2019年1月4日、大発会を迎えた東京証券取引所。急激に進んだ円高などを受け、日経平均株価の終値が大発会としては過去3番目の下げ幅を記録する大荒れのスタートとなった。
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年末年始の市場混乱はいまだ記憶に新しいところだが、年初2カ月間の落ち着きを経て、アメリカ経済の復調とそれに伴う米連邦準備制度理事会(FRB)の「タカ派」(金融引き締めに積極的)路線復帰、その結果としての米金利とドルの上昇を予想する声が、再び勢いを得ている。
だが、この流れそのままに、過去5年に見られたような米金利やドルの上昇が戻ってくると考えるのは現実的だろうか。
新興国は金利上昇に耐えられるのか?
パウエル議長(右)率いるFRBのタカ派路線復帰によるドル高を予想する声が、再び勢いを得ているが…。
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そもそも2018年秋以降、なぜFRBが政策姿勢を急旋回させたのかを今一度思い返したい。理由は複数あろうが、今回は「新興国市場への配慮」という側面に焦点を当て議論を進めてみたい。「世界経済(とりわけ新興国)が金利上昇に耐えられるのか」という視点である。
結論から言えば、筆者は新興国を中心として「ドル化した世界」への懸念を抱いている。
ここで気にしたいのは、危機後の国際金融市場において、「全世界、特に新興国で債務が急増した」という事実だ。
金融危機が本格化する前年の2006年末と直近値(2018年6月末)を比較した場合、政府・民間を合わせた非金融部門向け与信は全世界で約97兆ドルから約178兆ドルへ、約83%増えた。より具体的に見ると、先進国で約84兆ドルから約124兆ドルへ約48%増えているのに対し、新興国で約13兆ドルから約54兆ドルへ300%以上増えているという実情がある【図表1】。
【図表1】
金額で言えば、依然、先進国が7割を占めるが、危機後の緩和的な金融環境が新興国におけるレバレッジの急拡大を招いたという事実は極めて重要だと考える。
債務の多寡を判定する際、より重要な尺度は「金額」ではなく「経済規模対比の規模感」である。極端な話、債務金額が2倍になっても、経済規模が2倍になっていれば基本的に問題はない。
この点、GDP対比で見た債務の大きさに注目することになるが、同期間に先進国は232%から260%へ上昇しているのに対し、新興国は38%から180%へ上昇しており、明らかに異質な増え方をしている。
例えば中国で債務の性急な積み上がりが確認されていることは気がかりだろう【図表2】。
【図表2】
また中国だけではないが新興国の債務積み上げをけん引しているのが事業法人を中心とする非金融法人部門であることも覚えておきたい事実である。
新興国経済の「ショック」には警戒が必要
2018年8月、トルコ・イスタンブールの街頭にある為替レートを示すボード。トルコなどの新興国では、自国の通貨が売り叩かれる中、中央銀行が通貨防衛のため不本意な利上げを迫られるケースも目立った。
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債務負担という意味では債務返済比率(DSR)も重要な尺度だ。DSRは民間部門における債務返済額を分子、総可処分所得と利払い費用の和を分母として算出した比率である。
新興国に限らず多くの中央銀行は危機後に政策金利を引き下げ、危機前の水準にいまだに回復できていない(いわゆる正常化はできていない)。
だが、国際決済銀行(BIS)のデータによれば、DSRが2006年末対比で低下しているのは報告対象国32か国・地域のうち10か国だけである【図表3】(比較対象は2017年末時点)。
【図表3】
当然、経済規模対比で債務を多く積み上げた国ほどDSRが上振れる傾向にある。
2018年に強くテーマ視されたように、米金利上昇を受けて新興国からは資本が流出しやすくなる。その結果、当該国通貨は下がり、新興国の中央銀行は通貨防衛のために不本意な利上げを強いられることになる。これがDSRの上昇などに象徴される形で、当該国の経済・金融情勢を引き締め、消費・投資意欲を奪う経路が懸念される。
国際的な資本移動が現在ほど盛んではない時代にはこのような経路はあまり懸念されなかったかもしれないが、現状ではFRBはこの論点を無視できないと思われる。
2006年末対比でDSRが上昇している国・地域は香港、トルコ、中国のほか、カナダや欧州諸国が挙げられる。国際金融センターとして資本フローを集める香港についてはある程度割り引いて考える必要があるが、多くはGDP対比で債務が増加していることについてBISが名指しで警告したことのある国であり、トルコに至っては実際にショックを起こしたことが記憶に新しい(ショックのきっかけは政局流動化であったが、その素地はあったというのが正確な整理になる)。
こうしたBISの計数をもって、新興国がいずれ「○○ショック」に見舞われるとあおりたいわけではない。
もちろん、そのリスクを警戒する必要はある。債務増加に伴って金利負担に耐えられず危機に陥ったケースが過去にないわけではない。
米金利に「資本市場の未来」を委ねた新興国
「ドル化した世界」である国際金融市場は、米金利とドル相場の上昇を乗り越えられるのか?
