船橋秀人さん(左)、山本和奈さん(右)
撮影:今村拓馬
『週刊SPA!』の「ヤレる女子大学生RANKING」企画に抗議して署名を立ち上げた国際基督教大学(ICU)4年生の山本和奈さん(21)と、東洋大学キャンパス内で同大学の竹中平蔵教授を批判するタテカンを作りビラを配ったことで、大学から退学をほのめかされるなど不当な扱いを受けたと主張する東洋大学文学部哲学科4年生の船橋秀人さん(23)。声を上げれば叩かれるこの時代に、2人はそれぞれ、たった1人で行動を起こし「大学生にはその責任がある」と言い切る。
学生ビラも街角のティッシュも同じ?
タテカンを設置し、ビラを配る船橋さん。
本人提供
対談を行ったのは2019年2月9日。2人は初対面ではなかった。 山本さんがSPA!への抗議署名をきっかけに立ち上げた学生団体「Voice Up Japan」のメンバーと集まっていたときに、船橋さんのことを知り、メッセージを送ったのだという。
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船橋さんは1月21日、東洋大白山キャンパスで「竹中平蔵による授業反対!」という立て看板を掲げ、竹中氏が小泉政権時代に主導した構造改革や規制緩和によって非正規雇用が増えていると批判するビラを配った。しかし、約10分後に大学職員の要請で看板を撤去。さらに大学から約2時間半に及ぶ恫喝があったと主張し、現在は大学に抗議と謝罪を要求すると共に、竹中平蔵氏の処遇や実学偏重の大学の在り方について質問状を送っている。
船橋さん
初めて会ったときにシンパシーを感じたよね。学んでいる分野は僕は哲学で山本さんは経済。僕はずっと前から行動を起こしたいと考えててやっと実行に移したんだけど、山本さんはSPA!の企画を知った翌日には署名を始めて……先に手が出るタイプだよね? お互い視点とか方法はぜんぜん違うけど、目指してるものは同じだなと。
山本さん
あはは。確かにこの前私たちが会ったのも、私が友達から「この子一人でやってるんだって」と聞いて、苦しんでないかな?連絡取ってみよう、って、必死で船橋さんのSNSアカウントを探したのが始まりだったね。
私もこういう発言をしてるから大学内ではやっぱり離れていく友達もいて。「面倒くさい」「そういうのやだ」「意識高いね」って。だから違う大学で同じように声を上げてる学生に会ってみたいなと思ったんだよね。
船橋さん
僕も大学で政治的なことを話すと2〜3言で「もうやめようよ」「もっと楽しい話しない?」という空気になる。ビラを配ったときも、みんな音楽聞いてるか下向いてスマホ見てるかで全然もらってくれなかった。ティッシュ配りの人の気持ちが分かったよ。
どうせ賛同されないと思っていたから、同じ大学の友達1人に当日の写真と動画を撮ってくれるよう頼んだだけ。これは大学に抗議するときの証拠になるし正解だった(笑)。後日、「協力したい」って連絡くれた子も2人はどっちも哲学科。やっぱ経済系は来ないんだよね。
“自分さえよければいい”椅子とりゲーム
山本さん
経済を勉強している子こそ、もっと敏感になるべきなのに。私は今ペルーで教育格差を解消するためのNGOの代表をやってるんだけど、その他にも3つのスタートアップの経営に関わってる。プラスチックフリーの竹で作られた歯ブラシを販売したり、フェアトレードにこだわったアパレルだったり、全部がソーシャルビジネス。資本主義は絶対に格差が生まれるから、それをどう埋めるかを私はずっと考えてて。
船橋さん
僕たち若者だってみんな薄々気づいてると思う、世の中良くなってないことに。非正規雇用が増えて使い捨てみたいに働かされて、竹中さんが言ってた「若者には貧しくなる自由がある」(東洋経済オンライン2012年11月30日)ような社会が実現しつつあるってね。 でもほとんどの学生は安定してる大企業に入ることに必死。自分さえよければ良いって、少ない椅子取りゲームをやってる。
山本さん
「考えなければ問題もない」みたいな空気をすごく感じる。日本って非正規雇用やシングルマザーの貧困の問題はあるけど、それを避けて生きられることをみんな知ってるから、政治に興味もない。本当はみんなで声を上げたら変わるはずの出来事も、そうやって無い事にされてるのが現状だと思う。
国民性じゃなく平和ボケしてるだけ
船橋さん
僕は大学生には使命があると思ってる。全入時代と言われる今でも経済的な理由で大学に行けない人だっているし、毎朝のように飛び込み自殺で電車が止まっていて……大学から2時間半の叱責を受けた僕なんかより、本当に苦しんでいるのはそういう人たちだと思う。
僕が憧れてるチェ・ゲバラもマルクスもよく言ってるんだけど、やっぱり自分の幸福と社会の幸福が一致するところを目指したい。僕は「大学の知」という場でならそれができるだろうと、学生こそそういうことを発信していく責任があると強く思うよ。
山本さん
声を上げることのリスクとか就活への影響とか言われるけど、むしろ学生は大学に守られてる。その証拠に今は世界中の学生が声を上げてる。フランス人のルームメイトと学生デモの話になると、その頻度の違いに情けなくなっちゃう。こういうこと言うとみんな国民性の違いだと言うけど、私は平和ボケしてるだけだと思う。日本だって数十年前は学生闘争してたんだから。
船橋さん
