「プレステのソニー」が挑むロボット・トイ「toio」の勝算 ──“ハード”が別物に進化していた

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こちらは「toio」のクラウドファンディング版(写真は2017年2月撮影)。外観は似ているが、3月20日発売の一般販売版は、実は中身が別物になっている。

撮影:伊藤有

プレイステーション4などソニーのゲーム事業を担当するソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)が、新しいロボット・トイ「toio(トイオ)」を、3月20日より発売する。本体価格は1万6980円(税抜)。

この製品は元々、ソニーの社内起業支援プロジェクト「Sony Startup Acceleration Program(SAP)」から生まれたもので、2018年1月に、クラウドファンディングの形で一度は世に出たものだ

西野秀明

ソニー・インタラクティブエンタテインメントで シニアバイスプレジデント(プラットフォームプランニング& マネジメント統括責任者)を務める西野秀明氏。右にあるのがtoio。

それが1年の時を経て、正式に一般販売されることになるのだが、扱いはプレイステーションビジネスを手がけるSIEが担当する。外観も機能も大きく変わっていないのだが、実はハードウェアはすべて一新され、まったく新しいものに生まれ変わっている。

一貫して「ゲーム」を手がけてきたSIEだが、toioはある種の知育玩具。同社としても新しい挑戦になる。

SIEがなぜtoioを手がけることになったのか? そして、どんなビジネスプランを描いているのか? toioとプレイステーションブランド、両方のビジネス展開を統括することになる、SIE・シニアバイスプレジデントの西野秀明氏に聞いた。

場所を認識して動くロボットで「プログラミング」を楽しむ

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toioキューブと、充電やソフトの実行を担当するコンソール、そしてコントローラーである「toioリング」で構成されている。

製品写真だけを見ても、toioがどういう「おもちゃ」なのか、すぐにわかる人はまずいないだろう。パッケージには「toioキューブ」と呼ばれる小さなブロック状のロボットと、ソフトウェアが入る「コンソール」、そして、吊り輪のようなコントローラーである「toioリング」が2つ付属する。ロボットで遊ぶのだろう、とは思うが、初見ではなにができるのかさっぱり分からない。

以下のコンセプトムービーを見ると、toioキューブが机や床の上を自由に動きまわることが楽しさの根源だ、ということが理解できるはずだ。

といっても、ラジコンのようにコントローラーで操作するわけではない(toioリングを使えばそういうこともできるのだが、toioにとっては要素の一部でしかない)。

以下の動画は、筆者が取材時に撮影したものだ。遊んでみたのは、「GoGo ロボットプログラミング 〜ロジーボのひみつ〜」(以下、ロジーボのひみつ)というプログラミング学習絵本。遊び方は簡単だ。プログラムを作り、toioキューブを目的通りに動かせたらクリアー、という仕掛け。文章で書くと、よくある「子供向けプログラミング」に見える。

だが、実物はなかなかすごい。プログラムはスマホやタブレットを使わず、「命令カード」という物理的なカードで行う。条件分岐やループのような、比較的複雑なプログラミングも行える。

toio 命令カード

命令カードをパズルのように組み合わせてプログラムする。写真は「条件分岐」。比較的高度なプログラミングも可能だ。

toioキューブにプログラムを教える時は、命令カードの上に置く。すると勝手に動きだし、プログラム全体を覚える。プログラムの最後ではちゃんと自動的に止まる。そして、toioキューブを絵本の上に乗せると、覚えるプログラム通りに動くのである。その時には、「近くに置かれている別のキューブ」を認識し、協調して反応したり、絵本のシチュエーションに合わせて声や音楽を発したりもする。

toio キューブ

toioキューブの上には、装飾用の頭などをくっつけられる。これを絵本の上などに置くと、驚くほど多彩に動き出す。

つまり、toioキューブは「自分がどこを動いているか」「近くに他のキューブがいるか」などの情報を判断し、自律的に動いているのだ。toioキューブは手の平に乗るような小さなロボットであり、大きなカメラや高度な通信モジュールが載っているわけではない。それでいて、自動運転車やロボット掃除機と同じことをやっている(ように見える)のだ。

もちろんその魔法には秘密はある。

「ロジーボのひみつ」で使っている命令カードや絵本は、ごく普通の印刷物にしかみえないが、実は表面には「toioキューブにしか見えないパターン」が印刷されている。toio用のシンプルな白いマットを拡大撮影すると、写真のような細かなパターンがあるのがわかる。これを認識し、toioは動いている。

toio パターン

toioキューブを動かすマットや絵本には、このようなごくごく小さなパターンが記録されている。これをセンサーが読み取り、「自分がどこにいるか」を認識して動く。

技術的な巧みさはもちろんだが、その結果として「予想以上の動き」になることがtoioの魅力である。

toioは、マットや絵本とソフトのセットで提供される。これらがゲーム機における「ソフト」にあたり、追加することで遊びが増えていく。そういう意味では、ゲーム機に似た「遊びのプラットフォーム」になっている。

toio パッケージ

toioは発売と同時に4種類のパッケージソフトが提供される。「GoGo ロボットプログラミング 〜ロジーボのひみつ〜」もその1つ。ソフトだけでなく、絵本や装飾用の頭、工作キットなどがセットになっている。

テレビの外へコンピュータ・エンタテインメントを

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2017年2月のtoio発表時の様子。左から、toioのプロジェクトリーダーの田中章愛(あきちか)氏、FirstFlightなどソニー新規事業創出プログラムのキーマンで統括部長の小田島伸至氏。

