Business Insider Japanのインタビューに対し、「2019年度はオペレーション改革元年になる」と宣言したローソンの竹増貞信社長。東京・大崎のローソン本社受付にて。
撮影:的野弘路
コンビニにこれほど大きな期待が寄せられた時代はかつてないのではないか。
キャッシュレス化、テクノロジーによる無人化、地域の緊急・医療拠点化……。コンビニはいまやいくつもの「○○化」を要求されている。深夜まで開いている小型スーパーという庶民的イメージこそ変わっていないが、最近では、少子高齢化・人口減少が深刻化する地方を支える前線基地になるとも言われたりする。
人手不足と同時にパート・アルバイトの時給が上がり、24時間営業というコンビニの「看板」を下ろすべきとの議論もあるなかで、ローソンはあえて人を中心に、人びとが集まる「マチのプラットフォーム」を目指そうとしている。
話題を呼んだ「温かいハート」発言
2018年10月に幕張メッセ(千葉市美浜区)で行われた「CEATEC JAPAN 2018」にて、ローソンの展示ブース。「無人レジ」に関心をもつ報道関係社の人だかりが。
撮影:川村力
コンビニの未来が語られる時、必ずと言っていいほど出てくるキーワードが「無人化」だ。とにかく人が足りない。新規出店したコンビニが、オープニングスタッフ集めに苦労するのはすでに日常風景となっている。地域によっては昼間でも時給1000円を超える人件費の上昇は、ジリジリと経営を追い詰める。
ロボットなどのテクノロジーを活用した省力化、無人化を検討していないコンビニなど存在しない。そうした緊迫した状況だからこそ、2018年10月にローソンが社会に発したメッセージは、関係者の間で大きな話題を呼んだ。
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「このままデジタル化がどんどん進み、スマートフォンやそれに代わる機器が登場し、それに頼って朝起きてから寝るまでひと言も発しないで1日を終える、そんな時代が来るかもしれません。でも、そんな便利な時代に皆さんは生きていたいと思いますか。私は生きていたくありません」
アジア最大規模のIT・エレクトロニクス展示会「CEATEC JAPAN 2018」の基調講演の壇上、そう語ったのは、ローソンの竹増貞信社長。竹増氏はこう続けた。
「ローソンを人が集まる場所にしたい。イートインスペースでも何でもいいんです。フェイス・トゥ・フェイスの会話があり、皆さん一人ひとりがお持ちの温かいハートが行き交う場所。それこそがリアル店舗にあってEC(電子商取引)にはない、本当の価値なんだと思います」
安易な発想でデジタル技術を組み込むことはできない
インタビューに応じるローソン社長の竹増氏。三菱商事からローソンに(副社長として)移った時は、子どもと一緒に各地の店舗を行脚して実情を学んだという。
撮影:的野弘路
後日、その竹増氏に発言の真意を聞く機会を得た。
効率化や省人化など、人手不足時代に対応するテクノロジーへの期待が高まるなか、なぜあえて対面販売や心の交流を前面に押し出したのか。
竹増氏は、向こう2、3年で進むべき方向性を決めて成長モデルをつくり上げ、問題に決着をつけないとビジネスが成立しなくなるとの危機感を語ったうえで、こう吐露した。
「(親会社の)三菱商事からローソンに移って最も衝撃を受けたのは、フランチャイズ・ビジネスは、自分のそれまでのキャリアと比べて、関わる人間が圧倒的に多いということ。人と一緒にやる仕事なんです。だからこそ、安易な発想でデジタル技術をそこに組み込むことはできない」
三菱商事出身の竹増氏は、キャリアを畜産部でスタートさせた。食肉の営業を10年ほど担当した後、営業を離れてアメリカの豚肉事業子会社に3年駐在し、生産の現場を補佐する任務を経験。帰国後は広報部に5年、さらに小林健社長(現在は会長)の秘書を4年務めた。
そこから急転直下、消費者としての接点しかなかったローソンの副社長に。2年後の2016年3月には、オーナー数が約6500人、国内店舗数が約1万4500店、グループ社員1万人超、全国に20万人超のクルー(いずれも2018年11月末現在)という巨大なフランチャイズチェーンのトップに就いた。
