地元愛が強すぎる起業家。「九州パンケーキ」のヒットが生んだ葛藤と次の事業

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「自分は九州独立の過激派なんです」と話す村岡さん。数年前に廃校をリノベーションし、オフィスを移転した。

「次のビジネスを探して、2018年は苦しみの1年でした」

九州7県の雑穀や小麦を使ったパンケーキミックス「九州パンケーキ」をヒットさせた村岡浩司氏(48)は、もともとは学校だったオフィスで静かに語った。

宮崎市郊外の廃校となった校舎を買い取り、リノベーションして社屋兼コワーキングスペースにしてしまったほど地元を愛している村岡氏は、2012年末に発売した「九州パンケーキ」の成功で地域を代表する起業家として脚光を浴びるようになった。

だが、2018年は急成長の反動で売り上げが減少。過去何度もピンチを経験した村岡氏はパンケーキの次を探して、人知れずもがいていた。そして2019年2月、彼が出した結論は、自社を超えて「九州ブランド」を展開する地方創生事業の立ち上げだった。

九州以外はどうなってもいい

パンケーキ

数店展開するパンケーキのレストランでは、シロップなども九州産にこだわったメニューを提供する。

「九州とか北陸とか、県境を越えた地域の名前がついた商品ってあまり見かけないでしょ。そこに、地方自治の仕組みの限界が反映されているのだと思います。〇〇県のイチゴを使ったワインだったら県の補助金が出るかもしれないけど、九州産のイチゴとなると、どこの行政区の話でもなくなってしまう」

だけど、と村岡氏は続けた。

「僕が長い間まちづくりに関わってきたこと、『九州以外はどうなってもいい』ってくらい九州が好きだったこと、そして飲食店出身者だからこそ、九州の世界観を、一つの食品で表現するという発想が出てきたんでしょうね」

九州パンケーキのコンセプトが固まったのは2011年。当時は、ハワイの人気レストラン「エッグスンシングス」の上陸を機に、日本で空前のパンケーキブームが起きていた。

「それまでホットケーキと呼ばれていたものが、生クリームやフルーツが飾られてパンケーキになったでしょう。あの時、パンケーキはブームで終わらず、日本の食生活に定着するって確信したんです。僕は過去に、同じような体験をしていますから」

強烈な飲食カルチャーは呼び名も変える

本社を置く校舎の1階はコワーキングスペース、2階にはスタートアップのためのシェアオフィスを開設している。

宮崎市内のすし屋の息子だった村岡氏は、高校を卒業した1988年、「家業を継ぎたくなくて」アメリカに3年ほど留学した。その時に目にした西海岸の“カフェ文化”が、1996年のスターバックス上陸を機に一気に日本に流入した。

「あの頃からコーヒー牛乳がラテに、喫茶店がカフェと呼ばれるようになりました。メッセージ性の強い飲食カルチャーは、呼び方も変えるほどのインパクトを持ち、定着するんだと学びました」

20代でアパレル事業で失敗し、数千万円の借金を肩代わりしてもらう代わりに、親のすし屋を継いでいた村岡氏は、シアトル系コーヒーチェーンの上陸に居ても立ってもいられなくなり、上京してカフェを見て回った。その中でも特にタリーズコーヒーの味やスタイルを気に入り、「宮崎でフランチャイズをやらせてほしい」と何度か手紙を書いた。

当初は「フランチャイズはまだ考えていない」と断られたが、それから数年後、タリーズの方から村岡氏に連絡があり、2002年、宮崎市内にタリーズの国内最初のフランチャイズ店舗がオープンした。

口蹄疫で思い知った「県内完結」の限界

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宮崎市の中心部にオープンしたタリーズは、1時間待ちの列ができるほど話題になり、村岡氏は鹿児島も含めてフランチャイズ6店舗を運営するようになった。起業家として再起し、さびれゆく商店街の振興などにも引っ張り出されるようになった。

「飲食店の跡取りは、地元に根を下ろして生きていくしかない」と、村岡氏は経営と同じくらいまちづくりに情熱を注いでいたが、「たくさんイベントを仕掛けて、メディアに取り上げられて行政にも評価されるけど、実際に商店街には人が増えないんです。あの頃からまちづくりのやり方も変えなければいけないと思っていました」。

