キャッシュレス・教育・雇用。地方が直面する現代の課題 ── 半径5メートルの出会いから始まるリクルートの挑戦

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都会への人口集中と地方の過疎化。それに加えて社会全体の人口減少と少子高齢化の進行。この状況下で「地方」が抱える課題は深刻さを増す一途にあることは、各所で叫ばれて久しい。地方産業の担い手となる人材の不足、その結果としての地方産業の弱化、それにより人材獲得のハードルはさらに高くなるという負のスパイラル。なんとかこの流れを逆流させるという難題に、政治や行政、大学や各種民間事業者など、さまざまなプレイヤーが知恵を絞り力を尽くしている。

リクルートグループも、このテーマについて解決の糸口を見い出せないか、事業を通じて試行錯誤するプレイヤーの一人。今回は、同社で「地方」に向き合う最前線に立つ営業担当3人に、日々どのような思いで仕事に向き合っているのかを聞いてみた。

<ケース1> キャッシュレス化は喫緊の課題、地域と取り組むおもてなし対応

リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 ペイメント事業ユニットの武田寛枝氏。

リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 ペイメント事業ユニットの武田寛枝氏。

富士山の観光地で有名な山梨県富士吉田市。富士山を目当てで訪れる外国人観光客は年々増加。同市としては、街のキャッシュレス化対応が喫緊の課題であった。しかしながら、「キャッシュレス?必要性を感じない」「現金が一番安心」という声が事業者から挙がっていた。宿泊施設や土産店などの観光施設でさえもキャッシュレス化が進んでおらず、市全体で外国人の受け入れ態勢に後れをとっていた。

リクルートは店舗のキャッシュレス化を可能にするAirペイを展開している。武田氏は地域のキャッシュレス推進を担当しており、2018年に富士吉田市からキャッシュレス事業を受託し、市内の観光業者を中心にAirペイの導入を進めてきた。

プロジェクトメンバーは5名。手分けして山小屋、ゲストハウス、飲食店など、100店舗あまりを市の担当者と一軒一軒訪問し、キャッシュレスの重要性を説いた。理解はしてもらえるが、いざ導入となると大きな壁がある。

「そもそもITツールへの抵抗感が強く、事業者の中にはWi-FiやiPadなどを利用したことがない方もいらっしゃいました。“申し込みはウェブ上しかだめなのか”“機器が壊れたらどうするの”といった問い合わせがひっきりなしに来るのです」(武田氏)

キャッシュレスは観光客のためだけでなく、街のインフラとして絶対不可欠なものであると武田氏は信じていた。諦めずメンバー達と何度も事業者を通い続けた結果、訪問した全事業者で導入が決定した。

富士山の山小屋でも使えるか、自身の目で確かめたかった

Airペイを導入している山小屋へ向かう武田氏。

Airペイを導入している山小屋へ向かう武田氏。

提供:リクルートライフスタイル

標高3000m前後の場所で安定的に使えるのか……。Airペイ導入の際に反対が大きかったのは山小屋だった。

メンバーとともに何度も説明に通った末、Airペイを導入してもらえることになった。しかし、きちんと使えているか、武田氏は気になって仕方がなかった。そこで思い立ち、Airペイを導入している山小屋7軒を訪問。「Airペイの調子はどうですか」と声をかける。山小屋主は突然の訪問に驚くとともに、「無事に使えているよ!」「便利だよ!」と感謝の声をかけた。

「初めて富士山に登ったので苦しくて大変でした。でも、ちゃんと使えることが自身の目で確認できてよかったです」(武田氏)

HOSTEL SARUYAにて、Airペイを利用して宿泊費を支払う外国人旅行客。

HOSTEL SARUYAにて、Airペイを利用して宿泊費を支払う外国人旅行客。

提供:リクルートライフスタイル

仕事の醍醐味について聞くと、大きな笑顔になり、武田氏は答えた。

「山小屋、土産店、キッチンカー。こんなに身近にお客様を感じられる仕事はありません。 富士吉田市ではAirペイの導入後、客単価がアップしたと聞いています。観光シーズンの夏に向け、導入店の売り上げがどれだけ伸びるか、楽しみです」

