3月に入り2020年卒の就活シーズン真っ盛り。売り手市場と言われながらも内定をめぐり学生たちも必死の中、全国73大学に支部をもち、3万人の学生が利用するという、学生による学生のためのキャリア教育支援NPOがあるのをご存知だろうか。
エンカレッジ創設者の出谷昌裕(左)と、本部組織のコアメンバーたち。出谷は現在、人材・IT領域で複数の会社を経営する。
「なんか、やばくない?」
きっかけは2013年の春、京都左京区の京都大学近くのお好み焼き屋だった。京大大学院の院生だった出谷昌裕は、工学部の3年生だった辻拓哉と、飲んでいた。話題は就職活動だ。
京大工学部時代には、有機ELディスプレイの新規発光コンセプト材料開発で特許を取りつつ、テニスに打ち込むなど、理想的な学生生活を送ってきたかに見える出谷は、すでに大手商社はじめ複数の人気企業から内定をもらっていた。
このまま行けば4月から、一新入社員として働き始めることになるだろう。
しかし、出谷の中にはどうしようもない違和感が渦巻いていた。神戸で生まれ育ち、京大に進んだ出谷は、就活のタイミングで初めて、東京に何度も足を運ぶようになった。
「ちゃんとキャリアに向き合っている学生があまりに少ない」。出谷自身の就活体験がエンカレッジの原点だ。
そこで出会った人たちは、20代の身には新鮮だった。関西ではあまり見かけない、ベンチャー企業の経営者や外資系銀行で働く社会人 ——。そうした層と交流するようになって初めて、自分も含め、周囲の学生の見ている世界が「あまりに狭い」と感じた。
「ギャップがありました。大学に戻ると『モテるから、安定しているから』と、相変わらず保守的な考え方を基準に、学生が就職先を判断している」
都市部の学生と地方の学生。起業したりベンチャーに飛び込んだりして働いている社会人とそうした層が身の回りにいない学生。いずれの間にも、どうしようもない開きがあることに、危機感を覚えたのだ。
「つまりはキャリアにちゃんと向き合っている学生が少ないということ。人生で仕事をしている時間は長い。仕事を通じてどうやって人生をデザインするか。誰も教えません」
学校の授業の就業体験といえば、地元のパン屋くらいだった。
SNS使用禁止で会員増やす
出谷たちがエンカレッジを拡大してきた特徴に、SNSに頼らない対面での接触がある(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
この危機感が、エンカレッジのサービスの原点だ。エンター(約3万人)である就活生に、就活経験者の学生がメンター(約1000人)となる。エントリーシートの書き方や面接への挑み方といった具体策から、もっと本筋のキャリアと向き合う姿勢まで、とことん寄り添って支援するという。
「今の就活に問題があるなら解決すべきだ。解決するために、一緒にやろう」
そこから、お好み焼き屋で語り合った出谷と辻の2人による、「一対一、リアルにこだわった学生のキャリア支援」に、賛同者を増やす日々が始まった。
まずは周囲の友達、その友達の友達。特徴的なのが「TwitterはじめSNSの使用禁止」で、会員を増やすにはWEBを介さずに対面で理念を説くことを徹底した。
出谷や辻が住んでいた、河原町のシェアオフィスが拠点となり、そこで毎日のように議論した。大阪大、同志社大、立命館大——。趣旨に賛同してくれた人が、知人を連れてきて、初年は関西を中心とした他大学に支持者を広げ、1000人程度の会員が集まった。
こうして2013年、京都でエンカレッジが誕生した。
原体験に阪神・淡路大震災からの復興
神戸市で生まれ育った出谷は、6歳のときに阪神・淡路大震災を経験している。1キロ先には焼け野原が続く震災後の風景が、幼少期の原体験にある。神戸の復興の歴史が、出谷の生い立ちそのものだ。
だからこそ、人口減少社会で地方都市が消滅していくと言われる今、「地方衰退に歯止めをかける価値を作り出し、流れを生み出せる人間にならなくては。そういう思いがあります」。
エンカレッジの立ち上げと平行して出谷自身、2013年4月から医療介護系の一部上場のベンチャーで働き始めた。総合商社や人材広告大手など、誰でも名前の知っているような企業の内定は結局、辞退。「志の実現のためには、ビジネスドメインが成長する産業に行くのが正しい」と、疑わなかった。
成長スピードの速い大手ベンチャーの社員として東京で働く一方で、土日や夜を使ってエンカレッジの活動を続けた。2014年にはNPO法人化。2年が経つ頃には、全国に支部をもつ、数万人規模の会員組織に育っていた。
