エクボCEOの工藤慎一。サービスの原点は、炎天下の渋谷だった。
「荷物を預けたい人」と「荷物を預るスペースをもつお店」をつなぐシェアリングサービス「ecbo cloak(エクボクローク)」が、訪日外国人の増える東京オリンピック・パラリンピックを前に、注目を集めている。
17万人超と試算される「コインロッカー難民」を救うとして、全国1000店舗以上と提携。サッカーの本田圭佑氏も投資する期待のスタートアップだ。
ecbo(エクボ)代表取締役社長の工藤慎一(28)は、マカオ生まれの日本育ち。起業家一族のバックグラウンドにジャパニーズカルチャーをミックスさせ、唯一無二のサービスを武器にシェアサービスの最前線に立つ。
コインロッカー30万個不足という悲惨な事実
「僕たちの試算では1日に17万6000人のコインロッカー難民が全国にいて、ロッカー自体は30万個足りません。テクノロジーが進化しても、モノの保管はフォーカスされていない。ここにビジネスチャンスがあると確信したのです」
東京・渋谷のカフェで初めて会った工藤は、MacBookを開きながら、自らのビジネス「エクボクローク」について猛烈な勢いで話し始めた。
工藤は話すほどにアイデアが次々湧き出てくるようで、事業やビジョンについてぶっ通しで語り続ける。運ばれてきた料理がすっかり冷めても、口に運ぶ時間も惜しい様子だ。
スマホひとつで完結する、普遍的なインフラサービスを考え続けてきた。
エクボクロークは、スマホから事前予約して、店舗の遊休スペースに荷物を預けることができるサービス。金額はコインロッカーと同等の、大きさに応じて300円または600円。予約から決済までスマホで完結する。
2017年1月のサービス開始から、外国人観光客を中心に右肩上がりでユーザーや加盟店舗を拡大。JRはじめ、日本郵便、百貨店、飲食店やカラオケチェーンなどが導入し、荷物預かりインフラとしての存在感を日に日に増している。
店舗にしてみれば、空きスペースに荷物を預るだけで、利用料の数十%が入る仕組みだ。世界5カ国語対応でユーザーの7割が外国人のため、インバウンド顧客との接点を増やす意味でも、有力な手段になるという。
工藤は言う。
「スマホひとつで完結する普遍的なインフラサービスをつくろうと、ずっと模索していました」
炎天下の渋谷でさまよう40分間
観光客と渋谷でコインロッカーを探し回ったことが、エクボクローク誕生のきっかけとなった。
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「コインロッカーはどこにありますか」
2016年8月。エクボクロークの誕生は、炎天下の渋谷駅前で、工藤が香港からの観光客に話しかけられたことがきっかけだ。人でごった返すハチ公前近くのコインロッカーは、当然ながらすべて埋まっている。スーツケースをガラガラと引きずる2人連れの観光客と共に、工藤は汗だくで渋谷駅周辺のコインロッカーを40分間、探し回った。
「結局、渋谷駅地下に荷物預かりセンターがあったのですが、僕も知らなくて。これはロッカーがなくて困っている人が相当いるなと、ピンときました」
工藤は大学在学中にUber Japanの立ち上げ期のインターンを経験。そのころから「遊休資産スペースの活用」「モノの収納」といったキーワードでビジネスを立ち上げようと奔走していた。Uber退職後の2015年6月に、数人の友人とエクボを設立している。
工藤が「負の遺産」と呼ぶ、当初考案していた、荷物預かりサービスの収納ケース。
「負の遺産であり、エクボクロークの原点です」
東京・恵比寿にある現在のエクボのオフィスには、工藤がそう呼ぶ、エメラルドグリーンの収納ケースが積み上げられている。
これは当初、工藤が立ち上げた収納サービス「エクボストレージ」で、実際の荷物預かりに使っていたものだ。
しかし、収納ケースや倉庫を借り上げて、モノを預かるのは「運営のオペレーションコストはじめ設備投資におカネがかかりすぎる」という、資金面での難題に直面していた。
「渋谷で空き店舗を借りて、コインロッカー代わりに荷物預かりをやれば、確実にニーズはある。けれど、それでは渋谷止まりですし、資金もいる。もう一歩なにかがあるはずだと」
午前3時にビジネスモデルが降ってきた
スーツケースを転がして、雑踏の中をロッカーを探して歩く旅行客。お店がひしめく、渋谷の街並み。飲食店を手がけている友人は、有料広告で集客することに非効率性を感じている。インターン先のUberで目の当たりしてきた、ライドシェアという遊休資産を使うサービス ——。
考えながら眠りにつくと、
「午前3時でした。はっと目が覚めて、すべてがつながったのです。店舗の空きスペースに荷物を預ける、スマホ完結のクロークをつくればいいのだと」
