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アドビの最先端研究デモ「スニークス」で見た“AI×マーケティングの未来”【Adobe Summit 2019】

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米ラスベガスで開催中のデジタルマーケティングの年次イベント「Adobe Summit 2019」。アドビのパートナーや顧客向けの年次イベントにはクリエイティブ系の「Adobe MAX」というイベントもあるが、両方のイベントで行われる催しが「Sneaks(スニークス)」と呼ぶ、エンジニアが研究・開発中の最先端機能の先行披露セッションだ。

これはアドビのエンジニア文化の象徴のようなもので、6割ほどの機能は、その後何らかの形で実際のアプリやサービスに実装される可能性が高いと言われている。

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Twitterで行われたリアルタイムの参加者投票の結果。上から2番目のDataUnboundが圧倒的な得票になった。

登場した7つのスニークの傾向は、「AIを使って人をサポートすること」、そしてサミットで一般公開が発表された「Experience Platform」を効率的に活用することが共通している。

荒削りながら、基本的にアドビのサービスやプロダクトの技術を深掘りしたものであることが多いため、「アドビのテクノロジーの未来」という意味でも「次の流行は何か」を見る上でも、基調講演とはひと味違ったステージになっている。

音声操作でイイ感じの画像を探す「PhonicFilters」

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自然言語によるAIエージェントとの対話で画像を探せるサービス。自然言語認識技術と、写真の被写体が何かを推論するマシンビジョンのAI技術を使っている。単に音声で特定の写真を検索できるだけでなく、自然言語のニュアンスも理解している点がユニークだ。

例えば、「チキンの写真を探して」くらいは普通として、「もっと火が通ったものを」「チキンとポテトの写真」といった指示でも、ほしい写真を探してくれる。「もっと火が通ったものを」でちゃんと焼け目のついたチキンの写真が大量に表示されたときには、会場がドッと沸いた。

このほか、フォトショップを使った画像編集のように、背景を切り抜いて合成するような作業も音声操作でできる。

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音声操作で、カップルの写真と、「サンフランシスコの夕暮れ」を探し出し……。

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「サンプルを合成して」で自動的に背景を切り抜いて、サンフランシスコの写真とカップルが合成された。

口語体レベルの自然言語でAIにこういう作業を指示できると、人間のアシスタントに指示して作業してもらうのと同程度の手軽さになる。自分は別の作業を進めつつの「ながら指示」的な使い方もできそうだ。

グラフの分析レポート文をAIが一瞬で生成する「DataUnbound」

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Webやデジタルマーケティングの世界でいま大量に増えているのが、実施した施策の結果を取りまとめ、報告するレポーティングの作業だ。

データの読み解きそのものはクリエイティブな作業だが、それをレポートに落とし込んでいくことは、限りなく面倒なルーチン作業になりがちだ。

そこで「DataUnbound」(データをときほぐす)では、Adobe Senseiを使って、生成したグラフの内容を理解して、自動的にグラフの説明文(キャプション)を生成できるようにした。

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PowerPointにグラフを埋め込んだところ。キャプション部分はSenseiが自動生成している。

OpenData Linkの仕組みを使うことで、PowerPointやPower BIといった外部ツールに、そのままビジュアル化されたデータをペーストすることができる。スクリーンショットとって貼り付けるような作業は不要なのだ。

グラフ分析の精度や文章の自然さがどの程度、汎用性があるのかは気になるところだが、Adobe Summitはマーケターが数多く参加するイベントだけに、会場での注目度はひときわ高かった。ツイッターハッシュタグを使った参加者投票では、圧倒的な1位になっていた。

AIが顧客情報から「解約予備軍」発見、対策提案する「Journey Genius」

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Adobe Analyticsに実装されたユーザーの行動分析(カスタマージャーニー分析)のグラフ。緑の○はロイヤリティーの高いユーザーで、グレーの○は解約する可能性が高いと判定された一群。運営側から何もアクションを起こさなければ、更新率は56%と推定。

サブスクリプション型のサービスは、言い換えればロイヤルカスタマー(優良顧客)をいかに増やすかというビジネスだ。そこで、AIに会員の行動履歴などを分析させて「どの人が更新しそうで、どの人がやめそうか」を見極めようというのがこのスニークだ。

最新のAdobe Experience Cloud上で動くAdobe Analyticsと連携して動作し、制作にあたってはアドビのマーケティングチームとともに開発した。

Adobe Analytisを使って模擬データを分析させてみると、来月期限を迎える会員の更新率予想は56%と出た。何もアクションしなければ半数以上が解約してしまう計算だ。

