サンフランシスコとベイエリア、シリコンバレーをつなぐ大動脈「101号線」。目の前に広がるのがサンフランシスコ市内の風景だ。
僕は高校卒業後、日本ではなくアメリカの大学に進むことを選んだ。その後、大学を中退し、シリコンバレーで起業した。現在その会社は4年目になる。
18歳で単身渡米した僕が直面したのは、シリコンバレー起業家たちの「リアル」だ。ホームレスになった元起業家、月30万円の家賃、起業家をだまそうと近づいてくる業者……。
それらをくぐりぬけ、なぜ僕がシリコンバレーで生き残ることができたのか?
大阪の進学校からシリコンバレーへ
空港での筆者。
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僕は1994年生まれ。幼少期から複数の塾を掛け持ちするような教育熱心な家庭に育ち、高校は当たり前のように、関西有数の進学校へ進んだ。いわゆる偏差値教育を受けてきたうちのひとりだ。
17歳、高校3年の夏に差し掛かる前の勉強まっしぐらのある日、Twitterを眺めていると、オキュラスの創業者パルマー・ラッキー(Palmer Luckey)やStripeの創業者ジョン・コリソン(John Collison)といった、シリコンバレーで起業している人たちがいることにふと気づいた。
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彼らのフォロワー数は当時数万人、一方で自分のフォロワー数は50人。大きな差を痛感した。おそらくこのまま敷かれたレールを進んでも、世界で挑戦する彼らには絶対に追いつけないだろう。そう確信した。
家族が中小零細企業の経営者だったこともあり、ビジネスや経営は身近だった。シリコンバレーでビジネスに挑戦してみたい。海外の起業家を知れば知るほど、その想いが高まっていき、アメリカの大学に行くことを決めた。
親や先生には強く反対されたが、気持ちは揺らがなかった。SNSで発信し続けた結果、応援してくれる人も増え、家賃や食費などの資金を支援してくれる方も出てきた。彼らのおかげで2013年8月に渡米し、その後カリフォルニア州立大学に進学した。18歳だった。
スタンフォード図書館に住むホームレス起業家たち
スタンフォード大学のキャンパスに立つ筆者。
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……と書くと、比較的ありふれた留学生活に思えるが、僕は「とにかく渡米すること」以外、本当に何も考えていなかった。計画もしなかった。例えば、生活に欠かせない「家」だ。シリコンバレー行きは成功したものの、家賃が高すぎた。大学の学生寮ですら月に20万円はかかるため、住むことができなかった。
アップルで働く友達のエンジニアに聞いた話だが、年収が10万ドル(約1100万円)以下だと、低所得者として家賃補助がでるそうだ。最初はマクドナルドなら24時間空いているだろうと安心して渡米したのだが、なんとアメリカのマクドナルドは夜9時に閉店するのである。
サンフランシスコ市内のマクドナルド(写真はイメージです)。
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マクドナルドで泊まれないことを理解して、Googleマップで「Open 24 hour」と検索してピンがでてきたのが、スタンフォード大学の図書館だった。最初の1カ月はスタンフォード大学にお世話になった。
そこにはシリコンバレーには珍しい「ホームレス」が集まっていた。もちろん、こんな場所を寝ぐらにしているのは変わり者ばかりだ。実際、ほとんどが、元・現起業家のホームレスばかりだった。年齢は25歳から30歳辺り。
昼間はUberのドライバーとして出稼ぎにサンフランシスコに行き、そして夜にスタンフォードに帰ってくる。
当時(2013年)のUberは、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストをお客として迎える確率が高く、運転をしながら自分のプロダクトをピッチする者もいたようだ。
そんなホームレス起業家とのたわいない日常会話で、シリコンバレーのリアルな生活の辛さを知っていった。
インターンのマッチングが起業のきっかけに
Plug and Playで、日本から来た一団にプレゼンする様子。
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なんとかここで実績を残したい。そのためには、シリコンバレーの投資家・起業家コミュニティに入り込む必要がある。それを知って2014年に僕が開始したサービスが、シリコンバレーで留学生がインターンシップを見つけるサービス「シリバレシップ」だ。少数精鋭で、「猫の手でも借りたいほど忙しいスタートアップ」と「留学生でインターンシップ先を探している学生」をマッチングするサービスだ。
当時、大学に通っていた僕の周りには、「インターンシップを探している留学生」がたくさんいた。そして夕方以降はオフィスで衣食住(後ほど解説)していたため、「インターンを探しているスタートアップ」の友達もたくさんいた。まさに地の利を活かした周りの人の課題を解決するようなサービスだった。
