国の財政難が深刻化するなか、若い世代を中心に公的年金制度に対する不信感が強まっている。
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「年金なんて、自分の老後にはもらえないんじゃないか」
国の財政難が深刻化するなか、若い人たちの間ではそう心配する声が強まる一方です。
本当のところ、このままで大丈夫なんでしょうか?「若い世代こそ、年金を受け取れる年齢の引き上げを訴えるべきだ」と主張する30歳のエコノミストに聞きました。
受け取れる年金の水準が下がっていく仕掛けがある
第一生命経済研究所の星野卓也副主任エコノミスト。
撮影:庄司将晃
「『このままでは将来、年金がまったくもらえなくなる』というのは明らかに言いすぎです。公的年金には税金も投入され、利益を出すことを考えずに運営されているので、いちばん『割がいい』のは当然です。
ただ、今の年金制度には、受け取れる年金額の水準がだんだん下がっていく仕掛けが組み込まれています。極端な話、1人あたりの年金額を年1円にまで引き下げてでも、年金制度を『破綻させない』ことはできます。問題は、本当にそれで将来世代への責任を果たしたことになるのか、ということです」
第一生命経済研究所の星野卓也副主任エコノミストはそう指摘する。
フリーランサーや勤務時間が短いパート・アルバイトなどが入る「国民年金」や、勤め人が入る「厚生年金」といった日本の公的年金は、国民が納める保険料に加え、一部は税金から支払われる。原則として65歳から受け取れる。
自分が納めた保険料を積み立てておいて老後に受け取る方式(積立方式)ではなく、現役世代が支払う保険料を今の年金受給者が受け取る「世代間の仕送り方式」(賦課方式)をとっている。少子高齢化によって保険料を支払う現役世代が減り、年金を受給するシニア世代が増えて収支が厳しくなったため、制度の破綻を避けようと見直しが重ねられてきた。
2004年の年金改革では、
- 厚生年金保険料率を2017年まで段階的に引き上げ、そこで打ち止めにする
- 年金支給額の水準を抑える「マクロ経済スライド」という仕組みを導入する
といったことが決まった。2が星野氏の言う「年金額の水準がだんだん下がっていく仕掛け」だ。
マクロ経済スライド:現役世代の減少や平均余命の伸びを踏まえて一定の「調整率」を定め、年金支給額の伸びを物価や賃金の伸び以下に抑える仕組み。物価や賃金が落ち込む「デフレ」の下では発動されず、発動されるのは2019年度で2度目だ。
保険料の引き上げはもう限界
公的年金の保険料率のいっそうの引き上げによって現役世代の負担が重くなれば、日本経済へのマイナスの影響はさらに大きくなる。
撮影:今村拓馬
「現役世代とシニア世代の人口バランスが崩れ、今後もその傾向は続きます。引き続き年金制度の収支を改善していく努力は必要です。それには保険料などの収入を増やすか、年金支給額という支出を減らすしかありません。まず、これ以上の保険料引き上げは避けるべきだと思います」(星野氏)
企業の業績が好調だった割に、多くの人にとって「景気回復」の実感が薄いのは、個人消費が盛り上がらないからだ。
保険料率の引き上げによって現役世代の負担が重くなれば、さらに消費が冷える。厚生年金の保険料は賃金の額に応じて働き手と勤め先の企業が半分ずつ支払う仕組みなので、負担増を嫌う企業が賃上げや、新たに人を雇い入れることに消極的になるおそれもあり、やはり景気にマイナスだ。
そもそも2004年の改革で厚生年金の保険料率引き上げに上限を設けたのは、そうした経済へのマイナス効果が大きくなることを避けるためだった。
星野氏がこれ以上の保険料引き上げに反対するのも、同じような観点からだという。
では、もう一つの選択肢である「支給総額の引き下げ」はどうか。
「マクロ経済スライドを今後は積極的に発動させるべきだ、という意見が専門家の間でも目立っています。しかし、これにも問題があります」(星野氏)
公的年金の支給額は2019年度の場合、保険料を完納していれば一律の金額が受け取れる国民年金は1人あたり月6万5008円。現役時代の収入が多い、つまり納めた保険料が多いほど支給額も多くなる厚生年金は、基準となる「夫が平均的収入(2019年度の支給額のベースになるのは賞与含む月額換算で42.8万円)で40年間働き、妻がその間ずっと専業主婦だった世帯」(標準世帯)の場合で月22万1504円だ。
