発表会場となったアップル本社敷地内にある「スティーブ・ジョブズ・シアター」の入り口前。
アップルが本格的に、サブスクリプションを軸にした「サービスモデル」ビジネスに乗り出す。
3月25日(現地時間)、アップルは同社本社内にあるスティーブ・ジョブズ・シアターで発表会を開催し、オリジナルコンテンツによる定額制(サブスクリプション型)動画配信サービスを軸とした、多数の新サービスを発表した。
その背景とは? 発表されたサービスの狙いは?特にプレミアムコンテンツ戦略の軸となった、ゲームと映像の事業について、現地取材で得られた情報を加味して解説する。
「プレミアム」コンテンツで新しい収益源を
アップルのティム・クックCEO。ハードウエアのない異例の発表だったが、それだけに相当の意気込みであったようだ。
今回発表されたサービスはどれも「付加価値型サービス」であることが特徴だ。
「良い製品は、ハードウェアとソフトウェア、サービスのコンビネーションで生まれる。それこそ、アップルの得意とするところだ」
アップルのティム・クックCEOは、発表会の冒頭でそう語った。これはアップルが常々主張してきたことで、現在もこれからも変わらない。
一方で、それに加えて「付加価値の高いプレミアムなコンテンツを月額料金制で徴収する」形で提供するのが、今回発表されたサービス群になる。
特にコンテンツ施策についてはわかりやすい。ネットには多数の無料コンテンツがあるが、今回のプレミムサービスで目指したのは明確に「“より良い”有料コンテンツ」だ。コストをかけて差別化したプレミアムな番組に、サブスクリプションの形で料金を支払ってもらうプラットフォームを作るのが、今回のアップルの発表の軸である。
今回の発表では、映像サブスクリプション・サービスである「Appple TV+」が目立って見えたかもしれない。スティーブン・スピルバーグ監督やJ.J.エイブラムズ監督、アメリカでは非常に著名なテレビ司会者であるオプラ・ウィンフリーなどが登場し、オリジナル作品の制作をアピールしたからだ。
オリジナル作品中心の映像サブスクリプション「Apple TV+」を秋にスタートすると発表。
スティーブン・スピルバーグ監督(左)やJ.J.エイブラムズ監督が登壇、オリジナル作品の提供を発表した。
映像のサブスクリプション・サービスについては、ネットフリックスやアマゾンプライムビデオのようなライバルもいて、映像産業の構造を変える大きな潮流ともなっている。だから、それらのサービスとの比較という意味で、Apple TV+が注目されるのも無理はない。
Apple Arcadeには「新作しかない」深い意味
サブスクリプション型のゲームサービスである「Apple Arcade」は2019年秋に開始する。
だが、同時に発表されたゲームのサブスクリプションである「Apple Arcade」とともに考えると、また違った姿も見えてくる。
「サブスクリプション」というと我々は、会員になっていれば「見放題」「使い放題」というイメージをもつ。ある意味「お得さ」を重視した見方だ。
だが、Apple TV+とApple Arcadeを並べると、ひとつの明確な軸が見えてくる。
それは「オリジナル作品制作への投資」である。
Apple Arcadeは、iPhone・iPad・Mac・Apple TVで同じゲームが遊び放題になるサービスだ。スタート段階で100を超えるゲームが用意される。
重要なのは、その100を超えるゲームの多くが「オリジナル」だ、ということだ。
Apple Arcadeの内容。オリジナルが中心で、他プラットフォームでは遊べず、もちろん広告なども、追加購入もない。
一般的に「遊び放題」のゲームサービスが提供される場合、その中には多数の「過去に発表済みのタイトル」があるのが通常だ。ゲームを開発するのは大変でコストも時間もかかる。ゲームメーカーとしては、ひとつのゲームからの収益を多角化するため、「単品では魅力が薄れたが、まだまだ収益性は見込める」過去のヒット作などを提供しようとする。そうするのが自然だからだ。
だが、Apple Arcadeは、他のプラットフォームでも遊べず、過去にはなかった作品を中心に構成される。リブート作品や過去のIPを使った作品の有無が明確でないため、ここでは「中心に」という表現を使うが、ほとんどの作品が「新作」であるのは間違いない。
「アップルのプラットフォームで遊び放題」というと、AppStoreで遊べるゲームがサブスクリプションになって遊び放題になる……というイメージを持つかもしれないが、Apple Arcadeはそうではない。
クリエイターに出資して開発するオリジナル作品群