「加盟店との関係にどっぷり浸かって過ごした5年間」(竹増氏)と言うほどコンビニ事業にのめり込めたのは、やはり人のおかげだという。
竹増氏が社長就任2年目に受けたインタビュー動画。大阪・豊中市にあるローソン1号店、大阪・千日前の馴染みの店を訪ねている。
出典:毎日放送(MBS)公式チャンネル
秘書として仕えた小林社長の「自分が人生で考え、培ってきたこと以上のものは出ない。だから、真摯に正面から向き合うしか方法はない。国王だろうと、大統領だろうと、同じ人間なんだ」との言葉を胸に、わからないことがあればオーナーに電話をかけ、クルーを集めてもらって店の近所の居酒屋でとことん聞く。胸襟を開いた対話を地道に続けた結果、各店舗との信頼関係が生まれていった。
そうした人間同士の対話の蓄積の上にあるビジネスだからこそ、竹増氏はデジタル・テクノロジーの導入だけで危機を乗り越えられるとは考えていない。
消費税増税時のポイント還元を改革の起爆剤に
「ローソンスマホレジ」利用時のデモ動画。ローソンアプリを使って商品バーコードを読み取り、アプリ内で決済まで完了する。
提供:ローソン
もちろん、ただデジタル化を躊躇(ちゅうちょ)していたわけではない。オーナーやクルーたちとの地道な対話と並行して、抜本的な改革が周到に準備されていた。
「2018年度はレジまわりなど次世代に向けたインフラ整備を完了させました。新年度は本当の意味で“オペレーション改革元年”が始まると考えています。店側がかける手間や時間を減らすと同時に、お客さまにはより多くのメリットを感じてもらうという、一見矛盾したこの改革を実現するには、やはりデジタルの力が必要です」(竹増氏)
まずは決済。オフィス街の店舗をはじめ、昼時はレジに長蛇の列ができるところが多い。買うのをあきらめて帰ってしまう客も少なくない。ローソンでは、消費税増税後の消費の下支え策として導入される「キャッシュレス決済へのポイント還元」を活用し、スマホ決済(ローソンスマホレジ)を全国で大々的に導入することで、混雑解消とクルーの負担軽減を実現したい考えだ。
キャッシュレス社会への「過度期」に対応する意義
ローソン店舗。写真は鎌倉小町1丁目店、レジはすでに自動釣り銭機能付きのものに入れ替わっていた。
撮影:川村力
一方、キャッシュレス化の流れと矛盾するようにも見えるが、既存のレジを2018年2月までにすべて「自動釣り銭機能」付きのものに入れ替えたそうだ。
「ローソンでの決済はいまも83%が現金払い。ローソン銀行を2018年9月に開業し、前身のローソンATMネットワークスからATM事業を引き継いでわかったことなのですが、偶数月の15日は年金支給日なので、やはり利用者が増える。そのまま多少の買い物をして行かれる方も多い。こうした現金需要が簡単になくなるとは考えられません」(竹増氏)
実はこの新しいレジ、カウンターの内外をひっくり返すと(客自身が紙幣や硬貨を投入して精算する)セルフレジになる。従来のレジをいくら増やしても、人手不足でクルーを確保できなかったら役に立たないが、これなら確かに(キャッシュレスには及ばなくても)混雑解消の手段になりうる。
「キャッシュレス化推進の必要性は重々承知。我々自身も楽になるので、政府が推進する『2025年にキャッシュレス決済の比率40%』の目標達成に向けて努力する。ただ、ローソンが抱える現金需要には大きなものがあるし、5、6年後に政府目標を達成できてもなお6割の現金払いが残る。そう考えると、自動釣り銭機能付きレジの導入はベストの選択だったと思っています」(竹増氏)
ローソンスマホレジはアプリ内で決済が完了する。ローソン銀行との相乗効果も今後期待できるだろう。(写真のアプリはCEATEC 2018 開催時の仕様)
撮影:川村力
とはいえ、人口減少やキャッシュレス化の進捗にしたがって、現金の需要は減っていく。ATMの必要な絶対数が減っていくことも間違いない。今後生まれる環境に適した新たな金融サービスが必要となるだろう。具体的な形はまだ見えていないが、その核になるのがローソン銀行だ。