公的年金の支給額には「標準世帯の現役時代の手取り収入の5割を下回らないようにする」という、主に厚生年金を対象とする基準がある。これを下回る見通しとなったら、政府は対策を講じなければならないと法律で定められている。
「結婚しない人が増えるなど世帯の形は多様化しています。以前に比べて非正規労働者の比率が高まり、厚生年金に入れず国民年金からの受給だけになる人も少なくありません。(『標準世帯』を対象とする)今の基準にどれだけ意味があるかは疑問です。『これを満たせば安心な制度だ』と安易に言えるような基準ではありません。
国際的に見ても、日本の公的年金の所得代替率(現役時代の所得の何割にあたる年金が1人当たりに支給されるかを示す数字)は、すでに経済協力開発機構(OECD)の中では下位グループに入っています。
将来、年金を十分に受け取れない人が増えれば、代わりに生活保護を受給する人が増えるなどして国の財政は悪化するでしょう。年金制度の収支だけを考えても意味がないのです」(星野氏)
支給開始年齢を自動的に引き上げる仕組みが必要
【図表1】
第一生命経済研究所が作成
では、どうすれば良いのだろうか。
星野氏が提言するのが、公的年金の支給開始年齢を、平均寿命の伸びや現役世代の減少などに合わせて自動的に調整する仕組みの導入だ。
つまり1人当たりの支給額を減らすのではなく、支給開始年齢を必要に応じて引き上げることで支給総額を減らすわけだ【図表1】。こうした仕組みはデンマークなどで導入されているという。
「マクロ経済スライドなどによって1人当たりの支給額が低くなりすぎれば、公的年金制度が持続可能になったとしても、『老後の生活保障』の役割は果たせなくなります。それでは公的年金の意味がありません」(星野氏)
支給開始年齢を引き上げるなら、希望する人はその年齢まで働けるような世の中になっていることが大前提だ。60歳から、今の65歳に変える際にも強い反発が起き、長い時間をかけて段階的に引き上げられた経緯がある。
結果を見れば、支給開始年齢の65歳への引き上げは、65歳までの雇用確保を企業に義務付ける法改正につながった。年功制や新卒一括採用を柱とする「日本型雇用」が壁となってシニア人材の活用が進まないケースも目立つが、人手不足の深刻化も追い風となり、本腰を入れて取り組む企業も増えている。
ただ、シニア世代は健康面などで個人差が大きいため、「支給開始年齢を引き上げる際に、受給額を減らす代わりに60歳や65歳から繰り上げ受給できるオプションを用意するのも一案です」(星野氏)
「65歳から支給」を維持すれば若い世代が犠牲に
「65歳から支給」を維持し続ければ、若い世代やまだ生まれていない世代が年金を受け取るころには支給額は大きく減ってしまうだろう。
撮影:今村拓馬
日本人の平均寿命は男性が81歳、女性は87歳。今後も伸びていく見通しだ。「人生100年時代」を迎え、「いつからが老後か」という概念自体が変わってきているのに今の支給開始年齢を維持し続ければ、若い世代やまだ生まれていない世代が年金を受け取るころには支給額は大きく減ってしまうだろう。
【図表2】
厚生労働省「高齢期における社会保障に関する意識等調査報告書(平成24年)」より第一生命経済研究所が作成。
「厚生労働省の意識調査によると、老後の生計を支える手段として『就労収入』を最も頼りにしていると答えた割合は、若い世代ほど高い【図表2】。多くの若者が『より長く働く』ことを覚悟している、と解釈できると思います。ある種のあきらめもあるのかもしれませんが。
私は30歳ですが、自身も含めた若い世代が高齢者になった時をイメージした際に一番困ると思うのは、シニアがいきいきと、やりがいを持って働く土壌が社会や企業にあまりできていないことです。
例えば『70歳まで働く社会』に一気に変わることは難しいにしても、時間をかけて、少しずつ『長く働く社会』へ変わっていくことが重要だと思います」(星野氏)
2019年夏ごろには、公的年金制度が持続可能かどうか、政府がさまざまな前提を置いた試算に基づき検討する「財政検証」が公表され、年金改革の議論が加速する。そのころには参院選も予定されている。
目の前に並んでいるのは不都合な事実ばかりだが、少しでもマシな未来にするにはどうしたらいいのか。情報を集め、自分の頭で考えてみるには絶好のタイミングだ。
(文・庄司将晃)