アップルが今「Apple Cardでクレカ参入」する深い理由。大きな戦略転換が見えてきた

Apple Payでの支払い。

Apple Cardを登録したApple Payで支払い。

アップルは3月25日(現地時間)、米カリフォルニア州クパチーノにある本社にてスペシャルイベントを開催した。数々のハードウェア製品でユーザーを魅了してきた同社としては、初の「ハードウェアのない新製品発表会」となったのは既報の通りだ。

同イベントにおいて、iPhoneを介してクレジットカードが利用可能になる「Apple Card」が発表され、イベント内では唯一の“ハードウェア”ともいえる「チタン製の物理カード」も紹介されている。

発表時には「2%」のキャッシュバックが話題となった同サービスだが、本稿ではアップルが「クレジットカード事業参入」に至った背景と、技術的バックグラウンドについて、分析も交えて整理してみたい。

新たな収益源求めるアップルと、ゴールドマンサックスの思惑が一致

ティム・クックCEO。

Apple Cardを紹介するティム・クックCEO。

「Apple Card」の申し込みはiPhoneを通じて行い、Apple Payに登録すると、決済ごとに毎回2%のキャッシュバックが行われるというもの。アップルのストアを通じて購入した商品については3%、チタン製の物理カードで行った買い物は1%のキャッシュバックという、3段階での還元プログラムを用意する。日々の消費行動や各種支払いを管理するツールも提供され、iPhoneを通じて「家計管理」ができる仕掛けだ。

Apple Cardはアメリカで2019年夏に提供が開始されるが、残念ながら同市場を除く諸外国、例えば日本市場での展開は、諸般の理由で当面は行われない。

還元プログラムは3段階で設定される。

還元プログラムは3段階で設定される。通常はApple Pay利用時の2%キャッシュバックとなる。

昨今、iPhone販売の頭打ちがささやかれ、減少傾向さえ見えつつあるアップルにとって、既存のユーザーベースを軸にサービス事業などさまざまな分野で売上を増やしていく業態転換は、急務となりつつある。

それを象徴するのが、今回の「ハードウェアのない新製品発表会」という見方だが、単純にユーザーを増やしていけばいいサブスクリプション(月額課金)事業とは異なり、Apple Payに代表される「金融分野」については異なる事情を抱えている。

Apple Cardを通じて提供される家計管理ツール。

Apple Cardを通じて提供される家計管理ツールも同サービスの一環。

2014年にアメリカでデビューしたApple Payは、それまでのモバイル決済サービスにはなかった「手持ちのクレジットカード(デビットカード)をそのままiPhoneに登録し、リアル店舗やオンラインで買い物が簡単に行える」という手軽さを初めて提供したことで、業界地図を一気に塗り替えた。

それまでも、NFCと呼ばれる非接触通信技術をプラスチックカードに内蔵することで、決済端末にカードを“タッチ”するだけで決済完了できる仕組みは、欧州やオーストラリアで普及が進んでいた。これをiPhoneを使って誰でも手軽に行えるようにしたことに、Apple Payの意義がある。

「mPOS(エムポス)」と呼ばれる簡易POSと決済サービスを提供する米Squareによると、英国やオーストラリアなどでは非接触通信での店舗決済の主役はあくまでカード。それがアメリカでは全体の1割という非接触決済のシェアを、ほぼApple Payが独占しているという。

Apple Pay

Apple Payのデバイスごとのイメージ。

この数字はApple Payの認知度の広がりを感じさせるが、一方で1回の決済におけるアップルの取り分は、売り上げの0.15%にあたる手数料にすぎない。トータルの決済金額に比べれば微々たるものだ。

Apple Payを維持するためのシステム管理費などもここから捻出されるため、実際のところ「そこまで美味しいビジネスではない」というのが実情だと筆者は分析している。

クレジットカードにおける手数料は、カードを発行するイシュア、途中経路を処理するネットワーク会社やアクワイアラなど、トランザクション(決済)に関わっている事業者が各種費用を差し引いていったものを積み上げた数字だ。

もしアップル自身がイシュアとしてカード事業に参画すれば、これまで他社にもっていかれていた手数料収入の一部を自社に取り込むことが可能になる。言い方を変えれば、「Apple Payを本当の意味で“より美味しいビジネス”に転換できる」というわけだ。

今回のApple Cardのパートナーとして、アップルはゴールドマンサックスを選んだ。

投資銀行をはじめとする各種金融サービスで著名なゴールドマンサックスだが、2007年のリーマンショック以降はそれまで稼ぎ頭だった証券ビジネスが不振で、Wall Street Journalの報道によれば現在は全盛期の3分の2程度の規模まで落ち込んでいる。

また富裕層向けの資産運用サービスや融資サービスも限界があり、これまで同社が手薄だったリテールバンクと呼ばれる一般向け銀行サービス「Marcus by Goldman Sachs」を2016年に開始している。

「Marcus by Goldman Sachs」。

インターネットバンキングのサービスを提供する「Marcus by Goldman Sachs」。

Marcusは創業者であるMarcus Goldman氏の名前が由来だが、ATMや支店をもたないいわゆる「インターネットバンキング」の仕組みを採っている。利便性の面で既存の銀行に劣る反面、低コストで運用ができ、誰でも簡単にサービスの利用開始が行えるのが特徴だ。業界での評価は「Saving Account(日本でいう普通預金口座)」での利率が高い点で好評で、これと簡易ローンサービスを合わせて顧客を獲得している。

