堀ちえみさん公表の舌がん。専門家に聞く「食べる・話す」まで——希少がんは“がん友”が支えに

2月22日に舌がんの手術を受けた堀ちえみさん(52)。堀さんはリンパ節への転移もあったため、頸部(首)のリンパ節を切除した上で、舌全体の6割を切除し、太腿の組織を移植して舌を「再建」(作り直し)したと公表している。

舌は「食べる」「飲み込む」「話す」といった暮らしに密着した重要な役割を担う器官だけに、家庭や仕事復帰に向けては、それらの機能回復が大きな焦点になる。

食べてゴックンが難しい理由

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舌がんで闘病しているタレント・掘ちえみさんのオフィシャルブログ。自身のがんの公表以降、手術以降のリハビリの状況など、病気と向き合うことについての心境を報告している。

掘ちえみオフィシャルブログより

堀さんは手術を受けて2週間が経過。本格的なリハビリを開始した段階だとブログに綴る。3月6日には、「ちょっとショック!」と、今の状況を明かしている。前日に嚥下(飲み込み)機能の検査を受けた時の模様をこう記す。

“三段階ぐらいの、とろみがついた液体を、口に入れてゴックンなんですが…こんな簡単な事が、とても難しいのです。”

“そしてゼリーが出てきました。これなら大丈夫だろう。そう思って右側の舌の奥に入れました。

が…

無残にもゼリーは、喉の奥に行くまでに、グシャっとなって、舌の上で行き場を失い、飲み込むまでに至りませんでした…

(中略)

味わうどころか、食べる事すら出来なくなっている状況に、ショックを受けました。”

堀さんは術後、専門のスタッフが関わり、言葉の練習や呼吸・嚥下の練習などを始めているという。

がんに対するリハビリテーション(以下、リハビリ)はアメリカで先行していたが、日本でも2010年度の診療報酬改定で保険点数が付き、実施する医療機関が増えつつある。

その一つ、日本歯科大学附属病院(千代田区)では、言語聴覚士ら専門家が手術の前から関わっているという。同院言語聴覚士室室長の西脇恵子さんに、まずは、術後どのように「食べる」機能を獲得していくのか尋ねた。

ある程度舌を切除していたとしても味蕾(舌の表面にある味覚を感知する器官)が残れば食事を味わうことはできる。ただし、食べ物を口に入れて飲み込むまでは、簡単にはいかないという。

「食べることは、歯だけで行うと思われがちですが、舌が上顎に付いて左右に動くことで咀嚼側(奥歯のところ)に食べ物を運んでいくことで、初めて食べられる。よく、高齢の方が入れ歯を取ってもムシャムシャものを食べていますが、あれは舌があり、ちゃんと動くから可能なんです」

「堀さんのように、舌の半側を切除し移植したとしても、舌が再生するわけではなく、穴を塞いでいるような状態です。リハビリでは、手術で残った舌の部分をうまく動かす訓練を重ねて、新たに、その人なりの食べる形を作っていくことになります」

上顎に厚みを出す装具を入れる場合もある。舌がんの手術後、「普通食」を何も考えずに楽々と食べられる人は少ないため、トロミ食など食べやすい形態の食事を摂る「工夫」も大事だという。

「リハビリの診療に通う期間は、手術が軽くて数カ月の人から、年単位の人まで、患者さんによりさまざまです。元の生活に戻って100点とはいかないまでも、代償手段を使いながら、その人なりの食べる形はつくっていけます。職種にもよりますが、舌がん手術後に仕事復帰している方もたくさんいらっしゃいます」

話すには「音を作る」訓練が必要

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掘さんのブログにもリハビリの訓練の辛さ、食事を摂る時の「工夫」の方法が綴られている。

掘ちえみオフィシャルブログより

舌がんの手術で残る障がいには、会話に支障をきたす「構音障害」もある。構音障害とは、伝えたい言葉の内容ははっきりしていても、音を作る器官やその動きに問題があって、発音がうまくできない状態だ。

「舌がんの手術を受けても大概、歌は歌えます。声を作るのは声帯で、そこは損傷を受けないですから。少なくとも、リハビリ中の方から、『カラオケで歌を歌いたい』と相談されれば、言いにくい歌詞はハミングでもいいし、気晴らしにもなりますから、どうぞお友達と楽しんできてくださいとお伝えしています」(西脇さん)

ただし、会話となると、ハードルは上がるという。

例えば、「ら・り・る・れ・ろ」という音を出したい時に、舌の先端部分がなければ発音できない。舌の半側がない場合にも、術前のような動きに戻すことは難しい。上顎に舌を付けるのが難しいならば、口の中の別の部分に舌を当て、「らしい音」を新しく作っていく方法もある。上顎の装具を使ったトレーニングもある。

「手術の範囲によっても経過は違ってくるので、一概には言えません。復帰後の生活にもよってもリハビリの目標設定が変わってきます。学校の先生のように言葉を使うのがメインになる仕事ですと、目標がぐんと高くなりますし。例えば、電話を受ける業務を外してもらうなど『環境』を変えることで、仕事復帰するという目標をクリアした方もいらっしゃいます」(西脇さん)

