JALがCVCを設立。その狙いは。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
日本航空(JAL)が1月、国内外のスタートアップ企業に投資するコーポレート・ベンチャーキャピタルファンド(CVC)「Japan Airlines Innovation Fund」を設立した。国内大手企業によるCVCブームが数年前から続いているが、事業創造戦略部事業戦略グループの森田健士グループ長は、「当社にとってはちょっと背伸びしたプロジェクトで、大きな決断」と話した。
「新しいものを探す取り組み」数年間は低空飛行
森田健士氏は事業創造戦略部の発足時から同部に所属。スタートアップの発掘などに携わってきた。
森田氏によると、CVC設立は2013年、当時社長だった植木義晴会長が「中長期的な視野で物事を変えていこう」と発足させた事業創造戦略部が課題にぶつかる中で生み出した、一つの成果だという。
事業創造戦略部は、「新しいものを探す」取り組みの中でそれまでは縁遠かったスタートアップとの交流が始まり、協業の具体的な提案も受けた。JALの各部署に案件をつなぎ、意見交換やサービスのトライアルが始まったが、そこからなかなか先に進まず、正式な商品・サービスには育たなかった。
森田氏は「うまく行かなかった理由は大きく2つあります。一つ目は、各事業部がそもそも何を求めているのかが明確でなく、きちんとマッチングできていませんでした。もう一つは、JALの文化の問題ですね」と振り返る。
もともと航空業界は、「イノベーション」とは対極にある、ルール通りにやっていくことが求められる規制産業だ。特にJALは520人もの死者を出した1985年の日航機墜落事故と、2010年の経営破綻という2つの重い“十字架”を背負っている。
会社の存亡に関わる失敗を経験した同社で、「失敗を恐れずチャレンジする」というマインドが育ちにくいのは当然のことであり、スタートアップとの協業のハードルにもなった。
大義見えない出資、議論に1年
出資する宇宙開発スタートアップispaceとの資本提携後、両社のビジネスは具体化が進んでいるという。
JAL提供
森田氏は「攻めより守り、安全最優先という血は変えられないし、変える必要もない」と前置きしつつ、「けれど、新しいことへのハードルが高すぎるのも問題」と語った。2017年から社内で事業コンテストを開催し、優勝者は事業創造戦略部に異動して自ら実現を目指せるようにもした。
そして同年末には、月に経済圏構築を目指す宇宙開発スタートアップispace(東京)と、超音速機開発スタートアップのBOOM(アメリカ)との資本提携にもこぎつけた。
だが、ispaceへの出資を検討し始めてから承認されるまでに、約1年の時間が費やされた。
「ispaceには3億円を出資しましたが、月旅行や月の経済圏構築を目指す事業のリスクを定量的に測ることも、オペレーションを想像することもかなり難しい。やらないと何か具体的な不利益があるわけでもありません。誰もが納得する出資の大義がなく、議論に非常に時間がかかりました。最後はトップの『やってみよう』との決断で決まったのですが、やるかやらないかの判断スピードも上げないといけないと痛感しました」(森田氏)
キャッシュベースでは「リスクを取れる」
航空業界は安全第一、ルールを守ることが最優先で、内向きになりやすいという。
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外部の目利き役と組んで、判断のスピードを上げる必要がある ——。
その教訓から具体化したのが、今回設立されたCVCだ。
出資総額7000万ドル(約80億円)で運用期間は10年間。案件発掘や投資実行、投資後の支援などは、シリコンバレーで実績があるベンチャーキャピタルのトランスリンクキャピタルが担当する。
JALが広げようとする事業領域、つまり投資分野は大きく3つに分けられる(「」は森田氏の解説)。
①シームレスな移動・輸送を実現する、総合エアモビリティサービスの提供
「移動というのは、基本的には家を出てから目的地に到着するまでの行程で、航空会社はその中の空港から空港への移動サービスを提供しています。しかし、自動運転やエアタクシーなどイノベーションが起きる中で、JALが今のポジションにとどまっていれば、ただ飛行機という乗り物を提供する企業になってしまうかもしれない。今後は移動に伴う不便を減らすソリューションに力を入れたいです」
②物理的な人の移動を代替する、新たな手段・体験の提供
「以前だったら移動しないとできなかったことが、テクノロジーの進化によって、その場でできるようになっています。例えばオンラインショッピングやリモート会議です。今の航空会社は移動をサポートする役割を担っていますが、人の移動が減る社会を想定し、事業を広げていく必要があります」
③旅行など利用者のさまざまな生活シーンに溶け込んだ付加価値の提供
「とはいえ、あえて移動する人も絶対にいるわけで、その理由は目的地が魅力や価値を持っているからです。航空会社として、移動することの価値も高めていかなければなりません」
同じ「乗り物」でも自動運転やEVなど、IT企業が既存の業界構図を崩しにかかっている自動車に比べれば、航空分野は平穏と言える。とはいえ、ドローンやエアタクシーなど、空を使った移動に足を踏み入れる企業は後を絶たない。
森田氏は、「JALがドローンやエアタクシーに参入することは今は想像できないですが、しっかり動向に注目し、具体的なルール整備が進む中で、枠組みの使い方を考える必要があります。また、安全面でのリスクは取れなくても、有望なスタートアップに投資するなどキャッシュベースではリスクを取っていきたい」と話し、ファンドで種まきを続けながら、将来的なM&Aの展開も示唆した。
(文・写真、浦上早苗)