そこに2010年、口蹄疫が宮崎県を直撃し、一つの県だけで商売をするリスクを思い知った。

「家畜などの移動制限が課され、知事は連日作業服姿でテレビに出ている。非常事態モードで人の通りそのものが減りました。リーマンショック、そして東日本大震災が追い打ちをかけ、消費全体が低迷しました。会社の売り上げも目に見えて減少し、危機的状況が数年続きました」

取材ラッシュの反動で暗中模索

校舎

「宮崎だけで事業を完結させる限界」に直面した村岡氏が、たどりついたのがより大きな地元である「九州」と、日本で爆発的人気になっていた「パンケーキ」の組み合わせだった。

素材を提供してくれる農家とミックスを作ってくれる工場を探し、そして最もおいしく食べられる配合を追求する。飲食店経営者のメーカーへの転身には、たくさんの壁が立ちはだかり、その度に応援してくれる協力者が現れた。

産地、農家、製造工程を明確にし、九州全県の素材を詰め込んだ九州パンケーキは、SNSの普及期とも重なり、少しずつ売れていった。本格的に人気に火が付いたのは2016年。テレビ東京の起業家ドキュメンタリー番組「カンブリア宮殿」に取り上げられたのをきっかけに、メディアの取材が殺到した。

「僕自身も、自分を九州限定のローカルスターになったなあと思います」と村岡氏ははにかんだ。「九州パンケーキの人」という肩書がついて、呼ばれる場所も会える人も広がった。

だが、九州パンケーキに吹いていた猛烈な追い風が2017年半ばに一段落すると、会社として前年の売り上げを超えられない月が続くようになった。

2018年は1年中、次の展開について思いを巡らせた。

「まず、今は九州と海外でしか展開していないパンケーキカフェの全国展開を検討しました。でもそれじゃあ、地元の活性化にはならない。外に出すのではなく、むしろ九州の無人駅や廃校に出店して、そこまで食べに来てもらう存在にするべきだと思いなおしました」

2番目に考えたのは「九州パンケーキ」ブランドを利用した新商品開発。

「九州パンケーキスコーンとか、九州パンケーキクレープとか……。社員たちとアイデアを出すのですが、途中から自分たちでも訳が分からなくなりました」

アイデアを出しては捨てる中で気づいたのが、「日々のオペレーション、売り上げ、新商品開発に意識を取られがちで、自分が何のために商売をしているのかということを、ついつい脇に置いてしまう」自分たちの姿だった。

地方創生でなく地元創生

九州ブランド

「九州アイランド」ブランドの基本コンセプト。

村岡氏作成

村岡氏の経営する企業の名は「一平」。父が営む「一平寿し」に由来しているが、タリーズのフランチャイズ、九州パンケーキと事業が広がる中で、再編の時期が来ていると感じた。

2019年2月、持ち株会社「一平ホールディングス」を設立し、既存事業を「飲食企業」「食品製造・流通企業」」に分社。さらに地方創生事業を担う「九州アイランドワーク」を設立し、「九州アイランド」の商標を取得申請した。

パスタ

村岡氏は、「九州アイランド」ブランドを冠した商品として、3月に「パスタ」を送り出す計画。九州パンケーキと同じ素材を、配合比率を変えて麺にしている。

「九州の農業資源や気候風土を反映し、環境にも配慮したエシカル(倫理的)な商品を認証し、これらの商品を一つのブランドにくくり、空港や百貨店に販売棚を置かせてもらおうと計画しています。優れた商品を表彰するアワードもやりたいんです。賞を取った商品を機内食に採用してもらうとか、そういうインセンティブをつけたい」

既に地元の食品メーカーなどに構想を説明し、3月末に最初の商品を世に出す準備を進めている。

「九州は昔から、一つにまとまるべきと言われながら、まとまれない。北海道にも劣らない魅力があるのに、伝えきれていないと言われていました。オール九州の名前が付く団体はたくさんあるけど、期待ほど機能してないのは、行政が主導しているからだと思います。危機感をより強く持っている民間が主導権を握るべきなんです」

村岡氏は「地方創生って言葉、本当は僕は嫌いなんですよ」とも話す。

「地方って言い方が、そもそも中央からの視点であり、お仕着せですよね。僕は地元創生をやりたい。地元創生って、国から言われてやるもんじゃない。覚悟を背負った地元の人間が旗揚げして、バカと思われながらも必死にやるものだと思います」

(文・写真、浦上早苗)

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