2019年3月20日、FRBのパウエル議長の記者会見の様子を映す画面を見るニューヨーク証券取引所のトレーダー。この日まで開いたFOMCの後、市場の予想を超える弱気姿勢を打ち出した。
REUTERS/Brendan McDermid
米連邦準備制度理事会(FRB)は2019年3月19~20日に開催した米連邦公開市場委員会(FOMC)で、金融市場の予想を超える弱気姿勢を打ち出した。
市場のムードは「リスク回避」へ一変
市場では、にわかにリスクオフ(リスク回避)ムードが支配的となっている。
REUTERS/Brendan McDermid
短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利誘導目標については2.25~2.50%で据え置かれることが全会一致で決定されたものの、声明文における景気認識、政策メンバーの政策金利見通し(ドットチャート)は大幅に引き下げられ、2017年10月より進めてきたバランスシート規模の縮小(=正常化)路線も2019年9月で終了することが決定された。
同時発表されたFRBスタッフによる経済・物価見通し(SEP:Summary of Economic Projections)の予測に比べると、かなりあわてて声明文やドットチャートを修正した感が否めず、FRBのコミュニケーションが「荒れている」という印象が抱かれるものだった。
こうした政策決定を受けた3月22日の金融市場では、米10年金利が一時2.41%まで低下し、ついに3か月物金利を下回った。10年金利と3か月物金利が逆転するのは実に2007年8月以来、11年半ぶりの出来事である。
これを「不況のシグナル」として信頼する市場参加者は多く、にわかにリスクオフ(リスク回避)ムードが支配的となっている。
2019年の初めから、リスク許容度の改善を追い風に投機的な円売りが積み上がってきたドル/円相場でも巻き戻しが加速し、3月22日には約1か月ぶりの109円台の円高水準となった。
皮肉なことだが「世界経済が悪いからFRBがハト派(金融緩和に積極的)化した」という本来あるべき解釈よりも、「FRBがハト派化するほど世界経済が悪い」と市場参加者が恐れおののき、各種資産市場が調整を迫られているのが現状というように見受けられる。
完全に「自分の尾を追う犬」とブラインダー元FRB副議長が皮肉った状況である。当面、FRBは市場のご機嫌取りに終始せざるを得ないだろう。
本末転倒の景気総括判断引き下げ
2019年2月22日、ホワイトハウスで中国の劉鶴副首相と会談するトランプ大統領。24日まで続いた米中閣僚級協議の後、トランプ大統領は中国製品に対する追加関税の引き上げの延期を表明。米中貿易戦争は「いったん棚上げ」という展開も見られ、最近のアメリカの実体経済は大きく評価を下げたわけではないのだが……。
REUTERS/Carlos Barria
混乱の発端となった3月のFOMCの声明文は、冒頭の景気総括判断からいきなり「growth of economic activity has slowed from its solid rate in the fourth quarter」と前回の「economic activity has been rising at a solid rate」と比較すると、かなり段差を覚える修正が施されている。
今後の政策運営について「忍耐強く(patient)」なる、という利上げを手控える基本姿勢はもちろん変わっていない。
パウエルFRB議長はFOMC後の記者会見において「雇用と物価見通しを踏まえ、政策変更が必要になるのは当面先になる可能性」に言及し、「patient」とは「FRBが判断を急ぐ必要のないことを意味する」と再度強調している。
「年内利上げゼロ」を見通すメンバーが多数派となった現状を踏まえれば、声明文やこうした議長会見は平仄(ひょうそく)が合うものだった。
こうした声明文における総括判断の大幅修正は、ドットチャートの大幅修正と歩調を合わせるために「無理やり強いられた」という印象が強い。というのも、確かに経済予測たるSEPは引き下げられているが、声明文の総括判断やドットチャートを急旋回させるほどの引き下げとは言えないものだったからだ。
SEPにおける2019年見通し(中央値)を見てみると、実質GDP成長率は2.4%から2.1%へ、失業率は3.6%から3.7%へ、そして個人消費支出(PCE)デフレーターは+2.0%から+1.9%へ見通しの悪化が見られる。下方修正としては穏当なものであろう。
片や、ドットチャートを見ると、2019年の政策金利見通しに関し、2018年12月時点では「利上げゼロ回:2名、1回:4名、2回:5名、3回:6名」だった。それが今回は「利上げゼロ回:11名、1回:4名、2回:2名」に変わっている【図表1】。
