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“女子アナ”の相次ぐ退社。彼女たちが直面する2つの壁【小島慶子さん寄稿】

このところ、在京キー局の人気女性アナウンサーが相次いで会社を辞めている。

小川彩佳アナウンサーの紹介ホームページ

結婚を機にテレビ朝日を退社すると発表したテレビ朝日の小川彩佳アナウンサー。同社の宇賀なつみアナウンサーも3月末に退社するなど、“看板”女性アナウンサーの退社が相次いでいる。

テレビ朝日のホームページより編集部がキャプチャ。

アナウンサーは、勝ち組サラリーマンであり、特権的なタレントでもある。人気稼業のリスクを取らず、会社に守られながら個人的な知名度を上げることができるからだ。

特にキー局の女性アナは、入社早々世間の注目を集め、瞬く間に全国に顔と名前が知れ渡る。“女子アナ”は“職場の華”であり、かつ男性と対等な待遇が保証されている究極の勝ち組女子と、かつてはみなされていた。

だがここ数年で、変化が起きているという。

就活で在京キー局のアナウンサーに内定しても、他の業界の企業に決まったのでと内定を辞退する例も珍しくないというのだ。

「以前なら考えられなかったことだ」とあるキー局のアナウンサーは嘆く。高学歴の若者たちがテレビ局に憧れ、キー局の女性アナウンサーは競争率が1000倍にもなる時代は過去になりつつあるというのだ。

それを象徴するかのように、入社数年目の若手女性アナウンサーや、これからという時期の30代のアナウンサーが次々と退社していく。

「身内」扱いの理不尽に納得がいかない

テレビ番組を視聴する人。

どれほど業績を上げても、そこは1人の会社員。社内からは“身内”意識が強く、その評価に対しての不満も溜まる。

shutterstock.com

その背景には、多くの働く女性が直面する二つの壁があるのではないか。

年功序列の会社組織の内輪意識と、女性に対する性差別的な扱いだ。男性でも前者に悩む人は多いだろうが、女性はさらにジェンダーの縛りとの掛け算になる分、悩みは深い。

会社の内輪意識の壁とは、どれほど業績を上げようとも「一組織人である身の程をわきまえろ」という無言の圧力が相互監視的に働く状況である。アナウンサーの場合は番組上はメイン出演者の一人であっても社員スタッフとの関係はあくまで年功序列で、社外のタレントやフリーキャスターがお客様として大切に扱われるのとは対照的に、身内として一段低く扱われることも多い。

カメラの前でいいパフォーマンスをするかどうかは、個人の才覚である。一度カメラが回れば、放送局の社員である局アナも、放送局が制作費から出演料を払っているゲストであるタレントも、出演者として個人の脳みそで対等に勝負する。その自負があるだけに、なぜ「身内」であることを理由に正当に評価されないのかと納得のいかない思いをしている局アナは少なくないだろう。

また、会社によっては人件費圧縮のために採用の形態が変わり、レギュラー番組なしのベテランが年収1000万円なのに、寝る間もないほどテレビに出ている若手アナは、子会社採用であるためにその7割ほどの給与水準という場合もあるという。

タレントや先輩よりもいい仕事をしている自分が、なぜキャスティングでも待遇面でもこのような立場に甘んじなければならないのか、と独立を考える若手がいても不思議ではない。

「一人前のキャスターとして扱われない」

テレビスタジオ。

女性アナウンサーの仕事はまだ男性出演者をアシストする立場が多い。テレビ局内の意思決定層に男性が多いという事情とも無関係ではない。

shutterstock.com

あるアナウンサーは「局アナは、どんなに頑張ってもサブキャスター的な扱いしかされず、地道にキャリアを積んでも、メインキャスターの座はニュースを読んだこともないタレントや独立した元他局の人気アナにさらわれてしまう。たとえ局アナがメインをやっても上層部からはいつまでも後輩扱いで、一人前のキャスターとしては扱われない」と不満を漏らす。

どんな人気者でも「組織の歯車であることを忘れるな」という年功序列の圧力に加え、社員同士の嫉妬も作用する。

数千万円から億単位の出演料が支払われるメイン出演者の横で、何年も地道に実績を重ねた先輩が納得のいかない思いをしているのを見て、ここに長くいても先はないと見切りをつける若手がいるのも当然だろう。

また、女性アナウンサーは男性出演者をアシストする仕事が多く、意見を述べたり出演者に鋭い質問をすると「生意気だ」と言われがちだ。この「生意気だ」は、 “社員のくせに生意気”と、“女性のくせに生意気”の二つがかけ合わさっている。女性アナがメインキャスターを務めている場合でも、男性や年長者を立てるような振る舞いが好感を持たれる。

中長期的にキャリアを考えたくても会社には女性の人材を育てる気がなく、若い頃は忙殺され年次が上がったら他部署に異動させられるなど、女性は消費期限付きのナマモノであるかのような扱いを受けていると感じることもあるだろう。

