま、もがき続けている人がいる。(写真はイメージです)

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退所者らの支援に当たる「アフターケア相談所ゆずりは」の高橋亜美所長は「やむなく性産業やブラック企業で働き、望まない妊娠や中絶をする人、借金や犯罪に手を染める若者も少なくありません」と話す。

出身施設を頼ろうにも、職員はマンパワー不足の中で在籍する子どもたちの世話に追われ、退所者をきめ細かくケアする余力に乏しい。数年おきに職員が異動し、信頼できる人がいなくなってしまうケースも多い。

「子どもたちが施設で育つのは、彼らの責任ではない。しかし私たち大人は彼らに『施設を出ても頑張って生きていってね』と言うばかりで、頑張り切れなかった時のサポートはほとんどありませんでした」(高橋所長)

同相談所には、児童養護施設の退所者などから、年間のべ3万件あまりの相談が寄せられるという。生活保護の手続きや精神科、産婦人科などに同行するほか、住居の賃貸契約なども弁護士や司法書士、不動産業者などプロの手を借りてサポートしている。

政府は近年、「より家庭的な環境での養育」を目指して、施設の小規模化や里親への委託を進めている。これによって退所者が出身施設や里親を頼りやすくなり、アフターケアも充実すると期待されている。2017年には、大学進学などで必要とされる場合、22歳の年度末まで住まいや生活費を提供する制度も設けられた。

退所後の就労や生活を支援する相談機関も増えつつあるが、高橋所長は「施設数も人手も、まだまだ足りない」と指摘する。

さらに高橋所長は「施設を巣立ったのだから、成人したのだから、自力で何とかしなければと、苦しいのに声を上げずにいる人の方が圧倒的に多い。『困った時、いつでも来てね』と彼らに声を掛け、寄り添い続ける支援が必要なのです」と訴える。

助けを求めることすらできず、追い詰められていく若者たち。彼らに「困ったらいつでも頼ってね」と言える社会をつくることこそが、再発防止への近道なのかもしれない。

(文・有馬知子)

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