<ケース2> 正解のない学校改革。だからこそ挑戦してみたい

リクルートマーケティングパートナーズ 営業統括本部 まなび領域高校支援統括部 支援推進1部 首都圏2グループ チームリーダーの石山陽介氏。

リクルートマーケティングパートナーズ 営業統括本部 まなび領域高校支援統括部 支援推進1部 首都圏2グループ チームリーダーの石山陽介氏。

2018年1月、静岡県沼津市にある誠恵高等学校の応接室で、リクルートマーケティングパートナーズの石山陽介氏は83歳の理事長と向き合っていた。

「誠恵高校が地域からもっと愛され、さらに活気があふれる学校に大きく変革していきたい。何とかならないだろうか」。理事長が憂慮をにじませた。

同校はインターネット上で、事実とは異なる口コミサイトへの書き込み等での風評被害に悩まされていた。ただ、理事長直々の相談とはいえ、石山氏はオンライン学習ツール「スタディサプリ」の一営業担当に過ぎない。

「“われわれの手に負えません”と答えることもできましたが、元来、未知のことに挑戦するのが好きな性質。そうは言えませんでした」(石山氏)

誠恵高等学校の学校改革のキーパーソンである教頭(左)と打ち合わせをする石山氏(右)。

誠恵高等学校の学校改革のキーパーソンである教頭(左)と打ち合わせをする石山氏(右)。

どう課題にアプローチするか。検討した結果、教員を中心に気づき・刺激を与える施策から始めることにし、キーパーソンである教頭を紹介してもらった。2018年3月、その教頭を含め計5人と、石山氏は市内の居酒屋にいた。5人とも問題意識はありつつも、どうも煮え切らない。

「未知の経験で不安ですけど、生徒のためになることだし、面白そうじゃないですか?一緒にやりましょう!」と石山氏が話すと、みんなの目が輝き始めた。

「やる気にスイッチが入った瞬間でした」(教頭)

実は多かった。もっと学びたい生徒たち

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最大の問題は教師が重要視している教育方針がバラバラなことだった。挨拶を励行すべきという“生活指導派”、放課後重視の“部活動派”など、各自の意識を統一するため、年度初めの2018年4月に学校の目指すビジョンを共有するキックオフを行い、その後、教員研修などを矢継ぎ早に実施した。

そして、2018年10月に転機が訪れた。3年生を対象にしていたスタディサプリを活用した生徒同士の「教え合い」放課後講習でのこと。「自分たちも学んでみたい」と1、2年生の一部の生徒たちが講習に潜り込んできたのだ。授業見学に来ていた教師たちの間に、「もっと学びたいと思っている生徒が増えている。もっと学べる環境をつくっていこう!」という認識が生まれた。同時に、石山氏が主導していたネット上の風評被害対策やウェブサイトのリニューアルもあり、オープンキャンパスへの参加率も向上。

石山氏は今後についてこう語る。

「今の学校教育の最大の課題は偏差値といった相対評価の指標で埋め尽くされていること。誠恵高等学校の先生たちのように、絶対評価の軸を大切にし、生徒一人ひとりと真摯に向き合い、生徒が成し遂げたいことを一緒に見つけ、伴走する教育がこれからは必要だと考えています。そのお手伝いができたら本望です」