理想は「若くて可愛くて従順ないい子」

通勤する若い女性。

男性と同じ仕事をしているのに女性には容姿や若さが求められ、女子力なるもので評価されるのは、テレビ局に限らない。

撮影:今村拓馬

世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数ランキングでは、日本の順位はG7で最低である。政治経済分野で活躍する女性が圧倒的に少ない。

テレビ業界の意思決定層もほぼ男性が占めており、マッチョな業界の文化が根強く残っている。ことに女性アナウンサーには“職場の華”を求める傾向が強い。

30年前にテレビ局で発明された“女子アナ”というコンテンツが、全盛期ほどではないにしろ未だに盛んに消費され定番化しているという現実は、日本で女性の置かれた立場を象徴している。若くて可愛くて従順ないい子ちゃん(しかも適度に隙があってエロティック)が理想的な女性であると、男性だけでなく女性も思い込んでいないだろうか。“女子アナ”が好きでも嫌いでも、その価値観に知らず知らずのうちに縛られている。

アナウンサーに限らず、入社当初は若手女子であるという理由で注目され引き立てられたが、年次を重ねて後輩がどんどん入ってきたり、あるいは自信をつけて主体的な発言をするようになった途端に煙たがられ、性差別的な構造に気づく女性は少なくないだろう。

男性と同じ仕事をしているのに女性には容姿や若さが求められ、女子力なるもので評価される。過労自殺で亡くなった電通の高橋まつりさんも、男性のホモソーシャルな企業風土の中で長時間労働を強いられ、それに加えて「女子力が足りない」などとダメ出しされて追い詰められた。

男尊女卑に適応するしかない悲しみと怒り

財務省

2018年、当時の事務次官によるテレビ局女性記者へのセクハラが問題になった財務省。

撮影:今村拓馬

しかし、2018年の財務事務次官によるテレビ局女性記者へのセクハラ問題以降、潮目が変わりつつある。メディアで働く女性たちが連帯し、性差別的でハラスメントが野放しの現状を変えようと声をあげた。セクハラについての認識が甘い霞が関とマスコミへの批判が高まる中、勇気を出して一人称で批判的な意見を述べた女性局アナたちもいた。

内輪意識と性差別の掛け算の構造の中で女性の局アナがそのような発言をするのは相当な風当たりが予想されるが、それでも言わずにいられなかった彼女たちの気持ちは、かつて同業だった私にも痛いほどわかる。

あるベテラン女性記者は「セクハラなんて気にしないのが強い女だと思っていた。女を強みにしてしたたかに仕事をするのがプロだと思っていたけど、自分はそうやって女性を追い詰める側に回ってしまったんだ」と悔し涙をにじませた。

私にも覚えがある。男尊女卑の構造に適応するしかサバイブできない悲しみと怒りは、多くの働く女性が感じているのではないだろうか。

主体的に行動する女性たちへの眼差しの変化

SPA!編集部との話し合い後、メディアの取材に応じる女子学生ら。

SPA!編集部との話し合い後、メディアの取材に応じる山本和奈さん(右から2番目)ら。彼女たちの抗議と提案が誌面作りにも生きている。

撮影:竹下郁子

そんなメディアで働く女性たちの懸命な働きかけが奏功し、2018年は大手メディアでセクハラだけでなくさまざまな差別やハラスメント関連のニュースが数多く報道され、人々の意識も変わった。

2019年1月に、男性週刊誌「週刊SPA!」の「ヤレる女子大学生ランキング」という記事の撤回を求めた当時学生の山本和奈さんら(Voice Up Japan)の署名運動には瞬く間に5万人を超える署名が集まった。

山本さんらは抗議だけでなく編集部との話し合いを求め、性的同意について理解を求めた。それを受け「週刊SPA!」は3月12日号で『SEXしたい!の新常識』という性的同意の特集記事を掲載。声をあげた学生にも、話し合いに応じ記事を掲載した編集部にも拍手を送りたい。

放送局を辞めた女性アナウンサーたちが、果たして昭和時代から脈々と続く芸能ビジネスの世界で、望んだ通りの活躍ができるかは未知数だ。それでも意見をはっきり言う女性や、主体的に行動しリーダーシップを発揮する若い女性に対する肯定的な見方は広まりつつある。

テレビは社会と写し鏡の関係にある。組織の歯車として過剰適応する働き方や、構造化された性差別に無自覚な生き方に疑問を持ち、自ら環境に働きかけてキャリアを模索する女性たちを心から応援したい。

小島慶子:エッセイスト、東京大学大学院情報学環客員研究員。学習院大学法学部卒。1995年TBS入社。アナウンサーとしてテレビやラジオに出演 。 1999年第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞受賞 。2010年退社以後はメディアへの出演、執筆、講演活動を行う。ハラスメントをなくすためのプラットフォーム#WeTooJapanサポーター。『AERA』他連載、著書多数。近著に対談集『さよなら!ハラスメント』

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