窓、鏡、テーブルなど、家の中のさまざまなものが情報を映し出すディスプレイに。
2040年、テクノロジーで世界はこう変わる ── ディスプレイの進化とともに考える未来の暮らし
ガラスは古くからさまざまな用途で使われてきた。そのひとつが、窓。かつて室内と室外を分けるためのツールだったガラスは、テクノロジーの進化とともに、情報を映し出すディスプレイとして不可欠な存在となり、現実と“情報世界”をつなぐ役割を支えてきた。
2040年の世界で、私たちはどのようにガラスを利用し、どのような暮らしをしているのだろうか。ガラスがもたらす未来について、東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野 教授の稲見昌彦氏と、AGC 技術本部 商品開発研究所 主任研究員の安間伸一氏に聞いた。
ガラスは限りなくリアルに近い「どこでもドア」
ガラスは紀元前数千年、古代エジプト時代から宝飾品に使用されていたとされている。5世紀ごろには窓用の板ガラスが作られ始め、ほどなく教会のステンドグラスに使われるようになったという。
神の教えを表現したステンドグラスは「いわばこの世と天国をつなぐ役割を果たしていました。現在、ガラスが現実と“情報世界”をつなぐ窓、ディスプレイとして使われることは、初めから定められていたのかもしれません」と稲見氏。
もともとは限られた人だけが使う高級品だったガラスが、いまや汎用品となり、私たちの生活の中に溶け込んでいる。この先の2040年を想像したとき、自宅の窓はそのまま情報世界へと導くディスプレイになる。必要なときにはニュースを表示、ふだんは通常の窓として外の景色が見える。切り替えはごく簡単に、自由自在にできる。
「今よりもさらに高精細で立体的、肉眼で見たときに近い感覚で映像を表示できるので、たとえばハワイの景色をリアルにあたかもそこにいるかのように映し出すことも可能になります。そうなると窓は物理的に内と外を区切るものではなく、限りなくリアルに近い『どこでもドア』のようなものになるかもしれません。また、壁をディスプレイ化することで今いるところと別の場所を立体的につなげることが可能になります」(稲見氏)
ディスプレイは窓だけではない。鏡やテーブル、家電、あらゆるものがディスプレイになり、その日のスケジュールを表示させるなどスマホやパソコンのデータと連動できる。さらに、ガラステーブルにIH調理器を埋め込み、ディスプレイを兼用するダイニングデーブルが置かれるなど空間の活用方法が変わる。
窓を通した世界がもっとリアルになる
オフィスの自席でないと働けない、リアルに会わないと商談ができない、という制限がなくなり自由な未来が。
仕事の場においては、すでにパソコンやスマホなど“窓を通しての”コミュニケーションが当たり前となっているが、2040年にはさらにその傾向が加速し、窓を通した世界がもっとリアルに感じられるようになるだろう。
離れた場所にいる人たちとミーティングすることもさらに違和感がなくなるはずだ。映像が精細になるだけでなく、デバイスの使い勝手が進化し、障壁が低くなるためである。
「窓というと、部屋の窓にしてもディスプレイにしても少し距離をとって眺めるイメージがありますが、最も近くにある窓は眼鏡です。眼鏡は掛けることで世界の見え方が変わる、元祖ARグラスと言えます。現状ではパソコン、スマホ、ARグラスと別々のものになっていますが、2040年にはガラスの屈折率の補正やディスプレイからの光線方向の制御がリアルタイムでできるようになり、一つのデバイスですべてを兼ねるようになるでしょう。
例えば、手で持ったときはスマホの画面、そのままそれを目に当てればARグラスになり大画面が広がる。ふだん眼鏡をかけている人は、眼鏡がなくてもはっきり見えるように、ARグラスのほうが個人に合わせてピントを自動で合わせてくれます」(稲見氏)
時代とともに変わっていくガラス
100年前に初めて国産ガラスが作られてから、ブラウン管、液晶テレビ、スマホへとその用途は変化してきた。
このような未来を形作るガラス。日本で初めての板ガラスの工業生産が行われたのは、明治42(1909)年に遡る。三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の甥である岩崎俊弥がイギリス留学から帰国後、1907年に旭硝子(現・AGC)を設立し、板ガラスの生産に着手した。その後ガラスの用途は、鏡や建築、自動車、そしてブラウン管テレビなど、汎用品から最新ガジェットまでさまざまな領域へと広がっていった。
その過程でガラスは求められる機能に応じて組成・薄さ・形状を変えて進化をしてきた。現在私たちが、日々利用しているパソコンや大型テレビ、スマホにもそれらテクノロジーに適応したさまざまなガラスが使われている。ここに使われているガラスは窓や食器等、普段目にするガラスとは全く異なり、高い機能性が求められる。
例えばスマホ一つとっても、液晶ディスプレイとして機能を支える厚さが1mmにも満たないガラス、スマホを保護するための薄くても割れにくいガラス、写真の色味を鮮やかに補正するガラスなど、複数のガラスが採用されている。
時代の流れとニーズ、用途に合わせてさまざまなガラスを開発してきたAGC。その技術はさらに進化をし続けている。
ガラスは私たちの暮らしに不可欠な材料
AGCでは創業以来、ニーズを先取りして技術開発を進めてきた。
AGC 技術本部 商品開発研究所でARグラス向けの高屈折率ガラス基板の開発をしているという安間伸一氏は、2010年に入社。以来ガラス一筋で新製品の研究開発に携わってきた。2040年ごろの社会において広く普及が想定されるARグラス向けガラス基板の特徴を次のように説明する。
「ガラス特有の平坦かつ滑らかな表面に、高い屈折率と透過率の特性を付加した、これまでにないガラスです」
これらの特性を両立することが技術的に難しいのだという。
「2019年2月に販売を開始したARグラス向けの高屈折率ガラス基板は、通常のガラスよりも視野角を大きく広げることができます。こうすることで、より広い視野で映像を映し出し臨場感のあるAR体験を可能にします。ただし、高屈折率ガラス基板はガラスとしての安定性が低く、非常に製造が難しい。うまく成形しないと異物が発生して透過率が下がってしまいます」
また、高透過率、高平坦・平滑性は映像を鮮明に見せるために求められ、その実現のためにはAGCが保有する高度なガラス成形・加工技術が必要だという。
「私たちの仕事は、ARグラスなどを製品化するメーカーさんがいてこそ。新しい製品にはどんな特性の材料が求められているのかをいち早くキャッチし、その材料を生み出す方法を常に考えています。技術は日進月歩。ニーズが明らかになってから初めて材料の研究開発に着手していたのでは間に合いません。
その点、AGCはどの原料をどう配合してどう製造すればどんな特性のガラスができるか、膨大な経験とデータを蓄積しているので、お客様が求める材料をタイムリーに提案することができます。50年前に開発された技術が今になって花開くこともある。技術者がさまざまな製品の開発に触れ、どれだけ多くの技術の引き出しを持っているかがカギとなっています」
そう語る安間氏は、もともと学生時代に無機材料の研究をしており、就職先としてもその経験を活かせるメーカーを探していた。ただし、AGCを選んだのはそれだけの理由ではなかった。
「ガラスは窓に限らずディスプレイなど、私たちの暮らしに不可欠な材料。社会の役に立って、子どもに誇れる仕事をしたいと思ったんです」
前出の稲見氏は「ガラスは進化すればするほどその存在を意識させないものになる」と語った。意識せずとも私たちの暮らしに欠かすことができないガラス。今、あなたの指先が触れているそのガラスは、研究者たちの熱い思いと高度な技術の結晶なのである。