コンプライアンス以前に「大人の事情」で思考停止になってはいないか【ピエール瀧逮捕】

ちょっと古い話で恐縮だが、2018年12月末にオンエアされた「チコちゃんに叱られる!年末拡大スペシャル」の話を少し。

ピエール瀧

電気グルーヴのHPより編集部がキャプチャ

ニューヨーク生まれのモデル・河北麻友子さんが出演、「チコの部屋」に招かれた。河北さんはバイリンガルだが、16歳以降は日本で芸能活動中だからビジネス周りの英語は苦手。

ということを前提に、チコちゃんが河北さんに小さな試験をした。英単語の日本語訳だった。1問目は「compliance」。

「コンプライアンス」は広辞苑にも採用されていて、「要求や命令に従うこと。特に、企業が法令や社会規範・企業倫理を守ること。法令遵守」とある。だが河北さんは、こう訳した。

「大人の事情」

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モデルの河北麻友子さん。

GettyImages/Koki Nagahama

す、するどい。感動してメモってしまった。コンプライアンスをめぐる「判断停止」な感じを、端的に表している。

ちなみに2問目は「budget」で、河北さんは「お金がない」と訳している。要は、その英語を使う時の状況を日本語にしているのだと思われる。

そこで「大人の事情」を広辞苑風に表現し直せば、「とにかく叱られないように防御的に振る舞うこと。意見を交わすより前に、そのように決めることも指す」だろうか。

歌手で俳優のピエール瀧容疑者が、麻薬取締法違反容疑(使用)で逮捕された。彼のコンテンツが、いろいろ世の中から消えている。自粛だ。

なんで? と考えると、コンプライアンスに行き着く。「法令遵守」ではなく、「大人の事情」であるところの「コンプライアンス」。

息苦しいなあ、と思う。逮捕、即、自粛。

今回は異論も表明されている。だが、そんなものを検討する間もなく、即、決定。考えるより、すばやい防御。それがビジネス的な正しさ。そういう世の中。違和感ありまくりなのは、私だけではないはずだ。

「番組自粛では何も解決しない」

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2013年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」。その総集編が19年3月、BSプレミアムで2日に分けて放送予定だったが、ピエール瀧容疑者の逮捕の報道後、後編については中止が発表された。

NHK公式HPより

瀧容疑者の逮捕を厚生労働省の麻薬取締部が発表したのは、3月13日午前0時だった。

その日のうちにNHKは、「NHKオンデマンド」(有料動画配信サイト)での瀧容疑者関連コンテンツの配信を停止すると発表した。朝ドラ「とと姉ちゃん」「あまちゃん」、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」「龍馬伝」など6作品。

音楽も同様。瀧容疑者と石野卓球さんからなる電気グルーヴはソニー・ミュージックレーベルズと契約している。同社も13日にCDなどの出荷停止と在庫回収、音源のデジタル配信の中止を発表した。

さらにNHKは予定していた「あまちゃん総集編・後編」の再放送も取り止めた。三陸鉄道リアス線全線開通(3月23日)に合わせ、前編を17日に、後編を24日に再放送する予定だったが、瀧容疑者が出演しているから後編は中止。「NHKドラマ」の公式ツイッターが再放送の告知をして、「なお、後編の放送予定はありませんのでご了承ください」とくっつける形で明らかにした。これは14日。

で、ここからが異論の表明編。その日、音楽家の大友良英さんがこうツイートした。

「三陸鉄道リアス線開通にあわせて『あまちゃん』の総集編が再放送されるはずだった。そのこと本当に嬉しく思っていた。震災後のきつい時期にあまちゃんが東北にもたらしたものの大きさを考えると、個人の問題で消えていいのかと思ってしまう。これについてはなんとかできないものだろうか」

大友さんは、「あまちゃん」の音楽を担当した当事者だ。その後「やはりどう考えても、後編の放送自粛は良くない」とはっきり意見を表明するツイートをし、さらにNHKの問い合わせ窓口に「大友良英、本人です」というメールを送ったそうだ。

