テレビ朝日を退社する小川彩佳アナウンサー。番組の最終週に自ら選んだ企画は「#MeToo」だった。
出典:AbemaTV
3月末にテレビ朝日を退社する小川彩佳アナウンサー。
小川さんが「報道ステーション」から半年前に異動したのが、インターネットテレビ局のニュース番組「AbemaPrime」だ。
最後の出演週に自ら企画を立てて取材したのは、#MeTooに関する特集だった。
テレビ朝日の女性記者が財務省の福田淳一前事務次官からセクハラを受けたとされる問題が発覚して、もうすぐ1年。報道現場で働く女性として、小川さんが伝えたかったことは——。
50分間まるっと#MeToo特集
「AbemaPrime」3月27日の放送の特集は#MeToo。小川アナウンサーがこだわった企画だという。
撮影:竹下郁子
「AbemaPrime」はテレビ朝日とサイバーエージェントが出資して設立したインターネットテレビ「AbemaTV」で、月〜金に放送している2時間のニュース番組だ。小川アナウンサーは2018年10月から司会を務めている。番組は、日々のニュースと特集コーナーの2部構成。
2019年3月27日、約50分間の放送を通じて特集されたテーマは「#MeToo運動は日本社会を変えるのか?」だった。
きっかけとなったハリウッドでの動きから、「日本でもセクハラを受けたと告発する女性が急増している」と言い、田畑毅元自民党議員が元交際相手から酔って寝ている間に性的乱暴をし、裸をスマートフォンで盗撮したという疑いで刑事告訴されたこと、性的同意の大切さを伝える大学生らの団体の活動、報道写真誌『DAYS JAPAN』の編集長を務めていたフォトジャーナリストの広河隆一氏が性暴力の告発を受けた問題などを紹介。
住友商事は元社員の逮捕を受けて、被害者と就活中の学生へのお詫びをHPに掲載した。
GettyImages
また放送前日の26日、住友商事の元社員がOB訪問を受けた女子大学生を泥酔させて性的暴行を加えたとして、準強制性交などの疑いで逮捕されたことを受け、就活セクハラについても取り上げた。
この問題を繰り返し報じてきたBusiness Insider Japanの浜田敬子統括編集長も出演し「これは男性側の問題。企業はOB訪問を受ける男性社員を教育して欲しい。就活生にお酒を飲ませない、夜8時以降に会わない、1対1で会うなら会社でなどの対策も必要」と訴えた。
企画の発端は小川アナ
AbemaPrimeのキャスター就任の際、「7年半の間『報道ステーション』一本の私にとっては未知の世界へダイブするような心持ちです」と語った。
出典:サイバーエージェントHP、小川彩佳アナウンサーが「AbemaPrime」の司会を務めると発表した際の広報資料
実は、今回の#MeToo特集を「やりたい」と声を上げたのは小川アナウンサーだ。番組プロデューサーの郭晃彰さんは言う。
「これまで小川アナウンサーが担当していた報道ステーションでも財務省前事務次官のセクハラ問題については何度も取り上げていますし、彼女が半年前にAbemaPrimeを担当することになった後も、#MeTooなど女性にまつわること全般をしっかり取り上げたいという意思表示がありました」(郭さん)
同番組ではこれまでもデートレイプや男性への性暴力など、性被害の問題を繰り返し取り上げてきた。
小川アナウンサーは被害者の声を代弁する1人だった。
GettyImages/Nigel Killeen
2月に俳優の新井浩文被告が強制性交の疑いで逮捕され、予定されていた映画の公開が中止されたり、過去の出演ドラマが配信停止になったことなどを報じた際には、
「スタジオで『作品に罪はあるのか?』と、こうした動きに批判的な雰囲気になりました。そのときに小川アナウンサーが、『被害者の女性が彼の顔を見るのはつらいのではないか』という趣旨のことを言っていて。彼女のそういう視点が入ったのは議論としてすごく良かったと思ってます」(郭さん)
今回の#MeToo特集は、1カ月前から小川さんも交えて何度も打ち合わせを重ねてきたそうだ。
財務省で女性記者が取材しづらくなっている
財務省前事務次官のセクハラ問題以降、女性記者たちは苦しい取材状況に置かれていた。
出典:AbemaTV
前財務事務次官のセクハラが発覚してもうすぐ1年。
