中止やキャンセルの知らせが並ぶ電気グルーヴのホームページ。
出典:電気グルーヴHP
3月12日、ピエール瀧容疑者(51)がコカインを使用したとして麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。ドラマ、映画、ツアー、ラジオ、CD、デジタル配信など多くの作品の公開が中止になったことで、出演者の容疑を作品はどこまで背負うのか? 議論が広がっている。
サブスクでは聞けない
デジタル楽曲の配信サービスも停止に(写真はイメージです)。
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レコード会社のソニー・ミュージックレーベルズは、電気グルーヴのCDや映像商品の出荷停止、店頭在庫の回収、音源・映像のデジタル配信停止を発表。 これに対して、デジタル配信サービスが発達した現代ならではの意見も見られた。現在、Apple MusicやSpotifyなどで電気グルーヴの楽曲の多くが削除されており、購入したものはこれまで通り聴くことができるが、定額配信(サブスクリプション)でダウンロードしただけのものは聴くことができない。
「ダウンロード済みだった曲も聴けなくなった…ライブラリから音楽を盗まれた感じ」
「『購入』と『サブスク』の違いを突きつけられる出来事だな」
瀧容疑者はソニー・ミュージックアーティスツの所属だ。親会社のソニー・ミュージックエンタテインメントの広報担当者は今回の決定について、「インターネットで惜しむような声があることは把握している」とし、配信停止については「サービス各社にご苦労をかける」としたが、「ソニー・ミュージックレーベルズとソニー・ミュージックアーティスツの2社で協議し、企業としてのコンプライアンスを重視した」と説明した。
映画公開は「製作委員会も一致」?
音楽家の坂本龍一さん。2018年ベルリン国際映画祭にて。
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著名人の発信も多い。
音楽家の坂本龍一さんは「なんのための自粛ですか?音楽に罪はない」とソニー・ミュージックの対応を疑問視。
4月5日に公開予定の『麻雀放浪記2020』。瀧容疑者は戦争によって東京五輪が中止になった2020年の五輪組織委員会の元会長を演じており、「重要な役どころ」で「編集でカットはできず、公開まで1カ月を切った段階で再撮影も不可能なため、配給の東映など製作委員会で対応を協議」しているが、基本的に「予定通り4月5日に公開すべく最終調整」中であると報じられた(スポニチアネックス3月15日)。
これを受けて竹書房の竹村響さんは「製作委員会が全会一致でやろうと。竹書房も本作の委員会に入っていて良かったです。いい結論がだせたんじゃないかなあ」とツイート。
しかし、「いろいろ自分が聞き違っていたこと判明。重ね重ね失礼しました。いまだ協議中だそうです」とし、前出のツイートを削除。「そうかー俺の願望だったかー。でも願望、現実になるといいなあ」と投稿した。
『あまちゃん』総集編の意義
『あまちゃん」総集編について伝えるNHKツイッターアカウント。
「NHKドラマ」ツイッターより
NHKの連続テレビ小説ドラマ『あまちゃん』の音楽を手がけた大友良英さんも声を上げた。
「やはりどう考えても『あまちゃん』後編の放送自粛は良くない。再放送が三陸鉄道リアス線開通祝いのためにあること。犯した罪を裁くのは司法であるべきで番組の自粛では何も解決しないこと。そもそも一個人の問題であり番組が連帯責任を負うべきものではないことなどが理由。どうにかならないものか」
NHKは2013年に放送した連続テレビ小説ドラマ「あまちゃん」は、3月23日の「三陸鉄道リアス線」の開業に合わせて、BSプレミアムで3月17日に前編、24日に後編を放送する予定だった。しかしNHKは、総集編のうち瀧容疑者が出演する後編を見送ると発表している。
NHK広報局はBusiness Insider Japanの取材に対し、「三陸鉄道リアス線全線開通を記念した編成という趣旨を鑑みて、『東北編』である前編のみ放送することにしました」「なお、前編には逮捕された出演者の出演はありません」と決定の背景を説明した。
また、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の瀧容疑者の今後の出演については「再放送を含め、3月放送分については逮捕された出演者のシーンはありません」「4月以降の放送分については、対応を検討しています」とした。
