フィレオフィッシュ、創業者に嫌われ消えかけた知られざる歴史

フィレオフィッシュ

初めてフィレオフィッシュのアイディアを聞いた当時のCEO、レイ・クロック氏は「法王が自らシンシナティに来ても関係ない。皆と同じようにハンバーガーを食べればいい」と言った。

Hollis Johnson

  • マクドナルドのフィレオフィッシュ ── 同社が初めて採用したハンバーガー以外のメニュー ── は1965年、全米で発売された。
  • フィレオフィッシュはオハイオ州シンシナティのマクドナルドのフランチャイズ・オーナー、ルー・グルーン氏が考案した。
  • グルーン氏は、カトリック教徒は金曜日に肉を食べないという習慣がビジネスに打撃を与えていることに気付き、このアイデアを思いついた。
  • 当初、当時のマクドナルドのCEO、レイ・クロック氏は店が「魚臭くなる」と、このアイデアを嫌った。
  • クロック氏考案のフラ・バーガーがフィレオフィッシュとの売上勝負に負けたことで、クロック氏は考えを改めた。

信じられないかもしれないが、フィレオフィッシュは寸前のところで発売されない可能性があった。

今はマクドナルドを象徴するメニュー、類似品もたくさんある。Business Insiderは以前、フィレオフィッシュはカトリック教徒が食を節制し、肉を避ける四旬節(復活祭の46日前から復活祭の前日まで)の金曜日の大人気商品と伝えた

またフィレオフィッシュはトランプ大統領の好物の1つでもある。トランプ大統領は一度にフィレオフィッシュ2個とビッグマック2個、そしてLサイズのチョコレートシェイクを平らげることで知られている。

フィレオフィッシュはロングヒット商品だが、そのスタートは困難の連続だった。マクドナルドの当時のCEO、レイ・クロック氏は1962年、オハイオ州シンシナティのフランチャイズオーナー、ルー・グルーン氏がフィレオフィッシュを考案した時、当初は相手にしなかった。

フィレオフィッシュの初期の歴史を見てみよう。シンシナティのカトリック教徒と、パイナップルとチーズのバーガーに魅力を感じなかった人々の存在が発売に一役買ったという知られざる歴史がある。

マクドナルドの広告を雑誌で見たグルーン氏は1959年、シンシナティに最初の店をオープン。同市とケンタッキー州北部でのフランチャイズ権も購入した。

シンシナティ市

シンシナティ。

aceshot1/Shutterstock

出典 : Business Insider, "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History"

当時、近くには多くのハンバーガーショップが立ち並んでいた。同業者が多く、競争は激しかった。

マクドナルドの看板

1960年代当時、マクドナルドは街で唯一のハンバーガーショップというわけではなかった。

Mike Mozart/Flickr

出典 : Business Insider, "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History"

第2バチカン公会議が行われた1960年以前、カトリック教徒は金曜日に肉を食べることを控えているとされていた。

カトリック教徒

カトリック教徒。

Mark Baker/AP Images

出典 : The Catholic Telegraph, The List Show TV, The Baltimore Sun

グルーン氏が店をオープンした地域は、たまたまカトリック教徒の多い地域だった。

セント・クレア・カトリック教会。

シンシナティのセント・クレア・カトリック教会。

Warren LeMay/Flickr

出典 : The Catholic Telegraph, The List Show TV, The Baltimore Sun

グルーン氏の息子、ポール・グルーン氏は「金曜日は仕事にならなかった」ため、店は大変な状況になり始めたThe List Showで語った。

ハンバーガー

グルーン氏の店は苦境に陥りつつあった。

Hollis Johnson/Business Insider

出典 : "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History," The List Show TV

一方、シンシナティを拠点とするFrisch's Big Boyは魚を使ったメニューを提供し、マクドナルドを圧倒していた。

Frische's BIG BOY

Big Boyはマクドナルドと顧客を奪い合っていた。

Shutterstock

出典 : "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History," The List Show TV

クロック氏は自伝『Grinding It Out: The Making of McDonald's』(邦題:成功はゴミ箱の中に)で、フィレオフィッシュのアイデアは「苦肉の策として誕生した」と記した。グルーン氏は1961年に試作品を作り上げた。

レイ・クロック氏

レイ・クロック氏。

AP Photo

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's," "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History"

だが、クロック氏はこのアイデアを嫌っていた。自伝に自身の当初の反応を記した。「とんでもない! 法王自身がシンシナティに来ても関係ない。皆と同じようにハンバーガーを食べればいい。我々は君の魚で、我々の店を生臭くはさせない」。