なにより大きいのは、Apple Arcadeで提供されるゲームの多くが、「アップルがクリエイターに出資して開発した」作品だという点だ。
アップルが出資して開発したオリジナル作品を中心に展開される。
アップルは、AppStoreでの社内エディターの評価や過去のクリエイターとしての実績を元に、クリエイターや開発会社に声をかける。ティザービデオでは、「ファイナルファンタジー」シリーズのオリジナルクリエイターの一人である坂口博信氏が大きくフィーチャーされ、「シムシティ」で知られるウィル・ライト氏も新作を手がける。この辺は、とても納得感のあるところだ。
発表会では、クリエイターのひとりとして、「ファイナルファンタジー」シリーズのオリジナルクリエイターの一人である坂口博信氏が紹介された。
そして彼らから提出された企画書などを元に、本格的に「新しいゲームを作る」関係を築き、時には制作費の出資もする。
Apple Arcadeでは、アップルがサブスクリプションビジネスの会費として集めた費用のいくらかを、アップルが「ゲームの制作費」として出資し、クリエイターの「新しいビジネスモデルでのゲーム制作」を後押しする。
アップルのアプリデベロッパー向けサイトには、これから、Apple Arcadeのための申し込み窓口もできる予定だという。新しいアイデアを持つクリエイターはそこに「企画書」を提示する。すると、実際のゲーム制作の前にそれをアップルが見て、共同で制作体制に入れるかどうかを審査するのだという。
結果的に、「Apple Arcadeのゲームは、比較的規模が大きく、新奇性が高いものになるだろう」ということが予想できる。
Apple Arcadeは、マーケットプレイスであるAppStoreとはまったく違うビジネスモデルなのだ。
フリーミアムを軸とした「スマホゲーム」のビジネスモデルは、成功するかどうかは保証されておらず、「企画はあってもゲーム制作に至れない」作品も多数ある。リスクが大きいという意味で、既存のパッケージ型ビジネスも同様だ。
そうでない、新しい形をクリエイターと作ろうとしているのが、Apple Arcadeの狙いである。
映像業界のビジネスモデルをゲームにも
新しいアップルの映像視聴系アプリとなる「Apple TVアプリ」。アップル製品だけでなく、ソニーのテレビやアマゾンのFire TVにも提供される。
この考え方は、映像制作にあてはめると、よりわかりやすくなる。
Apple TV+は、ラインナップこそまだ公開されていないものの、オリジナル作品を軸にしたプレミアムサービスになる。
アップルは映画やテレビ番組視聴用のアプリをリニューアルし、「Apple TVアプリ」として提供する。これをアップル製品だけでなく、サムスンやLG、ソニーのスマートテレビ、アマゾンのFire TVなどのセットトップボックスにも提供し、間口を広げる戦略に出た。こちらはApple TV+(9月サービス開始)より先に、5月に公開予定だ。
Apple TVアプリでは他社のストリーミングサービスや、映画などの単品購入作品が見られるので、Apple TV+に「既存の作品を多数入れる」必然性は薄い。
とすると、Apple TV+で提供されるのもApple Arcadeと同じく、「アップルが出資してクリエイターと共に制作した番組」が中心になるだろう。
ここでもサブスクリプションは「新しいコンテンツの制作原資」であり、ユーザーから見ると「オリジナルコンテンツが制作されることへの担保であり出資」のようなイメージになる。
この点は、アメリカでHBOのようなプレミアムケーブルTV局が「高品質ドラマ」をウリに比較的高額な会費をとってきたこと、ネットフリックスが収入の多くをオリジナルコンテンツ制作に投資し続けていることを考えると、その延長線上にある考え方、といっていいかもしれない。
不安材料は「価格と展開国」が見えないこと
クレジット:Apple
一方、Apple ArcadeにしろApple TV+にしろ、問題は「まだサービス開始はかなり先」だ、という点。サービス開始は2019年秋を予定しており、価格や展開国などの詳細は公開されていない。
こうしたサービスが消費者にとって魅力的かどうかは、コンテンツの中身に加え、価格も重要だ。アメリカはともかく、他の国でどのくらい使えるのか、不透明な部分があるのも否めない。Apple Arcadeはおそらく日本でも展開されるだろうが、Apple TV+については定かではない。
甚だシンプルな結論ではあるが、いかに「内容と価格で納得させるか」という古典的な問題が、アップルにとっては重要なものになる。
(文、撮影・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。