話題のQRコード(バーコード)決済などありとあらゆる金融サービスが銀行につながるいま、セブン銀行らに比べて“周回遅れ”と揶揄(やゆ)されても、インフラとして「どうしても銀行業の免許をもっておく必要があった」(竹増氏)ということなのだろう。
親会社、三菱商事が担う決定的な役割
ローソンの親会社、三菱商事は原材料調達や製造分野でも、ローソン支援に「本気」を見せ始めている。東京・丸の内の本社入口にて。
REUTERS/Issei Kato
ローソンが2018年度に完了させたインフラ整備、さらに2019年度からテクノロジーを絡めて取り組むオペレーション革命。その成否のカギを握る要素のひとつが、親会社である三菱商事の存在だ。
「関連会社(株式保有比率33.4%)時代も強い協力関係にはありましたが、2017年2月に子会社(保有比率50%)になってからは、ローソンの企業価値向上『イコール』三菱商事の企業価値向上、という関係になったのでとてもわかりやすくなりました。何かを協力してやる際に、ローソンにとってプラスでも三菱商事にとってはどうか、といった判断のブレがなくなったわけです」(竹増氏)
2018年6月、ローソンはインフラ整備の一環としてサプライチェーンの大改革を行っている。ベンダーやメーカー、物流センターを巻き込み、全国全店舗で一斉に発注システムを刷新するという離れ業を成し遂げるうえで、三菱商事、三菱食品をはじめとするグループ会社のサポートは不可欠だったという。
また、ローソンが目下取り組んでいる「夕夜間強化」についても、三菱商事のサポートに助けられているそうだ。
「およそ30年にわたってローソン向けに米飯や惣菜の製造販売を行ってきたキユーピー子会社のグルメデリカを、三菱商事が2018年10月に子会社化(株式保有比率80%)し、ベンダー事業に参入したことにも大きなインパクトを感じています。原材料の調達や製造面のデジタル化による効率向上が進み、適切な価格の良い商品を生み出せるようになれば、他のベンダーへの波及効果も期待できるでしょう」(竹増氏)
安全・安心の砦はテクノロジーか、人間か
ローソン店頭に立つアルバイト募集の旗。ローソンに限らず、どのコンビニもスタッフ確保に苦心しており、オーナーが自らレジ打ちする光景を以前よりよく見るようになった気がする。
撮影:川村力
少子高齢化、人口減少という大きな流れに加え、実質給与の伸びに期待できない状況が続くなか、共働き家庭が増え、子育てや家事を分担してみんな何とかやっている。食事を例に取れば、平日の夕方からゆっくり献立を考え、スーパーで買い物できる余裕のある人は多くない。近場のコンビニの商品充実化を求める声は多い。
「ライフスタイルが大きく変わり、コンビニはこれまでのやり方ではもはや成長は期待できないことは痛感しています。足もとの状況は、踊り場だと言わざるをえません。ただ、ライフスタイルが変わるがゆえに生まれるチャンスも多く、例えば、朝注文して夕方食材を受け取れるローソンフレッシュピック(ロピック)の展開はそこを狙ったチャレンジです」(竹増氏)
子育て家庭や高齢者だけの家庭からは、店頭の医薬品の充実やロピックでの取り扱いを要望する声も聞かれるという。
(※ローソンフレッシュピックとは……生鮮スーパーの食材をアプリで朝注文し、夕方ローソンで受け取れるサービス。注文は朝8時まで、商品の到着は14時から18時の間[店舗や交通事情によって異なる]。東京都と神奈川県の一部で展開中[2018年2月末時点])
こうやってコンビニに求められる拡充のポイントを挙げていくとキリがない。冒頭に書いたように、コンビニにこれほど大きな期待が寄せられた時代はない。いずれデジタル・テクノロジーはそうした期待の多くに応えてくれるかもしれない。その可能性があるからこそ、コンビニは注目されるのだろう。
そんな未来のコンビニがどんな場所になるのかを現時点で正確に見通すのは、ローソンを率いる竹増氏といえども至難の業だ。ただ、良かれ悪しかれどんな変化を遂げようとも、そこが温かいハートの持ち主によって運営される場所だとすれば、それは客にとって最大の安心になると言えまいか。日々の生活を支える大きな機能を集中させるのであれば、なおさら。
(文:川村力、撮影:的野弘路)