財務省を取材する側・される側で変化はあったのか? 番組が10年ほど財務省の取材をしているというルポライターの横田由美子さんに取材すると、以下のようなことが分かったという。
・官僚自らの保身のため、男女2人きりになる取材はNGとなった。
・女性記者が取材を申し込むと官僚は女性記者と2人きりにならないよう後輩らを同行させるようになり、その結果、女性記者は取材が難しくなった。
当時、麻生太郎財務大臣が「男の番(記者)に替えればいいだけじゃないか」「次官の番(記者)をみんな男にすれば解決する話なんだよ」(週刊新潮4月26日号より)と発言したことが批判を浴びたが、その通りになりつつあるようだ。
取材で見えた“女性記者が手に入れた武器”は
財務省の件以降、報道の現場で何が起きているか。小川アナウンサーは自身の取材を元に話した。
撮影:竹下郁子
そして小川さんは、自身が報道現場の女性記者複数人に聞き取りをした結果として、以下のように続けた。
「この事件が起きてから半年くらいはかなり取材が難しかったそうです。でも徐々にあった変化として、取材対象者の男性がセクハラ発言をしたときに『それはちょっとこのご時世セクハラですよ』と毅然と返す言葉が生まれたと。相手が政治家の場合は『そういう発言をすると今は票が減りますよ』という言い方が効果テキメンだったりするそうです。
ボキャブラリーが増えた、武器を手に入れたという意味では大きな変化につながっていくのかなと思いました」(小川さん)
また記者の中には「女性であることをある種、武器にして取材相手に食い込んでいくスタイルの取材をされる方も一定数いる」(小川さん)とした上で、
「1人1人があの事件をきっかけに、そしてこの#MeTooの流れを受けて、“取材をする際の佇まい”を自問自答しているという印象を受けました」(小川さん)
メディアの男性は「加害性」を自覚するように
テレビ朝日全体も変化している。
撮影:Business Insider Japan編集部
一方、前財務事務次官のセクハラ報道以降、変化があったのは報道現場で働く女性だけではないようだ。前出の郭さんは言う。
「男性も含めて、テレビ朝日社内全体の空気が変わったと思います。研修などハラスメントについて学ぶ機会が増えたこともありますが、(番組でジャーナリストの)堀潤さんが話していたように、ハラスメントにつながるようなカルチャーを温存してきた自分に気づきました。他のメディアでもそうだと思いますが、特にうちの会社の男性は意識するようになったと思います」(郭さん)
ハラスメントを生みやすい組織の空気作りに加担していなかったかと、自らの過去を問うジャーナリストの堀潤さん。
出典:AbemaTV
堀さんは、番組中で#MeTooの動きを受けた自身の変化をこう語っていた。
「会社員時代に飲み会で一気飲みを強要されて、『気合い見せます』とやってしまっていた。そういうカルチャーを組織に根付かせてきた、自分も(ハラスメントの)空気に加担していたと反省する部分があります」
変化の兆しは、確かにある。
#MeTooが勇気づけたものと報道への危機感
スタジオの外には小川アナウンサーの横断幕を用意して観覧する人たちも。
撮影:竹下郁子
#MeToo特集の最後を、小川さんはこう締めくくった。
「アメリカに住む友人は、男女が2人きりになるときに『このドア開けといた方がいい?閉めといた方がいい?』と男性が女性に聞くようになったと話していました。そこからコミュニケーションが生まれて、何がその人にとって快適で何がそうでないのか、会話の中でそれを認識していく作業が徐々に生まれて言ったと。
日本での#MeToo運動って欧米に比べて進んでないとよく言われますけど、必ずしも声を上げたり告発するという行動に移さなくても、『これっておかしいと思っていいんだ』とか『同じ思いの人がこれだけたくさんいるんだ』と思えただけで安心だと感じた女性は多いはず。男性もそうですよね。
こうした変化の兆しは、私は計り知れないものがあると思っています。でもこれはドラスティックに生まれるものではなく、2歩進んで1歩下がるを繰り返しながら。
それを考えると、今メディアで#MeTooの話をすることがどんどんなくなっていってるなと。 今回のように点検、検証を繰り返す作業が必要になってくると思います」
(文・竹下郁子)