僕は4月から社会人になるから昨日も内定者研修に行ってたんだけど、同期も会社の人も誰もタテカンやビラのこと知らなかった。新聞とかネットでけっこう騒がれてる自覚があったから、何か言われるかなと構えてたんだけど、無駄な心配でした。まぁ、これはこれで思うところはあるけど(笑)。 もし内定取り消されても、また別の人生があるんじゃないかなって思ってる。
山本さん
もしそんなことになったら、私が会社に対して署名集めるよ。
船橋さん
ありがとう(笑)。
父の涙と大喧嘩、家族が応援してくれなくても
船橋さん
そういえば僕、今回のことで家族に激怒されたんだよね。事前に話したら絶対に止められるから黙ってたんだけど、数日後にネットで知ったらしくて。父親に「なんでこんな風に育ってしまったんだろう、普通に幸せに生きて欲しいんだ」って目の前で泣かれたよ。
山本さん
私も昔は、父親に「親の言うこと聞いとけば良いんだ」とかめっちゃ言われて、よく喧嘩になった。今は基本的に応援してくれてるけど、ジェンダーのことで声を上げる女性たちにブラジャーとかが着払いで送りつけられてるという報道を見て、「慎重になって欲しい」と言われてる。家族にも迷惑が掛かったら……とも言われるんだけど、でもリスク取らないと結局何にもできないから。それは申し訳ないけど、やりますって。
SPA!編集部との話し合い後、メディアの取材に応じる山本和奈さん(右から2番目)女子学生ら。
撮影:竹下郁子
船橋さん
やっぱそうなんだ。うちの父親は日本の大手メーカー勤務でずっとバブルの味を吸ってきた人。大学で哲学を専攻したいと言ったときも「つぶしがきかない」と反対されたし、ずっと僕が選ぶ進路には否定的だったんだよね。僕はそれで反骨精神を培ったって言うのは大きいかも。 今の若い子ってみんな親と仲良いじゃん? 親から教えてもらうこともあるけど、でも喧嘩して乗り越えていかないと社会も更新されないんじゃないかなと思う。
山本さん
身近な人を変えられなかったら、どこにも届かないよね。
船橋さん
一方で大人には「あなたのお子さんが竹中平蔵批判のビラ巻きますって言ったら止めないですか?」って考えて欲しい。自分のいる場所で闘うってそういうことだからね。
チェ・ゲバラのように生きたい
チェ・ゲバラの旗を掲げてデモをするフランス最大規模の労働組合のメンバーら。今も反政府や革命の象徴だ(2018年4月)。
Reuters/Jean-Paul Pelissier
船橋さん
僕が自分の場所で闘うことにこだわってるのはチェ・ゲバラの影響が大きいんだけど、そういえば山本さんも彼に憧れてると言ってたよね。
山本さん
うん。最後には処刑されたけど、多くの人に希望を与えたでしょ。私もそうやって生きたいんだよね。いろんな人から「起業してお金を稼いで20〜30年後にチャリティ活動で社会に還元すればいいのに」と言われるんだけど、お金を稼ぐプロセスで死ぬかもしれないのに、それは絶対に嫌だなって。
船橋さん
僕もよく言われるよ、もっと安定したポストについて余裕ができてから、それか政治家にでもなって活動しろと。でもそんなの全然違うよね。自分の場所で自分の在り方を問わないと意味がない。選挙でははっきり言って変わらない。自分の身を挺してやらないと。
大学の閉塞感と実学偏重の改革
山本さん
それにしても、船橋くんに対する東洋大の対応ってあり得ないよね。大学は学生の意思、表現の自由を尊重すべきなのに。 私はICUの前学長から「誇りに思ってる」というメールをもらったり、教授にも「体に気をつけてね」とか、「SPA!にランキングされてた女子大学の学生から感謝を伝えてと言われたよ」と言われたり、応援してもらってる。 私たちの場合は問題が社会にあるから、大学や教授もサポートしやすいんだと思う。もしこれがICUの教授の女性軽視発言とかだったら、きっと行動は限られてたよ。
船橋さん
僕はあえてそこを攻めたかったんだよね。 公道なら許可を取ればできるタテカンやビラ配りが、大学では厳禁ってどうなの?と。
これからも実学重視の問題は問い続けていきたいと思ってる。これはうちの大学だけじゃないからね。文系軽視で社会に役立つことしか教えないようにするのが政府の方針だし、学生には就職に有利といえばいいしね。でもそれって大学の役割から離れていくよ。
声を上げられない人のために
山本さんたちVoice Up Japanの学生らで立ち上げた署名。
出典:Change.orgホームページ
山本さん
私も大学で変えたいことはたくさんあるよ。今、「ミスター慶応コンテスト」に出場歴のある慶応大生たちが、女子学生に対する性的暴行などで5回逮捕されて不起訴処分になった件について署名を立ち上げたところ。性的同意などの性教育の機会を設けること、キャンパスレイプなどが起きた場合に性暴力被害者が相談できるような場所を確保することなどを大学に求めていくつもり。 今回は現役慶大生たちが署名活動のために顔出しでビデオメッセージに登場しているんだけど、学内では被害者の女子学生へのバッシングがすごいみたいで、「私がもし被害にあってもこんな風に言われるかと思ったら怖くて耐えられない」って連絡をもらったのがきっかけだった。
これからも声を上げる学生への連帯と、声を上げられない学生のために活動を続けたいと思ってる。
船橋さん
僕も同じだな。非正規やブラック労働で苦しんでる人は声を上げる余裕もないと思うから、僕みたいな恵まれてる立場の人間が行動しないと。 権力に対してたった1人でも声を上げて、過去を振り返った時に「何もしなかったということにしないでよね」と言いたい。
(構成・竹下郁子、撮影・今村拓馬)