<ケース3> 業界内のライバル同士が手を取り合い、「人手不足」に向き合う

リクルートキャリア メディアサービス事業部 新卒メディアサービス営業統括部 地域活性営業部 松山グループの尾崎礼佳氏。

リクルートキャリア メディアサービス事業部 新卒メディアサービス営業統括部 地域活性営業部 松山グループの尾崎礼佳氏。

提供:リクルートキャリア

2018年のクリスマス。愛媛県松山市で行われた学生向けインターンシップ説明会会場で、リクルートキャリアの尾崎礼佳(あやか)氏は安堵した。何もかも手探りで進めてきたイベントの終了後、顧客の笑顔が広がる光景を目にしたからだ。

「採用面では競合する企業同士が、学生からの“おいしい”の一言を聞けて本当に嬉しかったと談笑していたんです」(尾崎氏)

業界をまとめ上げる3カ年計画を構想

リクルートが愛媛県で行った就活イベント。

2018年12月25日に行われたインターンシップイベントの様子。 製造(加工・調理)・運送・卸・販売など多岐にわたる工程を学生に開示。

提供:リクルートキャリア

同イベントは愛媛県食品産業協会(食産協)に加盟する食品関連企業20社が一堂に会して開かれた業界初の試み。愛媛県の雇用において大きな割合を占める食品業界の特徴を学生に知ってもらうのが目的だ。

開催のきっかけは、食産協の会長を務める日本食研ホールディングス社長の大沢氏からの申し入れだ。会員企業各社からたびたび寄せられる「人手不足で困っている」「後継者がいない」といった声。なんとか各社で手を取り合って県内の食品企業を盛り立てたいといった切実な依頼であった。

だが、尾崎氏はその半年前に愛媛に赴任し、2週間前に日本食研の担当になったばかり。しかも「人手不足」という課題は各社共通であるものの、その目指す姿はばらばらだ。そこで、愛媛の食品産業の未来を記した3カ年の計画を構想。このイベント実施の意義を説き、各社の目線を合わせていった。

「初年度は製造から販売まで一気通貫で見せ、2年目は企業と企業の協働をテーマに掲げた。最終年度は県内産の食品・食材から産業をまたいだ“6次産業化”の促進。愛媛県の経済全体を活性化させる未来図を描いたのです」(尾崎氏)

鍵は、製品の魅力だけでなく、普段は目にできない企業の魅力を学生に伝えること

イベント会場で企業人事と話をする尾崎氏(2019年3月2日撮影)。

イベント会場で企業人事と話をする尾崎氏(2019年3月2日撮影)。

提供:リクルートキャリア

初年度に製販一体型のインターンシップコンテンツを企画したのは、「知名度のない各企業の魅力を、いかに抽出して学生に伝えるかが鍵」と尾崎氏が感じていたからだ。

例えば、社員十数名の企業では、ほとんどの製品で愛媛県産の安全な食材を使い、全工程が手作業。自ら販売を行い、顧客の声も全社員で共有している。製品の魅力もさることながら、こうした学生の目に触れにくい情報を知ってもらいたかったのだ。

「大きなことをしたいわけじゃない。目の前で困っているお客さまの笑顔を見たいだけなんです」という尾崎氏。その一心で、描いた未来図に愛媛の食品関連企業と共に向き合った。

イベントを終えて、「尾崎さんだからこそ実現できた、ありがとう」という言葉 や学生の笑顔、会場で見た企業と学生の姿に、尾崎氏は胸をなでおろした。この取り組みが正解かどうかはわからない。ただ、関係者から期待されている以上、迷いながらも向き合い続けていく。


登場した3人の話の共通点。

大げさな「課題設定」やスマートな「解決策」が前提にありきの話ではない。地方における状況を「なんとかしたい」という意志を持つ地方の当事者たちを目の前に、ともに悩み、考えをぶつけあう。ややもすれば単なるよそ者の余計な「おせっかい」で終わりかねない。

一方で、そうした本音のやりとりを経て、コトを前に進めるためにやらなければならないことが、それまでよりすっきり見えることもある。課題解決の「当事者」を“半径5m”から応援する「おせっかい」が、どこまで通用するか。リクルート流の取り組みは続く。

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