辞書なのに爆売れ。異例のヒット・カープ仕様国語辞典をつくった出版社員たちの辞書愛

3月29日に開幕したプロ野球。

セ・リーグでは広島東洋カープが4連覇を狙う。そんなカープに、ファン感激の異色の国語辞典が出版された。

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三省堂が3月4日に発売した「三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様」。用例などにカープファンの想いが滲み出ている。

撮影:大塚淳史

三省堂が3月4日に発売した「三省堂国語辞典 第七版 広島東洋カープ仕様」(税込3240円)だ。初回出荷は2万部だが、売れ行きは好調だという。

実は三省堂、2018年には阪神タイガース仕様版を発売し、国語辞典としては異例のヒットとなっている。三省堂はなぜ国語辞典で、タイガース仕様やカープ仕様を製作したのか。そこには紙の辞典への思いがあった。

「辞書がこんなに売れることはない」

表紙にカープのマスコットキャラクター「カープ坊や」が描かれている国語辞典。発売後から広島県内の書店では異例の売れ行きだという。1915年(大正4年)創業の老舗書店「廣文館」。広島県内に16店舗、県外に2店舗があるが、担当者はこう話す。

「当初の予想より反応が良いです。発売直後からペースが落ちていません。普段、辞書を買われない方も買っていた。入学シーズンということもあり、お孫さんに買われる方もいます。辞書がこんなに売れることはまずありません。入学の時期に学校用品として売れたりはしますが、店頭でこれほど多く売れることはありません」

発売元の三省堂販売宣伝課の佐藤洋一さんも喜ぶ。

「広島を中心に配本しましたが、広島県内ではすでに売り上げ率は69%を達成しました。辞典は単行本と違い、少しずつ売れ、何年かかけて売れる。だから発売1カ月足らずで、県内約70%、全国で40%というのは異例です」

辞書という制約の中でのカープ例文

カープ辞書

球場といえば「由宇球場」。

撮影:大塚淳史

今回の広島東洋カープ仕様版と普通版の違いは用例の部分。

例えば、【こい「(鯉)」】の項目。普通版の説明【池などに飼う大きなさかな。ゆうゆうとおよぐ。食用または観賞用。】の後に、赤字で【広島東洋カープのこと。「−、今年もダントツ・−党(トウ)】と紹介している。【たる(樽)】の項目では、【酒・しょうゆなどを入れておく、ふたのある大形の入れもの。】という説明の後に、赤字で【「カープを救った−募金(ボキン)」と、カープファンなら思わずニヤリとする例文が。

一方で、国語辞典の本来の趣旨から離れないように気を配ったという。

「国語辞典として必要な部分は変えないようにしました。普通版には8万2000項目が入っていますが、一言一句を動かさず、例文や項目を動かさずに、ページがずれないという制約の中で作りました。辞書自体がもともとかなり精密に作られているので、(例文や項目を)動かせませんでした」(佐藤さん)

カープ仕様の例文や用例はもともとあったものの字数の範囲内、という制約の中での苦労の賜物なのだ。

こんな事情もあり、「カープ女子」「神ってる」「タナキクマル」といった、ここ数年生まれたカープ発の流行語は、残念ながら項目には掲載されていない。ただ、用例ではカープファンなら誰もがレジェンドと認める選手名を使った文が掲載されたり、カープの歴史の一場面を用いた文が用例として掲載されている。

カープ仕様のために追加された箇所数は、「お客様に探す楽しみ、自分で見つけて発見して喜びを味わって欲しいので非公表」(佐藤さん)だという。

「他社とは違った切り口を」

書店

電子辞書に押されがちな紙の辞書。だが出版社は紙の良さを知って欲しいという想いから、タイガース版、カープ版の辞書を作った。

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そもそもなぜ三省堂は国語辞典でタイガース仕様版、カープ仕様版を作ろうと思い立ったか。そこには、紙の辞書の良さを再認識してもらいという願いがあった。出版不況と言われて久しいが、紙の辞書は単行本より早い段階で電子化が進んでいた。

同時に、子どもの数が減ってスクールマーケットも縮小し、紙の辞書の売り上げ部数は減少が続く。

全国出版協会・出版科学研究所によると、2018年の国語辞典、英和辞典、和英辞典など辞書の新刊発行部数は推計で、96万部。1983年の343万部から大きく減っている。

辞書を発行する各社は近年、なんとか紙の辞書に親しんでもらいたいと、ミッキーマウス、ドラえもん、くまモンといったキャラクターとコラボした国語辞典や英和・和英辞典を出版。こういった努力で紙への関心をつなぎとめている。その中で三省堂がプロ野球のチームを選んだのはなぜか。

「他社と違ったこと、もっと違う切り口ができないかと考えたときに、生活の中で一番重要な趣味はなんだろうか、と。それはスポーツだろうと。スポーツだったら野球だろうとなりました」(佐藤さん)

そこでまずは熱狂的なファンが多いことで知られるタイガース版で、と営業部からアイデアが出た。同社の編集トップの取締役が阪神ファンだったこともあり、「それは良い!俺がやる!」と自ら陣頭に立ち、直に球団と交渉して出版にこぎつけた。そして、2018年3月に発売されたタイガース版は、辞書としては異例の4万部を記録した。

カープ

2018年は4月24日以降一度も首位を譲ることなく独走し、リーグ3連覇を果たした広島東洋カープ。クライマックスシリーズでは、リーグ3位の巨人を相手に見事3連勝し、2年ぶりの日本シリーズ進出を果たした。

広島東洋カープ公式サイトより

当然の流れで第2弾という話にもなり、同時にまた他球団のファンからの要望もかなりあった。そこで次は今一番勢いに乗っている広島カープで作ろうとなった。

しかし、第1弾で陣頭指揮を取った取締役は熱烈阪神ファン。もう一人担当者を置いたものの、広島ファンではなかった。会社の一大プロジェクト、カープに思い入れが特にない人間が作ってもファンたちには見抜かれる。なんとかしなくては、と社内にいるカープファンを選抜した。

社員数159人の会社に5人の強烈なカープファンがいたことがわかり、その中から本社にいる4人にプロジェクトに加わってもらった。それぞれ教科書部門、営業部門、管理部門と部署はバラバラだったが、内容の原案を考えてもらったという。だからこそ、ファン納得の、熱い用例や例文が出来上がったのだと。

佐藤さんは紙の辞書の良さをこう話す。

「紙と電子媒体のそれぞれのメリット、デメリットがあります。紙はパッと見た時に、探していた項目以外にも、いろいろな項目が目に入ってきます。言葉が関連して広がっていく。紙だとパラパラめくって読むという使い方もできる。読む、言葉に出合う、言葉を探求していく道具。原点としての紙を大事にしたい」

少しでも多くの人に、紙の辞書を手に取ってもらい、楽しんでもらいたい。国語辞典カープ仕様には、そんな思いも込められている。

(文・大塚淳史)


大塚淳史:スポーツ報知(報知新聞社)で運動部や文化社会部などを経て退職、中国・上海へ。約5年間在住。現地の日本語フリーペーパー、中国メディアの日本語版、繊維業界紙上海支局で働いた後に帰国。日刊工業新聞を経て、フリーランスに。週刊朝日、AERAdot.(アエラドット)などで執筆。

編集部より:初出時、一部を三省堂書店としておりましたが、正しくは三省堂です。お詫びして訂正致します。 2019年4月1日 17:50

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