アップルがiPhone、iPadなど向けのアプリを提供するApp Storeは、多くの人にとって日常生活に欠かせないインフラになっている。
撮影:小島寛明
「この世界ではアップルが法をつくり、課税権も持つ」
iOS向けのApp StoreとAndroid端末用のGoogle Playにゲームを提供している、ある企業の幹部はこう言った。
アップルやアマゾンを含むプラットフォーマーがどのようなビジネスをしているのか、公正取引委員会が2019年2月下旬から実態調査を進めている。
対象は主に、アマゾン、ヤフー、楽天が運営するオンラインモールと、アップル、グーグルが運営するアプリストアだ。公取委はアプリ会社との取り引きで、アップル側の取り決めが独占禁止法で禁じられた「優越的な地位の濫用」に当たらないかなどを調べる。
アップルは「優越的な地位」にあるか
ゲーム会社にとっては事実上、アップルとの取引停止はアプリ販売をやめることを意味する。
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アップルの立場がゲーム会社に対して「優越的」かどうかを見るうえでは、おおまかに3つの要素がある。
1つ目は、アップルがどの程度、マーケットのシェアを押さえているかだ。
日本のスマートフォン市場では、グーグルのAndroidとアップルのiOSが、マーケットを二分していると言われる。
MMD研究所が2018年7月31日から8月1日にかけて、主に使っているスマートフォンを調べたところ、Androidが40.1%、iPhoneが35.2%だった。その他の回答は、フィーチャーフォン(ガラケー)や、「持っていない」だったため、スマートフォンについては、グーグルとアップルが日本市場をほぼ独占していると考えられる。
2つ目は、ゲーム会社がどのくらいアップルに依存しているか。ゲーム会社全体の売上高のうち、アップルとグーグルを経由する売上高がどの程度を占めているかだ。
ゲーム機やPC向けなど幅広く展開しているゲーム会社であれば、アップル、グーグルへの依存度を低く抑えることができるが、スマホ向けのゲームに特化している企業も少なくない。そうした企業は、売り上げのほぼ100%をプラットフォーマー2社に依存せざるを得ない。
3つ目は、立場の弱い企業側が、取引先を変えることができるかどうかだ。ゲーム会社が、アップルの方針に従いたくないと考えても、ほかの選択肢はほぼ存在しない。アップルとの取り引きを停止するのは、iPhoneユーザーへのアプリ販売をやめるのと同じことだ。
交渉の存在しない世界
デベロッパーはアップルが決めた規約に従うしかない。
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仮にアップルの地位が「優越的」であってもそれだけでは、違法にはならない。問題は、そうした地位が「濫用」されているかどうかだ。
アップルがデベロッパーに対して示している規約やガイドラインとして、「App Store Review ガイドライン」がある。グーグルの場合は「Google デベロッパープログラムポリシー」などがある。
複数の関係者が口を揃えるのは、「アップルの方が審査が厳しいため、アップルのガイドラインに合わせて開発を進めれば、グーグルの審査はおおむね問題なく通過できる」ということだ。
企業幹部が冒頭で、「アップルが法をつくる」と指摘したのは、こうした背景がある。
アップルのガイドラインには次のような記載がある。
「Appに不適切なコンテンツ、不快なコンテンツ、無神経なコンテンツ、動揺させるコンテンツ、嫌悪感を与えるコンテンツ、極めて悪趣味なコンテンツを含むことはできません」
過度に性的、暴力的な表現を含むコンテンツや、特定の人種や出身国を差別するようなコンテンツなどが含まれる。
こうした規定は、アプリのクオリティを維持し、差別や暴力の助長などを防ぐうえでは必要なものだろう。しかし、アップルが一方的にガイドラインを決めている点に問題があると考えている関係者は多い。
ゲーム会社での勤務経験もある秋元芳央弁護士は「アップルとデベロッパーの関係性において、交渉という言葉は存在しない。デベロッパーは規約に同意し、アップルが決めたとおりにやるしかない」と話す。
突然のアカウント停止
アップルとアプリ会社の関係性を見るうえで、参考になるのはNagisa(東京都)の事例だ。
同社のプレスリリースによれば、2015年10月7日、同社のデベロッパーとしてのアカウントが停止された。
同社側の説明によれば、アプリで配信されたマンガに性的な表現があり、一部アプリのアップデートを実施していなかったことが原因だったという。
「規約違反があったとしても、突然、一方的にアカウントを停止するのは、デベロッパーにとってあまりにも不利益が大きい」と、秋元弁護士は指摘する。
報道で明らかになっている以外にも、デベロッパーのアカウントが停止された事例は複数あるという。
アップルが決める表現規制
アップルは、国境を超えて表現を規制する力を持っている。
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アップルのガイドラインでは、性的な表現について、次のような記載がある。
「Webster辞書で『美的または情緒的な感覚ではなく、性的興奮を引き起こすような、性器または性行為の明確な記述または表示』と定義される、あからさまに性的またはわいせつなコンテンツ」
欧米や日本、イスラム教徒の多い中東など、国、地域ごとに「わいせつ」の考え方には違いがある。
しかし、デベロッパーに対しては、アメリカのアップルが決めたガイドラインが一律に適用されるため、「ローカルルールは存在しない」と言われる。
6〜7年ほど前、ゲームの世界でも、ガラケーからスマホに一気に移行する波が訪れた。そのころには、アップルの基準に合わせるため、露出度の高い女性キャラクターの服装を描き直す作業に追われたという。
ゲーム会社の幹部のひとりは「アップルは、国境を超えて表現を規制する力まで持った。しかし本来は、国や企業がそれぞれの文化や戦略に合わせて考えるべきことなのでは。現状では、毒っけのあるコンテンツはつくれない」と話す。
30%の手数料は適正なのか
アップルに支払う手数料の割合の大きさが、デベロッパーの不満を呼んでいる。
撮影:今村拓馬
デベロッパー側の不満が強いのは、手数料の割合だ。
アップルのプラットフォームでデジタルコンテンツを販売すると、30%の手数料がかかる。スマホ向けのゲームの場合、ゲームそのものは無料で販売し、ゲーム内で使用する通貨を販売するなどして、売り上げを確保していることが多い。
例えば、ゲーム会社側が、手数料負担を抑えようと、自社のウェブサイトでゲーム内通貨を販売したとしても、それを買ったユーザーがiPhoneアプリ上で使うことはできない。
アップルのプラットフォームでゲームの配信を続けたければ、アップルが用意した決済システム以外の選択肢はないのが現状だという。
公取委は、実態調査を通じて悪質な「優越的地位の濫用」にあたる事例があった場合、本格的な調査に乗り出す構えとみられる。
(文・小島寛明)