しかし、実際に「どの程度やめそうか」「なぜやめそうか」の背景には濃淡がある。

単純に起動回数や利用率が下がっているのはわかりやすいが、「使い方のハウツーをほしがっている」や「一見ロイヤルカスタマーに見える群だが一部解約しそうだ」というものは見つけにくい。

デモケースでは、AIが解約予備軍の半分は行動履歴などから「ハウツーを必要としている」と判断した。

こうした人に対してどんな対策が効果的なのかも、AIがサジェストしてくれる。デモではこの半分の解約予備群に対して、「困りごとを解決するようなメール」を送ることで、更新率を56%から60%まで4ポイント改善させた。

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残り半分の解約予備軍には別のアクション、「有効期限を延長するメール」を送った。すると、こちらの群も更新率予想が70%に上がった。

相手の状況を分析して、それに合った対策をすることはコスト的にも有効だ。例えば、全員に対して「有効期限を延ばす」アクションを闇雲に実施したら、実質的に収益が減少する。減少分はすなわち「コスト」だ。

分析ツールの力で根本原因の「なぜ」を把握し、それに応じた打ち手の意思決定をAIがサポートする。このスニークは、データ分析の省力化が必要なこの手のサービスとして非常にシンプルで、ちゃんと機能すれば有益な解といえる。

契約書の内容を比較・検討するAI「IntelligentAgent」

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B2B(法人取引)の商品やサービスを購入する側が、より良い体験を得られるかをコンセプトにしたスニーク。B2B取引では、引っ越しやシステムの入れ替えといった「特定の業者やサービスにこだわらなくてもいい」購入が数多く発生する。

そのとき問題なのは、「以前と今回で、どこがどれくらい違うのか」「どっちが高い(安い)のか」という点だ。

「IntelligentAgent」は、まさにこういうときにエージェントとして働いてくれるAIだ。

PDFで送られてきた見積もりをアドビのアクロバットリーダーで開く。同リーダーの中には「インテリジェントリーダー」という機能があり、その一部としてIntelligentAgentが動作している。

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アプリに音声で直接、「以前のベンダーよりいくら高いの?」と問いかけると、過去の取引履歴を洗い直し、即座に同様の取引をDocument Cloudから探し出し、内容を分析して教えてくれる。

デモの場合、「以前の取引は2010年で、今の見積もりはそのときより4万ドル高い」というものだった。アドビはデジタルサイン(Adobe Sign)のサービスも展開しているため、この金額感に納得できれば、そのままアクロバット上でサインして、意思決定を完了できる。

この技術は、動作のバックグラウンドにも興味深い部分がある。見積もりに関する音声指示の理解は、長年のパートナーであるマイクロソフトの「Speech to Text」という機能で認識している。

さらに、「いくら高いのか?」の指示を受けたAIは、

  • 過去の同様の取引の契約書を探す
  • ディープラーニングを使ったテキスト解析で2つの書類を比較する
  • グラフのような理解しやすい形にビジュアライズして見せる

という複雑な工程を一瞬で実行している。他のスニークでも似た傾向があるが、要するにアシスタントにお願いしていたような雑用を、AIがすぐに分析してやってくれる。AIは疲れないし、文句も言わない。ちゃんと意図通りに動く限りにおいては正確、というわけだ。

ARコンテンツもパーソナライズ、ノンプログラマーでもOK「AugmentedOffers」

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購入オファーの背景には(少しわかりづらいが)3Dオブジェクトのクッキーが見える。AR空間に表示された商品をぐるぐるまわして眺めて、気に入ったらクーポンをApple Walletに保存する、という流れだ。

ARをマーケティングに使おうという試みは増えているが、使い手のマーケター側が「コンテンツ生成」するのが難しいというのは、昨今よく指摘される課題だ。

「AugmentedOffers」では、Experience CloudとアドビのAI、Senseiを使って、マーケター自身が、ユーザーごとにパーソナライズしたARコンテンツを簡単に提供できるようにし、その効果測定も追えるようにしたスニークだ。

動作としては、ユーザーの位置情報をベースに、個人の属性に合わせて専用のARアプリに起動を促すオファーを特定のユーザーに対して行い、その人が好みそうな「お買い得クーポン」などを見せるというものだ。

ユーザーが気に入れば、Apple Walletに割引チケットが入り、それを使って決済するとお得に入手できる。

この仕組みを実現する裏側には、買収したMagento Commerce Cloud(Experience Cloudの1つ)が使われている。デモでは、ジョン・F・ケネディ国際空港(ニューヨーク)内の店舗で実施したと仮定して、ツール上の地図からAR空間に埋め込む「位置」や、AR空間に表示する「3Dオブジェクト」も指定してみせた。