東大生が変われば日本も変わるのでは
エンカレッジの本部組織の運営に携わってきた、平野太朗さん。「東大生の就活感が変われば日本の学生の就活も変わる」という思いがある。
「働き始めている東大の同級生たちが、『明日仕事行きたくねえなあ』と言う。イキイキ働いているようには見えなくて。日本、これではまずいなと」
エンカレッジの本部組織メンバー、東京大学教育学部4年の平野太朗(22)は、この4月から社会人だ。一浪しているので、同級生たちは1年早く働き出している。就職先は大手商社、官公庁、大手広告代理店など大組織が目白押しだが、総じて楽しそうには見えないことが気がかりだった。
「仕事が自分の人生にどういう関わり方をするかという、仮説をもっていない。東大のもつ影響力は大きい。東大生の就活観が変われば、日本の学生の就活観も変わるのではという思いで(エンカレッジの活動を)始めました」
マーケティング担当として、対企業にエンカレッジのイベントを企画提案し、全国の支部全体で年間500程度を開催している。
自身の就活でも総合商社、外資コンサルなど複数社の内定を得た。平野は就活中の2018年夏、とある大手外資のインターンで「飛び抜けて優秀な女子」に出会う。
それが現在、エンカレッジ総代表を務める、京大法学部の4年の川口美咲(21)だ。
やりたいことやなりたい姿がない
特に地方の学生が、企業と接触する機会を増やしたいと話す、川口美咲さん。
「みんな頭はいいけど、期待したほど、オフで話した時に面白い人がいない……」
それが、川口が就活で出会った学生たちに対して感じたことだという。外資大手メーカー、外資コンサル、外資銀行、投資ファンド。典型的な外資志向の就活をした。
「(インターンで出された課題に対する)ワークの結果は優秀なんですが、内定とったからこの辺で就活辞めようかなあという感じで。その先のやりたいことや、なりたい姿がないんだなあと」
大学3年の春にサークルの先輩の誘いで、エンカレッジの京大支部に関わってきた川口は、実際に自分が就活をやってみることで、かえってエンカレッジに「価値を感じるようになった」という。
「多くの企業と接触する機会を(エンカレッジを通じて)つくることで、地方も含めて優秀な人たちの視野を広げたい。いろいろ見てからの選択の方が、より面白いのではないかと思うのです」(川口)
どうしてエンカレは学生を集められるのか
2020卒の就活市場もシーズン真っ盛りだが、企業も選考過程に進んでくれる学生の確保に必死だ。
撮影:今村拓馬
2019年3月現在、空前の若手不足で、大手企業ですら新卒採用難に悩んでいる。そんな中、数万人規模の学生会員を抱えるエンカレッジは、企業にとっても目の離せない存在となりつつある。
出谷は2014年に人材サービスのReccooを起業し、翌年には新卒で入ったベンチャーを辞めた。巨大組織に成長したエンカレッジと包括提携し、新卒採用支援事業を展開。400以上の企業に対して、エンカレッジのイベント開催や会員とのマッチングを手がけている。
ただし、あくまで資金面、営業などのビジネス面を支援する立場に徹し、エンカレッジ自体の運営は学生に任せているという。共同創業者の辻も、大手人材サービスを経て、経営メンバーに加わった。
京都のお好み焼き屋で出谷と辻が熱く語った日から6年、エンカレッジにはなぜそこまで学生が集まるのか。
エンカレッジが47都道府県の支部で学生たちを惹きつけている理由は、シンプルかもしれない。
「人的資源の枯渇という課題に応え、日本の産業競争力に寄与したいという話はしています」(出谷)
エンカレッジの目的は「学生が自分自身のキャリアや人生にとことん向き合うこと」。そしてその先にあるのは、日本という社会を“エンカレッジ”することだ。
組織や国家の論理よりも個人のキャリアがフォーカスされがちな現代で、公的な視点を論じる理念が学生を引き寄せているのは不思議な気もするが ——。と尋ねると、出谷はこう返した。
「むしろ公だから、じゃないですか」
就活を経験した学生から支援を受けた就活生が、次の就活生を支援する。エンカレッジでは、上から下に受け継いだものを返していくこうした仕組みを「感謝のバトン」と呼んでいると、出谷は言う。
「独立した個って、存在しない。受け取ったものを改善して次に、渡す。生物として極めてベーシックなことだと思うんです」
(文・滝川麻衣子、写真・岡田清孝)