3月25日、約100席の傍聴席がある東京地裁103号法廷は、開廷数分前、傍聴席がほぼ満席となった。 結婚後もそれぞれの姓を選べる「夫婦別姓」を認めないのは憲法違反——そんな問題意識から、ソフトウェア会社「サイボウズ」の青野慶久社長(47)ら4人が国を訴えた「選択的夫婦別姓訴訟」。
この日、中吉徹郎裁判長は原告の請求を棄却した。同日、青野社長は「私たちの主張は見事にスルーされたので控訴します」とツイートした。
別姓が認められず事実婚の夫婦も
判決後に記者会見する青野慶久社長。
撮影:今村拓馬
現在の法制度では、日本人同士の法律婚カップルは、夫婦同姓しか認められていない。
青野社長は2001年に結婚し、戸籍名を妻の姓「西端」に変える一方、仕事では旧姓の「青野」を使い続けている。そのことによって銀行口座やパスポートの名義変更など生活のあらゆる場面で多大な時間と労力を費やしたという。
別姓が認められないことで生じる不利益としては、
「知名度や信頼度を築いてきた通称は知的財産と言えるが、別姓を認めずにその利用を制限することは効率的な経済活動を阻害し、個人の財産権を制限する」
といった例を挙げている。
また、原告には20代のカップルもいて、旧姓を使い続けるために事実婚をせざるを得なかったという。青野社長を含む原告の4人は、経済的、社会的、精神的苦痛を強いられてきたと訴える。
「ロジック」がスルーされた
今回の判決後に開かれた記者会見で、青野社長がしきりに口にしていたのは、「ロジック」「論理的」という言葉だ。
「論理的に考えれば違憲であると、そういう判決が出ると思っていたんですけれど、ほぼそのロジックについてはスルーされていた」
「司法の場は、感情的なものではなくて、論理的に判断されるものと信じていましたが、残念ながら、今回の判決文を読む限り、それがなされていなかったんじゃないかなという気持ちです」
ロジック、論理的と青野社長が言うのは、作花知志弁護士の「憲法の穴」を突く作戦を指している。
自らを「根っからの合理主義者」という青野社長は、当初、作花弁護士から原告に「指名」された際、感情論やイデオロギーではなく「憲法の穴」を突く作戦を打ち明けられ、「エレガントなロジックと解決策!」と心が動かされたという。原告の一人として加わる決め手となった。
「憲法の穴」とは何か?
夫婦別姓が認められていないのは、日本人同士が結婚した場合だけだ。
撮影:今村拓馬
例えば、日本人と外国人が結婚・離婚する時なら、同姓にするか別姓にするかを現時点でも選ぶことができる。あるいは、日本人同士が離婚する時も同様だ。
それなのに、「日本人同士が結婚した場合だけ」許されていない。日本人同士の結婚だけ別扱いにするのは「憲法が定める法の下の平等に反するのではないか」というのが「法の欠缺(けんけつ)」。つまり、憲法の穴ということだ。
そして、結婚時まで使ってきた氏を称し続けることへの配慮が「戸籍法上」にないことを指摘。今回の裁判では、民法上と戸籍法上2つの氏があることに着目し、あくまでも「戸籍法」の規定を争点としてきた。
「最高裁まで上がって来い」という伝言
次の裁判の舞台となる最高裁判所。
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夫婦別姓はこれまで40年もの長い期間、問題提起されながらも進展につながらなかった。待つ人々にとっては待望のテーマだ。夫婦別姓と憲法をめぐる裁判は、今回が初めてではない。
一番最近では、「民法上」の規定が違憲かどうかを争点とした、2015年の夫婦別姓訴訟。同年12月、最高裁判所は現行法が合憲だと判断した。
それに対して、青野社長らの訴訟は「戸籍法上」の規定を問う、異なる切り口からのアプローチであり、作花弁護士は「今度こそは勝てるかもしれない」と期待を高めていたが、結果を受け会見の場で、「2015年の判決から進歩していないような残念な内容になっている」と指摘。
「裁判所は法律上の氏は一つなんだと。法律で論議するのは一つであって、(民法上の氏と戸籍法上の氏)2つには分かれないということを盛んに繰り返している。
ただ、実際には外国人と結婚した日本人の場合、民法上の氏は変わらずに戸籍法上の氏を使っていたりする。それなのに判決文では1つに定まっているんだと言われているので、『あれ?』と思うところではあります」
「我々が出した証拠には全然触れられていなくて、根拠も示さない(国の)主張を採用しているような形になっている」(作花弁護士)
青野社長は、「残念な結果」と話しつつも、すでに次を見据えている。
「裁判制度は、地裁、高裁、最高裁があって、違憲判決を出すなんていうことは、司法としても大きな意思決定。だから、『最高裁まで上がってこい』というメッセージかなと、ポジティブに受け取って、裁判を続けていきたいと思っています」(青野社長)
選挙で「民意」を示す
「追い風は吹いている」と青野社長は言う。
1年前に始めた署名活動では、5万人を超える署名が集まった。地方から国会に陳情や意見を出す動きがあちこちで起こっている。
青野社長らの提訴は2018年1月。奇しくも、その2カ月後には、別の夫婦別姓訴訟も始まった。
2015年の別姓訴訟で最高裁まで争った榊原富士子弁護士らが再び提訴したのだ。また6月には、ニューヨークで結婚した映画監督の想田和弘さんと舞踏家で映画プロデューサーの柏木規与子さん夫妻が、日本では別姓で戸籍を作れず不利益が生じているとして選択的夫婦別姓を求め国を提訴した。
会見で青野社長は、世論の広まりと手応えをこう語った。
「これまで(夫婦別姓は)何十年と議論されてきた中で、この1年が最も議論が活発になったのではと思うし、国民の間では十分結論が出ている問題だと思います」
「同姓にしたい人はすればいいし、別姓の方が都合がいい人がいるのであれば選択肢を用意しようという議論なんです。その考えが広まった手応えはあります」
会見後に、早速Twitterでの反応を確認していた青野社長。
「残念ですという声がずらっとならんでいる。圧倒的に世論の追い風が吹いているのを感じる。これで諦めたら、今回応援してくれた人に頭上がらないですよね。これから高裁、最高裁へ向けて、トコトンいきますよ」
今後のアクションについて問うと、こんな応えが返ってきた。
「東京地裁でゴニョゴニョやっているうちは、こんな判決が出るんだなと。これからは裁判だけじゃなく、大きな流れを作っていかないと変わらないなという感じがしましたね。今年は4月に地方選、7月には参院選もある。僕たちの『民意』を示す絶好の機会。国会でも議論して立法化につなげてもらうよう、意識喚起していきます」
(文・古川雅子)