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Magento Commerce Cloudを使ってコンテンツを出す相手や場所、オブジェクトを設計する。

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キャンペーンの分析も行える。

Magento Commerce Cloudの機能を使うことで、同じ傾向をもつユーザーセグメントの人たちに、どういうクーポンの効果が高かったか、なども分析できる。

Slackを“クリエイティブ”に使う方法「ExpertAssist」

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外部サービス連携の高さでエンジニアに愛されるSlack。AIが十分に賢くなれば、Slackだけで話し合って、簡単なクリエイティブ作業は完結できる……かもしれない。

バナーなどの広告クリエイティブの制作と並んで、メルマガなどテキストベースのマーケティング施策は、手間もかかるし、タイトルの良し悪しで大きく成果が変わってくる。

そこで、コラボレーションツールのSlackにAIのSenseiを参加させて、相談相手とクリエイティブ作業のアシスタントをさせようというのが「ExpertAssist」だ。

メールオファーを作るには、まず「メールを開いてもらえそうなタイトル」を考えなくてはいけない。

Slack上でタイトル案をまとめたら、それをコマンドでSenseiに見せる。すると、Senseiが過去のデータからどの程度使い物になるタイトルなのかを判断し、瞬時にSlackチャンネル上に返してくれる。

今回選んだ「HOLY SHIT AMAZING CONCERT!!!!!」(すげえ素晴らしいコンサート!!!!!)は、13.47%の開封率になると予想した。

さらに、メールマーケティングの作業には、本文冒頭に入る画像のクリエイティブをつくる必要がある。キャッチコピーを画像にのせ、画像サイズも複数の画面サイズに合わせた矩形で作った方がいい。この作業にもSenseiが活用される。

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自然言語での指定ではないが、簡単なコマンドをSlack上で発言すると、いろいろな画面サイズに合わせた画像を、キャッチコピーを合成した上で自動生成してくれる。

本文向けの画像をSlackに投稿して、キャッチコピーを指定すると、画像の内容をSenseiが分析。画像のどの部分にキャッチコピーを入れるのが適切かを判断して、複数の画面サイズに合わせた画像生成を瞬時に行う。

Slackを使ったアイデア出しの過程で、制作作業も兼ねられれば、見えない仕事がまた1つ減る。人間はその分、本当にクリエイティブな作業に時間を割けるということになる。

デジマの分析ツールを自動車の課題解決に使う「CarSmarts」

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スマホアプリの運営側に立つと眺めなければならないダッシュボード。こうした地検を自動車産業に活かせる可能性がある。

デモ最後のスニークは、自動車産業に関連するもの。自動車のブランドを対象に「販売後のネガティブな体験は減らせる」というコンセプトでつくられている。

ユニークなのは、技術のベースが従来のアプリ分野のカスタマージャーニー分析に使っていたテクノロジーを応用しているということだ。

自動車には故障に関するさまざまな「兆候」があり、それを分析できれば、実際に故障する前に「そろそろココが壊れそうだ」と伝えられるはず。そうすれば、出先で立ち往生するといった最悪の体験を減らせるというものだ。

デモでは自動車メーカーなどが提供する想定のアプリを披露した。

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本物の自動車では試せないので、ステージに設置したハンドルコントローラーのレーシングゲームでデモ。各種挙動データがアプリに取り込まれる。

車の燃料消費などの情報を記録するアプリで、ユーザーから見ると、自分の運転履歴や旅行の記録になるようなものだ。

言うまでもないが、最近の自動車はほとんどコンピューター化されているので、IoT的に情報を取得させるのはそれほど難しくはない。

CarSmartsのポイントは、取得したデータをスマホのローカルではなく、すべてクラウド上に記録すること。さらに、データ分析には、アドビのAnalysis WorkspaceとCustomer AIといった既存の汎用ソリューションを使う。

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バッテリーが故障する可能性をダッシュボードで分析したもの。

収集したビッグデータを分析して、特定の症状が発生するときの特徴をつかむ —— これは自動車でもアプリの分析でも変わりがない。したがって分析するAIやツールも既存のものが使える、という提案は技術の応用可能性の点でおもしろい。

また自動車からこの種のデータ取得をする手段が増えれば、自動車メーカー「以外」の開発者や企業がこうしたビッグデータ解析をベースにしたビジネスを作り出すことも考えられそうだ。

(文、写真・伊藤有)

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