工藤は、目を輝かせてひらめきの瞬間を振り返る。
その様子は、あたかも遊びに夢中の子どものようでもありながら、工藤が話すそこから先の展開は、商機をもぎ取る起業家らしいスピードに満ちている。
最初の顧客の忘れられない3000円
1日あたり17万人超と試算される、コインロッカー難民。東京五輪では、一体、どうなるのか。
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「倉庫での収納サービスを止めて、店舗の遊休スペースを使うエクボクロークに一点集中すると、メンバーに伝えました。社員は気でも狂ったのかと呆れていました。でも、洗脳するのみです(笑)」
必ずスケールする。説得の上、工藤を入れた3人で渋谷の店舗に一軒一軒、飛び込み営業を続けた。
「数十万人の旅行客が荷物の預け先を探してさまよっている。これを解決したい。店舗の空きスペースを提供してもらえませんか。必ず顧客を増やすので、長く付き合ってほしい」
当初はQRコードで読み取れる、簡易アプリのチラシを作成。民泊をやっている友達に頼み込んで、宿泊客に配ってもらった。
最初の顧客は忘れもしない。台湾人旅行客で、預かり料1個500円(当時)の手荷物を3つ、2日間預けてくれた。
「感動しました。3000円ですよ。すごくないですか」
その後、2018年2月にはJR東日本やメルカリ、8月には本田圭佑氏の個人ファンドから資金調達を果たす。立ち上げから2年、エクボクロークが回転しだすスピードは、早かった。
起業家一族のビジネス英才教育とは
起業家一族のDNAは、息づいている。しかし、さらに磨きをかけたのは少年時代だ。
中華系の両親をもち、マカオ生まれの工藤は「お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも親戚一同が経営者」という、起業家一族のもとに育った。
両親はもとより一族、いわば中国そのものが「とにかく起業は歓迎、いいね!という価値観」(工藤)。6歳の時にアジアの最先端を学びに行くという意味もあり、日本に移り住んだ。身寄りのある日本に母親とともに移り住んだ。父親の住む中国を毎年訪れるなど、定期的に日中間を行き来して育つことになる。
「最初の資金調達は父からでした」
1990年生まれの工藤が小学生のころは、日本のゲームやおもちゃは中国で希少かつ人気を博していた。しかしせがんだところで、買ってくれるような父ではない。
「何に使うのか、なぜそれが必要なのか。プレゼンする必要がありました」
小学3年生の工藤は、日本で買った「遊☆戯☆王」のカードを中国で売ろうと考える。そうしてお金を増やせば、元手ができて、もっとたくさんのカードを買える。
父親はこれには賛成し、1万円を“出資”してくれた。そうして大量の遊戯王カードを中国・広州のカードショップで売りさばいた工藤だが、ここで印象的な体験をする。
「最初はお金欲しさでやったのですが、カードショップの人とカードを買った人に本当に喜ばれた。この行動は感謝されるのだなと、はっとしました」
夏休みに14万円を稼ぎ、父親には1万円を増やして返した。
「これが僕の最初のビジネスでした」
工藤はその後も、日本製品の“個人輸入”を続けるが、中国経済の成長に伴い、カードは売れなくなっていく。
やがて、休暇のたびに訪れる中国の電気街のショーケースに並ぶ携帯電話が、日本製品からiPhone一色に塗り替わるのを眺めて、「日本の時代が終わりそうだな」と実感する。
すでに見えている未来
そうして育った工藤の照準は、最初から世界だ。2025年には人口密度の高い大都市を中心に、世界500都市への展開を宣言している。
深夜3時にエクボクロークをひらめいた時点で、工藤は「世界進出する、10年先、20年先が見えた」という。その鮮やかなイメージに、工藤は感動のあまり思わず泣いた。
「モノの所有は原始時代から人類について回っているが、エクボクロークの世界観は他にはない。僕らが一番最初です。そこには人類の未来がある」
その言葉は、確信に満ちている。(敬称略)
(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)
工藤慎一:1990年生まれ マカオ出身 日本大学卒。Uber Japanを経て、2015年、ecbo(エクボ)を設立。2017年、カフェや美容室、郵便局など多種多様な店舗の空きスペースを荷物の一時預かり所にする世界初のシェアリングサービス「ecbo cloak(エクボクローク)」の運営を開始。ベンチャー企業の登竜門『IVS Launch Pad 2017 Fall』で優勝。