スマホ送金・決済アプリ「pring(プリン)」のATM受取対応を発表した、pringの荻原充彦社長(右)とセブン・ペイメント・サービスの和田哲士社長。
撮影:川村力
スマホ送金・決済サービスを手がけるpringは3月12日、セブン銀行子会社のセブン・ペイメントサービスが展開する「ATM受取」に対応すると発表した。同社が運営するアプリ「プリン(pring)」を通じてやり取りしたお金を、24時間365日いつでも、全国に2万5000台以上設置されているセブン銀行ATMでおろせるようになる。
プリンアプリを使っている人同士の送金、チャージや銀行口座への出金は従来から無料だが、今回セブン銀行のサービスに対応することで、ATMでの現金化も手数料ゼロで実現する。ただし、無料での出金は1日1回までで、2回目以降は216円の手数料がかかる。出金の上限額は10万円。
新たな経費精算の仕組みが生まれるかもしれない
セブン・ペイメントサービスが運営する「ATM受取」。もともとはECサイトでの返金受け取りのために開発されたものだという。
提供:pring
プリンアプリとATM受取の組み合わせは、例えばこんな使い方ができる。
ある営業担当者が、得意先の担当者との打ち合わせで喫茶代を立て替えた時。スマホで領収書(仮にコーヒー2杯で1000円だとしよう)を撮影し、「精算お願いします」のメッセージを添えて上司にリクエスト。意気投合した得意先とならセルフィーを撮って一緒に送ったりするのも、取引関係の潤滑剤になるかもしれない。
上司は、支払いを承認するメッセージとともに、自分のプリンから部下に1000円を送金する。あらかじめ経理担当者から、上司のプリンに交際費や会議費として一定額をまとめて送金しておけば、毎度の送金作業を省けるだろう。送金履歴はすべてデータとして残るので、月末に経理部と数字が合わないといった心配はいらない。
立て替え分をプリンで受け取った部下は、自宅への帰り道にあるセブン銀行ATMへ。先に「お金をおろす」→「金額入力」→「現金受取」の順番でアプリを操作すると、提携先コードや確認番号がメッセージで送られてくる。
引き出す金額を入力して「現金受取」をタップすると、すぐにこんなメッセージが送られてくる。この情報をATMに入力するだけでいい(提携先コードと確認番号は加工して消してある)。
撮影:川村力
それらの情報をATM画面で入力すると、銀行カードを使っておろす時と同じように、取り出し口に1000円が現れる。残業で帰りが深夜になっても、問題なく引き出せる。
経理部からすると、経費立て替え分はまとめて支払うことで手間や振込手数料を省きたいところだが、従業員にとっては1カ月分の立て替えはけっこうな負担になることも多い。出張費がかさむ月は、途中で精算して現金を受け取りたい時もある。そんな現場で、送金も現金化も24時間365日手数料ゼロのプリンがあれば、会社と従業員の双方に優しいお金のやり取りが可能になる。
「ATM受取」の活用例を示したpringによる動画。
提供:pring
「pring+セブン銀行」の本丸は給与支払い
そしてこのサービスの本丸は、近く法改正によって実現するとみられる、送金・決済アプリを使ったデジタルマネーによる「給与振り込み」への対応だ。
pringは、ATM受取への対応発表に先立つ3月7日、法人向けの送金サービス「業務用プリン」を正式リリース。法人登録することで、経費精算、報酬受取など従業員や外注先とのお金のやり取りを簡単かつ迅速に済ませられるようになった。
3月7日に正式リリースされた「業務用プリン」。CSVファイルを使った一括送金や、API提供により法人側のシステムで自動送金することも可能になった。
出典:pring HPより編集部がキャプチャ
現在は労働基準法(第24条)の定めにより、給与は法定通貨で支払うか、金融機関の口座に振り込む必要があるが、厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会で法改正のための議論が始まっており、2019年度内にもデジタルマネーでの支払いが認められる可能性が高いと言われている。