撮影:伊藤有

toioの技術は、ソニー傘下の研究所であるソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)に所属するアレクシー・アンドレ氏が開発したものだ。それを、ソニーの田中章愛氏が「子供向けの新しいエンタテインメント・ビジネス」にまとめるプランを発案し、社内スタートアッププロジェクトであるSAP(Sony Startup Acceleration Program)に持ち込み、ビジネス化にこぎつけた。現在も、プロジェクトの中心にいるのは、田中氏とアンドレ氏である。

それがSIEに持ち込まれたのは「2017年末、最初に製品化が発表される前のこと」と、SIE・西野氏は言う。

「最初は、『toio向けになにかコンテンツを作ってほしい』という提案でした。動いているのを見ると、とにかくおもしろい。ですが、単にコンテンツを作るだけでは、SIEが関わる範囲が狭い。なにかできないか、というところから話が始まりました」(西野氏)

SIEがtoioにより深く関わることを決めたのは、新しいチャレンジのためだ。SIEはいうまでもなく「プレイステーションの会社」だ。その価値は基本的に、テレビとネットワークの中にある。

「PS4とPlayStation Networkは、ユーザーも増え、成功と言って良いビジネス環境を作ることができました。この先の進化を考えた時、“テレビの外でなにかできるのでは”と考えて、一歩外へ踏み出すことにしたんです。

弊社の成り立ちを考えると、コンピューターとネットワークは『驚きを与えるための手段』です。では、新しい手段を使ってどんなことができるのか。プレイステーションの進化はもちろん本業、というかメインのビジネスですが、コンセプトを考えると、toioは同じ世界観の中に、つながった形で存在するのではないか、ということです」(西野氏)

toio スライド

出典:ソニー・インタラクティブエンタテインメント

もちろん、ニーズ面での勝算もあった。それが「プログラミング教育」だ。2020年から、小学校でもプログラミング教育が必修化される。このことがビジネスとして後押しになるという要素はあり、「ロジーボのひみつ」も、プログラミング教育の需要を考えて作られたものである。

実は、一年前にクラウドファンディングで発売された時には、「プログラミング教育向け」という要素はそこまで強調されていなかった。だが、「これをプログラミング教育に使えれば」という声が寄せられていたという。「元々toioの構想にはプログラミング教育の要素があった」(西野氏)ので、それをより前面に出すこととなり、新たに「ロジーボのひみつ」が開発されたという。

PS4と一緒に売らず、“キャラコラボ”もしないワケ

GoGo ロボットプログラミング 〜ロジーボのひみつ〜

「GoGo ロボットプログラミング 〜ロジーボのひみつ〜」に付属する絵本。これを読みながら、自分でプログラムを作って楽しむ。

SIEはゲームの会社だから、家電量販店や百貨店、おもちゃ店などとも関係が深い。

「だから、ゲームの流通を活かし、プレイステーションの横にtoioを並べて販売するのだろう」我々はそんな風に考えがちだ。しかし、西野氏は「それはやらない」と断言する。

また、SIEにはゲームで培ったキャラクターもある。自社キャラクターはどちらかというと年齢層が高めだが、ゲームメーカー・出版社などとの関係を活かし、若年層に人気のキャラクターを借りて、「お気に入りのキャラが動くソフト」を作ってもいいように思う。だがこれも「やらない」

販路は当面、量販店を含めた通販が軸になる。加えて力を入れるのが、百貨店での体験販売や、子供向けプログラミング・スクールなどとの連携による「体験型の販売」だ。

「知育玩具には『長続きしない』という課題があります。キャラクターに頼ると売れる領域が限られ、可能性を狭めます。それだけで終わってはもったいない」(西野氏)

逆にいえば、短期で売り上げに大きく貢献することも期待してはいない。長くじっくり広げるビジネスとして取り組むつもりなのだ。

そこでは、子どもだけでなく大人もターゲットにする。SIEは、toioを「ソフトを買って楽しむもの」とだけ定義しているわけではない。PCと連携して使う開発ツールなどを使い、自由に楽しむプラットフォームとしても広げていく。すでに、研究機関やアート関係者などから、開発素材として使いたい、という声も寄せられており、そこにも対応していく。

「子供たちにはもちろん、大人にも自由につかってもらいたいです。ユーザー制作のコンテンツが広がる可能性も十分にあります。『こうあるべき』と構えず、使っていただきながら考えていきたいです」(西野氏)

クラウドファンディング版購入者に「新しいtoioを配る」

toioの違い

左がSIE版、右がクラウドファンディング版のtoio。構造が変わっているのは、ゴミの巻き込みなどによる故障を防ぐ目的からだ。

冒頭に書いたように実は、クラウドファンディング版のtoioと、SIEが販売するtoioでは中身が大きく違う。堅牢性や安定性、故障対策など、主に「子供が使うもの」としての信頼性を高める対策がなされている。

デザインや機能は大きく違わないものの、ソフトの互換性もなくなっている。

そのためSIEは、クラウドファンディングモデルのtoioを購入した人すべてに、新しいtoioとソフトウェアのパックを提供することを決めた。過去に商品を売った金額と同等以上のものをプレゼントするわけで、かなり太っ腹な対応、とも言える。この施策についても「特に社内で揉めることなく決まった」と西野氏は話す。

「開発チームの方から、そういう申し出があったんです。『それはそうだね』ということで、我々も賛成して、提供を決めました。toioは新しいチャレンジです。チャレンジをサポートしてファンをないがしろにするなんて、あり得ない。コミュニティーに断絶をつくることはしたくない」(西野氏)

SIEは長くプラットフォームビジネスを行ってきており、「ファンのコミュニティー」がビジネスの中核であることを学んできている。だからこそ、こうした「ファンを大切にするチャレンジの精神」を続けることが、toioのような新しいビジネスの成否を決める、ということも理解しているのだ。

(文、撮影・西田宗千佳)


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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