早期発見には「セルフチェック+検診」

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潰瘍部を挟んで左に上皮内がん,右に上皮下組織の部分にとどまる扁平上皮がん。青の破線より上側の、がんが浅い段階(表在がん)のうちの発見するのが望ましいという。

提供:日本歯科大学付属病院

がんは進行度ごとに、Ⅰ〜Ⅳ期の分類がある。全国がんセンター協議会加盟施設の生存率協同調査(2018年集計)によると、舌がんのステージⅠ期の5年生存率は94.5%、Ⅱ期が78.7%と比較的高く、Ⅲ期は58.8%、Ⅳ期で45.1%となっている。

口腔病理学を専門とする出雲俊之・日本歯科大学附属病院客員教授は、「早期発見・早期治療は重要」と指摘する。

「舌の粘膜上皮に留まる、『上皮内がん』(ステージ0)と上皮下組織の部分に留まるがん(ステージⅠ)を合わせた『表在がん』の段階で治療ができれば、転移を起こすことは、まずありません。さらにその下には、舌の筋肉があるのですが、筋層に深く入る前の段階で見つけることができれば、大きな切除をしなくても、確実な治癒が期待できます」

出雲教授に、舌がんを早期に見つけるために自身でチェックする場合のポイントを聞いた。

  1. 舌に痛みや赤くただれた部分があり、10日〜2週間経っても治らない。
  2. 舌の表面に少し盛り上がった白い部分があり、特に、赤白が混在している。

舌がんは内臓とは違い、見える場所にできることが多いが、病変かどうかを見分けるのは、素人にはなかなか難しい。堀さんは当初、「最初は口内炎だと思っていた」とブログで打ち明けた。

堀さんの舌がん公表以来、日本歯科大学附属病院では口腔粘膜の疾患での来院者が急増。同院歯科放射線口腔病理診断科教授の柳下寿郎さんによれば、1カ月の細胞診検査数は普段は平均して15〜16件ぐらいだったのが、ここ1週間だけで10件を上回ったという。

「受診された皆さんすべてが舌がんだというわけではありません。まずは、セルフチェックが大事。とはいえ、口内炎とがんとの区別はつきにくいですから、かかりつけの歯科診療所で1年に1回程度、口腔がん検診を受けることをお勧めします。最近は、任意で受ける個別検診の費用を補助する自治体もあります。活用するとよいでしょう」(柳下教授)

希少がんだからこそ「がん友」が励みに

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掘さんのブログには、リハビリを楽しく説明する様子に心を打たれたファンから、「勇気づけられた」「あたしも頑張らなきゃ」と多くの反響が寄せられている。

掘ちえみオフィシャルブログより

舌がんは希少がん。舌がんを含む「口腔・咽頭がん」の罹患者数は2万3000人で、全がん(101万3600人)の約2.3%(国立がん研究センター2018年のがん統計予測)にすぎない。

大腸がんや胃がんといったメジャーながんと比べれば、周りで同じ疾患の人に出会うことは圧倒的に少ないのだと、前出の西脇恵子さんは話す。

「それでも、生活上の悩みはたくさんありますから、口腔リハビリの診療の中で、院内で同年齢ぐらいの先輩患者さんが後輩患者さんに経験を伝えたり、後輩患者さんの悩みを聞いたりする機会をなるべく持つようにしてきました」

「頭頸部がん患者友の会」の会長を務める言語聴覚士の西脇恵子さん

「頭頸部がん患者友の会」の会長を務める言語聴覚士の西脇恵子さん

撮影:古川雅子

患者のニーズが高まり、3年前に「頭頸部がん患者友の会」を設立。西脇さんが会長を務める。

設立にあたって、咽頭がんサバイバーのつんく♂さんも「同じ経験をして苦しんでいる皆さん、大変なことはいろいろありますが、決して諦めずともに戦っていこうじゃありませんか」とメッセージした。日本歯科大学附属病院を会場に、3カ月に1度、舌がんのほか、口腔底がん・喉頭がん・咽頭がん・歯肉がん……と頭頸部のがん患者たちが全国から集まってくる。

「いつも患者さん同士で密に情報交換してらっしゃいます。こういうご飯をつくったらおいしく食べられた、とか。普段は打ち明けられない悩みがあっても、仲間内だとざっくばらんに話せるみたいで、皆さんいつも、『スッキリした』といって帰られますね」

口腔外科領域におけるがんリハビリは、日本では端緒についたばかり。西脇さんによると、国立がん研究センターではリハビリテーション科で専門職が希少がんにも対応しているというが、各都道府県のすべてのがんセンターに言語聴覚士が配置されているわけではないという。口腔がん患者がリハビリを受けられる施設は、まだまだ限られている。

「手術を受けた病院に該当する科がない場合には、他院でも受診はできますから、近くで探してみて下さい」

西脇さんの病院でも、院外からの患者さんが多数、がんのリハビリで受診していると言う。

「口腔がんは、命が助かってよかったね、というだけでいいわけじゃない。生活上困っている方がいらっしゃれば、適切な専門職につながればいいなと思います」


(文・古川雅子)

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