当時、国籍問わず留学生はインターンシップに就けないと誤解している人が多かったが、実際にはCPT(Curricular Practical Training)もしくはOPT(Optional Practical Training)という労働許可を取得することで、有給でインターンシップを実施できる。
僕たちのサービスはその労働許可の書類作成を簡素化するものだった。留学生から支持を受け、開始1時間で500名の応募が殺到した。
しばらくすると、「あいつに声をかけると優秀なインターンシップ生が見つかる」とシリコンバレー内で噂となり、あらゆるクローズドなミートアップに招待されるようになった。
シリコンバレー情報を駐在日系企業に月3000ドルで販売
スタンフォード大学のメイヤーズライブラリーの取り壊しを伝えるThe Standord Dailyの記事。
出典:The Stanford Daily
住む場所も、図書館からAirbnbへと変更した。渡米から1カ月が経過して、なんと「スタンフォードの図書館が取り壊される」と管理人から教えられたからだ。
その後、僕はシリコンバレーで最も老舗のアクセラレーターのひとつ「Plug and Play」に入居するスタートアップ企業で働きつつ、そのオフィスに泊まるという生活を送った。
2014年頃、チャットワーク社でリサーチ業務をしていた筆者。
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シリコンバレーのコワーキングスペースは24時間出入りできる。そのため、同じようにスタートアップで働く者がオフィスで(実質的に)寝泊まりするのは、特に珍しいことではなかった。
結局、日本で言うところの「住所不定・ホームレス」という僕のシリコンバレー生活は、渡米から約1年間続いた。「家賃は高くても住まいはハックできる」は、シリコンバレー生活で得た僕の大きな気づきの1つだ。
シリコンバレーのオフィス暮らしを続けながら、シリバレシップの事業を伸ばし、シリバレシップのインターンシップ先をインタビューして紹介する自社メディア「hackletter.com」を開設。検索ワード「シリコンバレー 情報」のSEOでトップとなった。
またhackletterでインタビューした企業を分析してレポートにすることで、日系大手企業に月3000ドル(約33万円)で売れた。今では弊社のレポートは、シリコンバレーに駐在員を置く日系大手企業の約100社に利用されている。こうして人材紹介を皮切りに、自分たちが確実に稼げる事業を拡大していった。そして僕は自力で家賃が払えるようになった。
その後、渡米後の1カ月を支えてくれたスタンフォードの図書館は、実際にこのように解体された。
グーグルキャンパスの近くで自宅兼Airbnbを運営して稼ぐ
今現在はシリコンバレーにあるマウンテンビュー市に2部屋あるマンションを借りて、1部屋をオーナーの許可をとってAirbnbで貸し出している。
僕がこの場所を家に選んだのには理由がある。マウンテンビューはグーグルの本社があり、僕の家から約5分でメインキャンパスに辿り着ける。
グーグルキャンパスの一角。
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グーグルへの出張者の割合が僕のAirbnbの顧客としては多い。彼らは会社の出張経費で支払ってくれるため、かなり高めの家賃であっても、いつも予約でいっぱいになる。
僕が大家に支払う家賃は、2ベッドルームで約2500ドル。1ベッドを1日約100ドルとして貸し出せば、1日200ドル×30日=毎月6000ドルの収益が上がり、3500ドルのお釣りが返ってくる。
もちろん僕はリビングのソファーで寝ることになるのだが。シリコンバレーに移住して2019年で6年が経つ。人に話すと大抵驚かれるのだが、この間、僕は家賃など「不動産」の維持に金銭的に苦労したことは実は一度もない。
なぜ日本人はシリコンバレーで生き残れないのか
シリコンバレーの代表的なスタートアップアクセラレーターの1つ、Yコンビネーターのオフィス(現在の家の真裏)。
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渡米し、シリコンバレー住人になって痛感したことは「スタートアップのコミュニティーに入り込む大切さ」と「その難易度の高さ」だ。
シリコンバレーのトップベンチャーキャピタリストであるビノッド・コースラ氏も言及している通り「シリコンバレーで実際に活躍しているキャピタリストは1割」しかいない。残り9割は1割のトップベンチャーキャピタリストが投資したスタートアップに、彼らが資金調達を終える直前に滑り込みで投資するという。
スタートアップにとっては、このトップ1割の投資家とコミュニケーションがとれることが非常に重要なのだ。一方で、日系企業がシリコンバレーで活躍できない最大の理由は、駐在員がこのコミュニティーに入り込むことができず、わずか数年の駐在期間を終えるからだろう。
少し古いが、2016年の地域別ベンチャー投資額。3年前の時点でもシリコンバレーはアメリカのさまざまな地域を圧倒している。
出典:datavase.io