それを報じる記事によれば、大友さんはまず「三陸鉄道リアス線開通祝いだから意見を表明する」とした上で、「罪を裁くのは司法で、番組自粛では何も解決しない」「放送自粛はメディアによるリンチ(私刑)に加担する危惧がある」ことなどを訴えた。最後に「今回の件ではなにが重要なのか再考願えれば幸いです」と結んでいた。

「大義はそうだよね」

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音楽家の坂本龍一さん。2018年ベルリン国際映画祭にて。

GettyImages/Thomas Niedermueller

大友さんが最初にツイートした翌日、坂本龍一さんもTwitterで意見を表明した。

「なんのための自粛ですか?電グルの音楽が売られていて困る人がいますか?ドラッグを使用した人間の作った音楽は聴きたくないという人は、ただ聴かなければいいだけなんだから。音楽に罪はない」

以上が異論編。そして、再び、コンプライアンスの話。

坂本龍一さんのツイッターを「大義はそうだよね」と評していたのは、和田アキ子さんだった。3月17日放送の「アッコにおまかせ!」(TBS系)でのことで、和田さんは「大義」という言葉を何度か使っていたから、「本来であればそうだよね」というニュアンスを伝えたかったのだと思う。

同番組は「気になるニュース」1位として瀧容疑者の逮捕を詳しく取り上げていた。損害賠償金額がいくらになりそうか、瀧容疑者の刑はどうなりそうかなどを解説した後に、「自粛への批判の声も」として「世界の坂本龍一さん」のTwitterを紹介した。

そこでの和田さんの「大義」発言を引き取ったのは、萱野稔人津田塾大学教授だった。彼は、こう言った。

「会社が株式上場していると株主に説明しなくてはいけないとか出てきて、音楽ビジネスが大きいじゃないですか。音楽と犯罪だけの問題じゃなくなってきてますよね」

ごく短い、わかりやすい「コンプライアンス講座」だった。株主がうるさいですから、単純に「音楽に罪はない」ではすまないご時世ですよ。視聴者がうるさいですから、一個人の犯罪がすべてを決めざるをえないんですよ。そういう解説だった。

加速する窮屈さと「大人の事情」

会議室風景

「株主がいるから、消費者がいるから、ハレーションを起こさないように」。これが今の日本でビジネス活動をしている人の多数派の考えだ。

FangXiaNuo/shutterstock

番組ではこの後、石野卓球さんの単独イベントも中止になり、彼がTwitterで「だとよ」とだけつぶやいたことも紹介された。

坂上忍さんが「バイキング」(フジテレビ系)で語ったという「コンビで片方捕まって、相方が『だとよ』って答えたら、どえらい顰蹙買うだろうね」という言葉が紹介された。萱野教授は「(石野さんが)知らなかったですかって、周りは思うでしょうし」と補足していた。

石野さんに対し予測される株主の目線を示し、「イベント中止」という企業の判断を肯定した。ごく短い、わかりやすい「コンプライアンス講座part2」だった。

萱野教授の解説は、今の日本でビジネス活動をしている人の多数派の考えだと思う。株主がいるから、消費者がいるから、ハレーションを起こさないように、無難に動きましょうよ。独自の判断をして大炎上したら、元も子もないでしょう。そういう考えだ。

確かに、瀧容疑者のコンテンツをそのまま存続させることは、彼の薬物使用という犯罪容疑を肯定することになる、と考える人もいるだろう。そのことはわかった上で、窮屈だなあと思う。

「コンプライアンス」という名のもとに、窮屈さが加速している。もっと言うなら「コンプライアンス」という言葉以前に、「大人の事情」という思考停止が当たり前になっている。

これって本当に、ビジネスのためになっているのだろうか。

矢部万紀子(やべ・まきこ):1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。最新刊に『美智子さまという奇跡』。

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