ただし、この法改正に向けた議論には、労働者保護などの視点から重要視されているいくつかのポイントがある。詳細は省くが、本記事に深く関わるポイントとして、デジタルマネーでの給与支払いが解禁される場合でも、「月1回以上、手数料ゼロで現金の形で引き出せる」という条件が課されることだ。
プリンアプリはすでに、事前に紐づけられた銀行のATMであれば(利用時間帯の制限はあるものの)手数料ゼロで現金を引き出すことができる。銀行に紐づけて利用する競合サービスのLINE Payも、同様に手数料ゼロでの引き出しが可能で、いずれも条件をクリアしている。
ただ、今回プリンがセブン銀行でのATM受取に対応し、24時間365日手数料ゼロの現金引き出しという新たな道を切り開いたことは、ユーザー(労働者)がデジタルマネーで給与支払いを受ける際の安全性、柔軟性が向上していくことを示す先駆例となった。ユーザーへのアピールだけでなく、労働政策審議会で行われている解禁議論にも好影響を及ぼす大きな一歩だ。
pringは送金、チャージ、銀行口座に残高を戻すのも手数料ゼロ。そして今度は24時間365日ATM出金手数料までゼロを実現。
出典:pring HPより編集部がキャプチャ
また、業務用プリンでは(解禁後の)給与支払い時も含めて送金に手数料がかかるが、法人が銀行振込で給与支払いする場合に比べれば、「5分の1から10分の1の手数料で提供できる」(pring広報)という大きなメリットを得られる。2019年4月末までに申し込むと同年末までの手数料がゼロになるキャンペーンも始まった。
現在、従業員給与1人あたりの銀行振込手数料はおよそ200〜300円と言われ、法人はそれを年12回+賞与、従業員の人数分負担している。業務用プリンによる給与支払いの導入で、それを5分の1、10分の1に引き下げることができれば、法人の負担は大きく緩和されることになるだろう。
pringは今回のセブン・ペイメント・サービスとの連携を通じ、送金・決済市場のなかで存在感を一気に増す端緒をつかんだと言える。
金融機関の枠組みを超えた連携へ
セブン銀行ATMのディスプレイには期間限定の告知が登場。イメージキャラクターに採用されたのは、pring広報の曽根田優菜さん。名実ともに全国デビューだ。
撮影:川村力
pringは、オンライン決済を手がけるメタップスを中心に、みずほ銀行やベンチャーキャピタルのWiLが出資して2017年に設立。2018年には、日本瓦斯や伊藤忠商事、ユニー・ファミリーマート・ホールディングス(グループ会社のUFI FUTECH)などが12.8億円を出資し、送金・決済分野に関心をもつさまざまな企業の利害が見え隠れしている。
したがって、ATM受取サービスを通じてpringと連携したセブン銀行、セブン・ペイメント・サービスは、金融事業ではみずほ銀行、コンビニ事業ではファミリーマートといった競合企業が出資するフィンテック・ベンチャーと協力関係を結ぶことになる。しかも、長らくセブン銀行の収益源となってきた手数料をむしろ減らす取り組みのために、だ。
その点について、セブン・ペイメント・サービスの和田哲士社長は3月12日、Business Insider Japanの取材に対し、次のように答えた。
「セブン銀行は設立当初から『みんなのATM』を標榜してきた。あまねく金融サービスを使えるのが理想であり、金融機関という枠組みを超えて、発展させていく考えが私たちにはある。時代もそれを求めている」
決済分野では「キャッシュレス化の促進」を旗印に、数多くのプレーヤーが覇権争いを繰り広げているが、一方の送金分野では、従来の常識を打ち破るような連携が始まっている。ユーザーの日常生活を支える本当の意味でのキャッシュレス化は、案外、送金分野における革新から実現に向かっていくのかもしれない。
(文・川村力)