HRテックでマザーズ上場する、クラウド人材管理のカオナビの社内の壁は、社員の顔プリントがずらり。
顔写真にひもづく人事データをクラウド上で一元管理するシステムで知られるカオナビは3月15日、東証マザーズに上場する。同社の柳橋仁機社長に、HRテック(テクノロジーによる人事領域の業務改善)は日本のカイシャをどう変えるのか、聞いた。
なぜHRテックに注目が集まるか。
「人口減少のために日本企業が人手不足に陥ることは、統計上明らかでした。けれど、カオナビ事業を始めた2012年頃には、世の中にその実感値がなかった。いくら統計でわかっていても、実感値が変わるにはタイムラグがあります」
柳橋氏は、カオナビスタート時の様子をそう振り返る。
「人口減少による人手不足は統計上、明らかだったが、世間の実感値にはタイムラグがあった」。カオナビ創業者の柳橋仁機社長。
「ただ、実感された時に高まるであろう人材管理ツールへのニーズに応える準備はできていました」
柳橋氏は大手外資コンサルのエンジニア、大手IT企業の人事担当を経て2008年に独立。4年後のカオナビサービスの立ち上げ当時は、HRテックという言葉は日本では聞かれもしなかった。
やがてHRテックの「波」が来ることはわかっていても、「5年先なのか、10年先なのか。そこは賭けでした」(柳橋氏)。
そして2019年3月現在、HRテックは大きな注目を浴びている。
少子高齢化による人口減少はここ数年、高度成長期並みの人手不足として、社会で実感されるようになった。柳橋氏の言うように統計上ではすでに予測されていたことではあるが、いまになってようやく危機感が深刻化している。
その結果、業務効率を改善し、限られた人員で生産性を上げ、チームや会社として能力の最大化を図る必然性が生じた。HRテックはそのための有力手段として、ニーズが急激に高まっている。
ミック経済研究所の調べでは、2018年度の日本国内のHRテック市場規模は前年比1.4倍の約250億円。2019年度も前年比1.4倍超の355億円と右肩上がりが見込まれ、2023年度には1000億円超の市場となると予測されている。
勘や経験という、あいまい人事からの脱皮
顔写真にひもづく、人事情報をクラウド管理する。シンプルなことだが、そこにたどり着くまで長らく、日本の人事情報は人事部のブラックボックスだった。
そんな中、「カオナビ」サービスの利用企業は、創業以来右肩上がりの1200社で、人事・人材管理市場の売上金額ではトップシェア。サイバーエージェント、パナソニック、マネーフォワードなど名だたる企業が導入先に名を連ねている。
社名でもありサービス名でもあるカオナビは、社員の顔写真に、名前や所属といった基本情報からスキルや実績、評価、ストレスチェックまであらゆる人事データをひもづけて、クラウド上で管理するというもの。
「顔写真はあくまで理解してもらうためのフックで、我々の目的は人材データベースをクラウド上に一元化すること」(柳橋氏)という。
クラウド上で社内に情報開示(※閲覧権限は、立場によって制限可能)することで、人事部に限らず、現場から経営者まで、人材の最大活用につなげる。
具体的には、
- 顔と人材情報が一致しやすくコミュニケーション活性化
- その結果、離職防止やチーム力アップ
- 社員の特技や実績などのスキル可視化
といった効果を実感する声が上がっているという。
人事評価やそれに基づく人材配置は、日本企業では上司の勘や経験というあいまいなものに左右されてきた面は否めない。その結果、「残業して“がんばっている”」「よく飲みにつきあっている」といった、本質的とは言い難い“人事”がまかり通ることも。
それをデータで管理・判断し、クラウド上で可視化することで、人事全般が透明化されるという。
ただ、日本においてHRテックの導入は、著しく遅れている。
「日本はまだそんなことをやっているのか」
人材というリソースをどう使うか。日本の人事部は、危機感をもつべきかもしれない。
「エクセルや紙の書類の人事情報をクラウド化することが価値になるだって?日本はそんなことも、まだやっていないのか」
カオナビのマザーズ上場を前に、アメリカの投資家から面会の問い合わせが相次いだ。柳橋氏によるサービス説明に、アメリカ人の投資家たちは笑い出したという。
世界のHRテック市場の6割を占めるアメリカでは、人事情報がデータベース管理されているのは当たり前。人事部が社員の情報を紙やフォルダで管理して、現場から頼まれたらようやく照会して、重々しく渡す……といった日本の光景は、あまりに異様に受け止められた。
日本ではなぜ、人材の最大活用につながるHRテック導入が遅れたのか。柳橋氏は、日本の産業構造が背景にあるとみる。
「日本は長らく製造業の国。それぞれの個の能力を引き出すよりも、社員の稼働率を引き上げることが重視されてきました。そこで成功体験を得たために、製造業的な社員の管理が一般的になった面はあると思います」
ところが近年、バイオテクノロジーやフィンテック、ITといった変化のスピードの速い産業が台頭。アジアを含め世界的に、個のアイデアを重視するタレントマネジメントが主流になってきた。
「日本の人材管理も、転換期を迎えています。人口減少もあって大きく変わりつつある日本の組織づくりに対し、自分のつくったクラウド人材管理ツールで一助を担いたい」
広大なホワイトスペースがある
人手不足の危機感の高まりとともにHRテックの波がやってきたことは、追い風になる一方で、競合が増えることに他ならない。この点についても、柳橋氏は冷静だ。
「いくらカオナビがトップシェアといっても、まだ利用は1200社です。人材管理のデータベースが必要になるおおよその規模とされている100人以上の会社は国内に約5万4000社。広大なホワイトスペースがある」
競合が増えても、「やるべきことは同じ。導入先を増やす早い者勝ち競争で、そこに迷いはありません」(柳橋氏)。
少子高齢化による人口減少で、人材が枯渇する国だからこそ「人材データという宝のもちぐされをなくしたい。データ活用による効率化と個の能力の最大化が、組織を変える」(柳橋氏)と、信じている。
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)