法王ヨハネ23世

法王ヨハネ23世。

Keystone / Stringer / Getty Images

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

マクドナルドの取締役、フレッド・ターナー氏とニック・カロス氏も反対した。グルーン氏はフィッシュバーガーを売るか、店を売るか、どちらかしかないと2人を説得した。

タラの切り身

クロック氏はフィッシュバーガーのアイデアを嫌っていた。

Getty Images/Phil Walter

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

クロック氏も折れ、食品技術者のアル・ベルナルディン氏が新たなバーガーの開発に加わった。

レイ・クロック氏

レイ・クロック氏。

Bettmann / Contributor / Getty Images

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

マクドナルドは調理時間やバンズの種類、フライの厚さなどを決めなければならなかった。当初はオヒョウを使うことを検討したが、最終的にはタラに決まった。

タラ

フィレオフィッシュにはタラが使われている。

Gerard Soury / Getty Images

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

だがクロック氏はブランディングの問題を指摘した。「タラの肝油にまつわる子ども時代の(苦い)思い出につながる」と述べた。そこで代わりに「北太平洋の白身魚」と呼ぶことにした。

タラ

クロック氏はタラの呼び名を変えることを主張した。

Jeff J Mitchell / Getty Images

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

グルーン氏の店の若い従業員がさらに閃いた ── チーズの追加だ。

チーズ

当初、チーズを入れる予定はなかった。

gtfour/Shutterstock

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

クロック氏はこの組み合わせを許可し、スライスチーズを半分にして加えることにした。自伝に「美味しかった」と書いている。

レイ・クロック氏

レイ・クロック氏。

New York Times Co. / Contributor / Getty Images

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

だが、まだ越えなければならない最後のハードルがあった。クロック氏は新しいバーガーの運命をコンテストで決めることにした。フィレオフィッシュは、クロック氏が考案したフラ・バーガーと対決することになった。

マクドナルド看板

世界最古のマクドナルドに掲げられている看板。

MediaNews Group/Orange County Register via Getty Images / Contributor

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

焼いたパイナップルと2枚のスライスチーズをバンズで挟んだフラ・バーガーとフィレオフィッシュがいくつかの店舗で発売された。売り上げで勝負を決める。

パイナップル

クロック氏は自らフラ・バーガーを考案した。

Robert Couse-Baker/Flickr

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

『Historic Restaurants of Cincinnati』の著者、ダン・ウォエラート(Dann Woellert)氏によると、対決の日は1962年の聖金曜日だった。

フィレオフィッシュセット

フィレオフィッシュは大好評だった。

Robson90/Shutterstock

出典 : Business Insider, "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History," The List Show TV

350人がグルーン氏の新しいフィッシュバーガーを購入した。クロック氏のバーガーを買ったのはたったの6人。

フィレオフィッシュ

Andy Wong/AP Images

出典 : Business Insider, "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History," The List Show TV

クロック氏は、フラ・バーガーの敗北についてグルーン氏によくからかわれたと自伝に書いている。そして「美味しい」パイナップル・バーガーをよく自宅で作って食べたとも記している。

レイ・クロック氏の銅像

レイ・クロック氏の銅像。

Tim Boyle/Getty Images.

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

フィレオフィッシュは1963年に限定販売され、すぐにヒットメニューになった。1965年、マクドナルドはフィレオフィッシュを全米でメニューに加えることに決めた。

フィレオフィッシュ

1965年に全米発売。

Elsie Hui/Flickr

出典 : Grinding It Out: The Making of McDonald's

フィレオフィッシュはグルーン氏にとって「金のなる木」にもなった。発売以降、シンシナティに43店のフランチャイズ店をオープンし、3000人を雇って、年間約6000万ドルを売り上げるようになった。

フィレオフィッシュ

グルーン氏はフィレオフィッシュ発売以降も成功を続けた。

Robson90/Shutterstock

出典 : "Historic Restaurants of Cincinnati: The Queen City's Tasty History"

自伝の中でクロック氏は、カトリック教徒のスタッフに次のように語ったと述べた。「皆、見ていたまえ。我々は魚を処理するためにこれだけの設備に投資した。法王はルールを変えるだろう」。

レイ・クロック氏

レイ・クロック氏。

AP

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"

クロック氏の言葉は正しかった。1965年、第2バチカン公会議が開催された後、ローマ・カトリック教会は断食のルールを緩和し、四旬節以外の金曜日は肉食が許された。

バチカン市国

バチカン市国

Alessandra Tarantino/AP

出典 : "Grinding It Out: The Making of McDonald's"


[原文:The secret history of McDonald's Filet-O-Fish, which was almost killed from the menu before becoming one of the chain's staple sandwiches

(翻訳:忍足 亜輝、編集:増田隆幸)

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