【図表1】
やはり「経済・物価見通しの変化に比べて段差が大きい」という印象は拭えない。「ドットチャートを焦って下方修正→これと整合的に総括判断を大幅引き下げ」という本末転倒な舞台裏が透けて見える。
本来は、総括判断を大幅に引き下げざるを得ないほどの経済・金融・政治上のショックが先に立ち、これに応じてFOMC声明文やドットチャートの大幅下方修正という事態に至るはずである。
しかし、過去3か月でアメリカの実体経済がそこまで大きく評価を下げたわけではない。むしろ懸案であった米中貿易戦争などは、いったん棚上げという展開も見られた(その後のトランプ発言でその安心感は雲散霧消したが、それは3月FOMC直後の話である)。
債券市場では2018年12月時点で、2019年は「利上げどころか利下げも」という予想形成も始まっていた。やはり前回の「2019年利上げありうべし」というドットチャートが現実(市場)離れしており、今回の3月会合でその修正を迫られたと読むのが適切だろう。
FRBの次の一手は「バランスシートの再拡大」か
円安予想の多くは「日米金利差の拡大なきところに円安なし」が基本。だとすれば、円安予想はやはり無理筋と考えるべきだろう。
REUTERS/Issei Kato
また、FRBのバランスシート縮小路線については2019年5月から、縮小ペースを最大300億ドルから最大150億ドルへ減少させ、9月末には縮小自体を停止することが決定された。
2018年12月のFOMCでは、パウエル議長自らが「オート・パイロット(自動操縦)」で進んでいると語り、それにより市場に大混乱がもたらされた。しかし、2019年1月のFOMCでは「経済、金融市場の動向によって柔軟に運用」と方針転換が図られ、そこから2か月経た3月会合で終了宣言に至った。
繰り返しになるが、2018年12月から足もとに至るまでのコミュニケーションが「荒れている」という印象は、やはり否めない。
いずれにせよ、これでFRBのバランスシート政策については「拡大→拡大ペースの減速→拡大停止→縮小→縮小ペースの減速→縮小停止」というサイクルが一巡したことになる。
今後を展望するという観点からは、「次の一手」として正式に「拡大」を予想できる状況になったということでもあろう。
今回の決定は、1月の宣言通り、(オート・パイロットではなく)経済状況を念頭に置いた柔軟な措置とのことだが、同じロジックを通じて再拡大に至る展開に構えるべきだろう。
米金利低下・ドル全面安の下で円高が進む
記者会見する日銀の黒田東彦総裁。FRBの現状を受けて、日銀やECBが「正常化プロセス」に着手することは絶望的になった。
REUTERS/Issei Kato
とにもかくにも3月FOMCを終え、FRBは「金利」および「量」の両面において正式に正常化プロセスを停止したと考えて良いだろう。
2013年5月22日、バーナンキFRB議長(当時)が議会証言において量的緩和の段階的縮小(テーパリング)を唱えて以来、6年弱続いてきた局面が終わったのだ。
「米金利は上がる」という市場の大前提が終わったと言っても良い。もはや、年内に米10年金利が再び3%台に乗せてくるという想定は正気の沙汰ではあるまい。
円安予想の多くは「日米金利差の拡大なきところに円安なし」が基本であり、だとすれば円安予想はやはり無理筋と考えるべきである。
もちろん、早々に利下げがあるとまで言うつもりはない。
例えば、米金融市場の状況を簡易に確認する金融環境指数(FCI、【図表2】)は、緩和的な金融環境を依然示唆している(同指数のプラス領域は「引き締め的」、マイナス領域は「緩和的」を意味する)。FRBからすれば「緩和的ゆえ利上げも可能」という状況だ。
【図表2】
だが、現実は「FRBがタカ派(金融引き締めに積極的)色を強めればFCIが引き締まり、株価を中心とする資産価格も調整を強いられる」という側面が小さくないと推測される。
かかる状況下、利下げが過剰な緩和期待であることは否めないものの、利上げも決して簡単な判断ではない。
こうしたFRBの状況を受けて、日本銀行は元より欧州中央銀行(ECB)が「正常化プロセス」に着手することなども絶望的になった。
両中銀の政策決定において為替が重要な意味を持つことは周知の通りである。
日銀については議論の余地がないが、近年のECBもこの傾向が見え隠れてしている。この状況でタカ派色の強い政策決定を下すことは、自国通貨高を招来する自殺行為である。
当面の為替相場については、「FRBの『正常化プロセス』が挫折し、米金利低下・ドル全面安の下で円高・ユーロ高が進む」という想定がやはり無難と考えたい。
それは、過去6年弱続いてきた「FRB正常化相場の巻き戻し」が始まる、と言い換えることもできる。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。