撮影:今村拓馬
だが、相場予想という観点から重要なことは、こうした国際金融情勢において「米金利とドルの継続的な上昇が持続できるか」という事実である。
もともと新興国は米金利上昇に伴い資本流出に見舞われやすいという体質にあって、2018年はその脆弱性が露呈した年だった。
上述してきたデータを見る限り、この背景には経済規模対比で累増している債務の存在があり、言ってみれば米金利上昇に神経質にならざるを得ない「ドル化した世界」があるのだと考えられる。
いくらアメリカの政治・経済情勢が盤石でも、多くの新興国は米金利の上下動に資本市場の未来を委ねており、程度の差こそあれ、経済・金融情勢がドル化している実態がある。
かかる状況下、新興国の資本コストがFRBの金融政策(政策金利)に規定されるという側面があり、それに起因する混乱をFRBが完全には無視しきれないという台所事情が推測される。
【図表4】に示されるように、金融危機後、ユーロや円を外貨として借り入れる動きはほとんど盛り上がらなかったのに対し、ドルは一方的に増加してきた。
【図表4】
BISデータを掘り下げていくと、これは新興国において(銀行貸出ではなく)債券発行を通じて増えたものが多そうなことも分かる。「新興国、非金融法人部門、ドル建て債務」といったあたりのフレーズが、現在の国際金融市場を読み解く上での要諦なのではないかと思われる。
言い換えれば、FRBのタカ派復帰とそれに伴う米金利・ドルの上昇シナリオを想定するということは、「ドル化した世界」である国際金融市場がそのような相場つきを乗り越えられると考えることにも等しい。だが、2018年の混乱を見る限り、そのような想定はあまり可能性が高いように思えない。
ドル/円相場の先行きは「横ばい」か「円高」
「日米金利差の拡大なきところに円安は無い」とすれば、円安を予想するのは難しいのではないか?
REUTERS/Issei Kato
新興国市場が米金利の上昇を阻む環境がある限り、FRBがタカ派色を強めるにしても限界があるであろうし、同時に日米金利差の拡大も限定される。
巷の円安予想を見る限り、「日米金利差の拡大なきところに円安は無い」というロジックが大半であるのだから、自ずと円安予想はやはり困難なのではないか。控えめに言ってもドル/円相場の先行きは「横ばい」か「円高」かに賭けるのが無難という印象である。
誤解のないように言っておきたいが、かつてのような80円台や70円台という超円高を想定すべきだという話ではない。それを実現するには、近年の日本企業による円の売り切り(≒海外企業買収)はあまりにも大きいという印象がある。
この点は別途大きな論点なので割愛するが、寄稿『「円」はなぜ安全資産と呼ばれるのか —— 日本が持つ世界最大の対外資産とは』でも論じたように、今や日本企業の海外企業買収は対外純資産の構造自体を変容させるほどの規模に至っている。それは立派な円の売り切りであり、円高を抑止する材料である。
だが、そうした論点はあくまで「水準感」の議論であって、「方向感」に関わる議論とは別だ。
「方向感」については、これまで見てきたようにアメリカの国内外の経済・金融環境が米金利上昇を阻むと思われることから、日米金利差の拡大も進まず、それゆえに円安方向への動きも限定されると考えておきたい。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。