今回のアップルとの提携では、参入の遅さと支店を持たないゆえのプレゼンスの弱さをアップルのブランド力でカバーし、クレジットカード発行による新たなビジネス拡大を目指している。つまりアップルとゴールドマンサックスの双方にとって「アップルというブランドをいかにビジネス商材に転換するか」という視点で生まれたのがApple Cardだと、筆者はとらえる。

Apple Cardを機能面から検証する

Apple  Card

カード番号や有効期限などはカード券面には刻印されないため、カード情報そのものをオンライン決済などでは利用できない。

Apple Cardは、ゴールドマンサックスをイシュアとして、Mastercardのブランドを冠してサービスが提供される。Apple Payに登録した場合には、Mastercardのネットワークを通じて決済が行われる。年間のカード維持費が無料のほか、アメリカ国外で利用した場合に徴収されるサーチャージなども適用されず、実際の購入額を超えた徴収は行われないところに特徴がある。

またApple Pay同様にアップルはユーザーの利用動向に関知せず、イシュアのゴールドマンサックスで蓄積されるデータも外部には出さないことを明言した。この点の安全性が他のサービスと比較した際のセールスポイントとなる。

もう1つの特徴として、各ユーザーに発行されるチタニウム製の物理カードには利用者の名前とAppleロゴしか刻印されていない、というものがある。カード番号や有効期限、セキュリティコード(CVC)、サイン欄などは存在しないため、「カード番号が盗まれて悪用されにくく」なっている。

実際には内部的にカード番号等が割り振られており、その情報は内蔵のICチップに書き込まれているため、チップそのものをハッキングされない限りは安全だ。

Apple Payではもともとカード自身が持つ番号が相手に直に開示されない仕組みとなっているが、これをApple Cardでは物理カード上でも実現しているわけだ。物理カードは、リアル店舗において、非接触通信に対応しない決済端末で利用することになる。

一方でチタニウムのような金属カードは、電波を遮断する性質があるため、欧州などで一般的なNFC機能をカード上に実装することはできない。そのため、ロンドンのTfL(ロンドン市の交通局)が運用する交通サービスのように、非接触通信しか受け付けない端末では利用できず、Apple Payを利用する必要がある。

したがって、基本的にはApple Payをメインで利用し、それが使えない場面では物理カードという形で使い分けていくことになる。

Apple CardはGoldman Sachsがイシュアに、カードブランドはMastercardで提供される。

Apple CardはGoldman Sachsがイシュアに、カードブランドはMastercardで提供される。

分析:Apple Cardは「お得」なのか?

「Apple Cardそのものがお得か」という視点で同サービスを見たときはどうだろう。1~3%というキャッシュバックはお得のようにも思えるが、実際には同種の還元率を提示するサービスはアメリカでは数多存在する。だから、Apple Cardだけが特に魅力的というわけではない。

例えば下記は筆者が2019年2月末にBank of Americaから受け取ったDMだ。

筆者が2019年2月末にBank of Americaから受け取ったDM。

筆者が普段Apple Payで利用しているBank of AmericaからのDMも、Apple Card同様に1-3%の還元をうたうカードの契約を促している。

同社のカードではターゲットを指定して3%還元を利用できる。さすがに全カテゴリの買い物で2%を適用できるわけではないが、生活パターンによってはこちらのほうがお得というケースも多い。しかも、カード契約時に150米ドルのキャッシュバック特典まで、このDMでは提示されている。

以上を踏まえてApple Cardを現時点で得られる情報から評価すると「アップルファンのためのステータスカード」という側面が見えてくる。

前述のように、アップルからの買い物では必ず3%還元が受けられ、チタニウム製のAppleマークが刻印されたカードを利用できる。カードは当初発行枚数が限られ、しばらくの間は入手が比較的困難になるだろう。

ゆえに最初のころは「物理カードを持っていること自体がステータス」という状況になると予想する。アップルファンを自社ブランドのクレジットカードのエコシステムに取り込むための施策であり、その意味でアップルのサービス転換戦略を象徴する存在の1つといえる。

Apple Card

Apple Card

また別の側面として、いまだ普及の進まないApple Payのテコ入れ策であるという見方もある。

現在アメリカでは、同国で発行される銀行ATMカード(デビットカード)の大部分がApple Payに登録できるため、利用開始のハードルそのものはそれほど高くない。一方で、前述Squareが言うように、Apple Payを含む非接触決済のシェアは全カードトランザクションの1割程度にとどまっており、アメリカでのiPhoneシェアが3割超であることを考えると低い。

iPhoneを使って簡単に申し込めるApple Cardの仕組みを利用し、毎回必ず2%という還元率を提示することでさらなる利用を促すことは、長期的にApple Payの利用増へとつながる。アップル製品のヘビーユーザーの利用意欲を刺激しつつ、潜在需要の掘り起こしをしていくというのがApple Cardの当面の狙いではないだろうか。

編集部より:初出時、「Marcus by Goldman Sachs」の開始時期に誤りがありました。現在の表記が正しいものです。 2018年3月27日 20:35

(文・鈴木淳也)

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