僕も当初は大変苦労した。ミートアップに参加しても
「英語はネイティブに比べ劣っている」
「プログラミングもできない」
……と思われるため、中々相手にしてもらえないのだ。また日本の義務教育で教わった「相手が話し終えるまで、おとなしく話を聞く」という常識により、前のめりに話すことができない。
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これは渡米して数カ月後に気づいたことだが、アメリカ人が自ら話を終えることはほとんどない。会話が終わったと思えば、次の話を始める。そのためスキを見つけては、自分の会話をしなければいけないのだ。
また、ただ話すだけではコミュニティー内には入れない。自分がそのコミュニティーに対して、どのように貢献できるのかを初対面で相手に明確にわかるように伝えなければいけない。
シリコンバレーで成功している日本人の多くは、自分がどうやってシリコンバレーコミュニティーに貢献できるかを意識的・無意識的に理解している。一方、シリコンバレーで失敗する日本人の多くが、ギブアンドテイクの精神がなく、搾取だけする存在であると認識されているのではないだろうか。
移民に脅しスパムメールを送ってくる悪徳業者
サンフランシスコの名物、ゴールデンゲートブリッジ。
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繰り返しになるが、シリコンバレーは、よくも悪くも「村社会」だ。どれほどテクノロジーが発達しようが、人付き合いは必要不可欠なスキル。言うまでもなく、世界各国からトップクラスにお金と人が集まる場所なのだから。
しかし、良い人ばかりが集まるわけでない。国外からやってきた挑戦者を騙そうとする者たちもいる。
例えばこんな経験もした。僕が当初、シリコンバレーで起業しようとした際に、サービスの所有権を乗っ取ろうとしてくる者や、移民という社会的に弱い立場であることにつけこんで、僕の入居するオフィスに脅しのスパムメールを送る業者もいた。
「タックスが正当に支払われていない」「今のビザが失効するおそれがある」 ── シリコンバレーには移民の起業家が多く、彼らをターゲットにする悪徳業者もいる。
また投資家を装って接近する者たちもいる。そういった者から一度でも資金調達をすると極めてやっかいなことになる。
ここでは多くは語らないが、シリコンバレーではいかに厳選されたコミュニティーに参加して、重鎮達を味方につけられるか。そして、情報の非対称性を上手く利用して騙そうとする輩から身を遠ざけるか。これらが非常に重要な処世術になる。
僕の「シリコンバレー起業」のこれから
datavase.ioのトップページ。
僕はこれまで、資金調達を一切行わず、インターンシップ紹介、不動産紹介、研修事業、企業・市場調査事業と、確実に儲けが出る事業で、シリコンバレーを生き抜いてきた。
けれど、これからは外部から資金調達を実施して、現在の主軸事業である企業・投資家の評価サービス「datavase.io」を柱に、急成長カーブを描く経営方針に切り替える。
datavase.ioは、現在年間1万社を超える企業、1000を超える投資家、100を超える市場のデータを収集し評価している。同サービスの売りは、機械的な情報収集のみならず、現地の投資家・専門家の評価をレポートとして提供できる点にある。
datavase.ioは2018年のベータ版サービスを経て2019年1月にサービスを本格開始した。主に口コミで評判を広げ、企業顧客も順調に増えている。
シリコンバレーに向かう同世代の日本人たちへ
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シリコンバレーには視察や留学で訪れる日本人は、毎月200名を超えると言われる。僕の元には、そのような人々のうち毎月約50名ほどからメッセージが届く。おそらくシリコンバレーで起業する日本人で最も若く、話しかけやすいからだろう。
メッセージをくれる方の過半数が「将来起業したい」という志の高い人々で、多くの人がビジネスのアイデアをピッチしてくれる。しかし、実際にそのアイデアが形になるケースは滅多にいない。稀に「Taimee(タイミー)」の小川嶺氏のような人材がいるが。
僕が起業家志望の人たちに伝えたいことは一つだ。
「卵を割らないとオムレツは作れない」
どれほど偉大なアイデアをもっていても、アクションを起こさなければ、形になることは絶対にない。ここシリコンバレーでは、若いうちはどれほど失敗しても愛嬌で許される。
もし自分の志す何か野望があり、周りからの反対や何かしらの荒波によってアクションできないのであれば、迷わず、小さな行動を起こすことから始めれば良いと思う。
今は一人きりでも、高みを目指し続けると、その先に必ず仲間が待っている。そして諦めない限り、必ず形あるものが生まれるから。自戒をこめて。
(文、写真・戸村光)
戸村光:2013年日本の高校を卒業後、渡米。2014年、カリフォルニア州立大学在学中にシリコンバレーでインターンシップを簡単に見つけられる「シリバレシップ」を始め、hackjpn,incを創業。現在は国内外の企業・投資家の評価サービスを提供するdatavase.ioを運営している。