多くのメディアが報じている損害賠償請求の可能性については「お答えできる段階にありません」という回答だった。
ちなみに、強制わいせつの疑いで書類送検され不起訴処分(起訴猶予)になったTOKIOの元メンバー、山口達也さんが出演していた「Rの法則」(Eテレ)は今もオンデマンドで配信されていない。番組も打ち切りになっているが、「所属事務所に対して損害額を請求し、この件は決着しています」とのことだった。
大切なのは「本人の更生」と「被害者の回復」
なぜその作品が必要なのか(写真はイメージです)。
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作品と出演者の“罪”をどう判断するか。そもそも今回のような各社の判断は「推定無罪の原則」に反しているのではないかなど、論点は尽きない。
意図的ではなく目に入る可能性のあるテレビと、自身でお金を支払って視聴する映画やオンデマンドなどは「公共性」の点からも分けて論じるべきだろう。
さらに被害者がいるかどうか、視聴によってPTSDが引き起こされる可能性などによっても対応は異なるべきだろう。2月に強制性交罪で起訴され、500万円の保釈保証金を納付して現在は保釈されている俳優の新井浩文被告(40)についても、映画が公開中止になったことなどを疑問視する声がSNSで多く見られた。
中野さんによると、被害者がいるケースの場合も被害者が作品の公開を望むこともあるそうだ(写真はイメージです)。
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性暴力撲滅に向けた啓発活動を続けているNPO「しあわせなみだ」の中野宏美さんは、現在の世論や企業の対応について疑問を呈す。
「『作品が良いから』という理由で公開中止を否定する声が多いように見えますが、もしこれが売れていない役者さんや音楽家さんだったらどうだったんでしょうね。企業も自分の会社へのダメージになるからと過剰に反応しているように感じます。重視しないといけないのは、その対応が『本人の更生、被害者がいる場合は被害者の回復につながるか』のはずです」(中野さん)
学校で性犯罪が起きた場合の加害者の対応では、名門校は「本人の今後に影響があってはいけない」と卒業させるケースが多い一方、教育困難校は「懲罰」として退学させることも少なくないのだという。
今回も本人の知名度や人気で世論や企業の対応が大きく変わるのであれば、問題だ。
そして、犯罪を起こすと社会復帰が難しいのも現状だという。
消費者が責任を負う社会へ
企業にも消費者にもできることがある(写真はイメージです)。
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「商品を見るかどうか、買うかどうか判断するのはテレビ局やレコード会社ではなく視聴者・消費者です。更生するにあたって仕事があるかどうかは経済的にも精神的な支えとしてもとても大きい。売り上げを被害者団体や更生プログラムを提供している団体に寄付するなどの方法で、社会に還元することもできます」(中野さん)
一企業一消費者としてではなくどのような社会を目指すのか、広い視野が必要だと言う。
大物ミュージシャンによる未成年への性暴行疑惑に揺れるアメリカで、あるコメディアン俳優の発言に注目が集まっている。
社会的な責任を問うことと、更生を願うことは両立するはずだ(写真はイメージです)。
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「彼らが何をしたか認めてから、彼らの作品を好きというべきだよ。具体的には、『マーク・ウォールバーグはアジア人のおじさんを殴り倒したけど、彼が主演する人気映画のチケットがほしいです』みたいにね。もし彼らがそんなに自分にとって重要なら、少なくとも(問題を起こした人を支持していると)認めるべきだ」(ピート・ダビッドソン)
自身は「疑惑のモンスターたちの曲や映画を聞いたり見たりしたら、1ドルを性暴力の被害者を支援する団体に寄付」しているそうだ(フロントロウ3月11日)。
「作品とアーティストは無関係」ではなく、消費者が消費に対する責任を負い、その意味を問うことができる方が健全だろう。そのためにも現在の「自粛」ムードは考え直す必要があるのではないか。
瀧容疑者は関東信越厚生局麻薬取締部の調べに対し、「20代のころからコカインや大麻を使っていた」と供述しているという(朝日新聞デジタル3月16日)。
(文・竹下郁子)
※編集部より:取材の進展に伴い、内容を2019年3月18日19:15にアップデートしました。