日本は低成長時代に突入したと言われるように、「バリバリ働き、バリバリ稼ぐ」という、これまで当たり前だった価値観に疑問を抱く人が増えているのではないでしょうか。経済成長を前提とした資本主義の考え方に異を唱え、それに代わる新たな豊かさの指標の必要性を説く声も聞かれます。
そんな中、「バリバリ働き、稼ぐのは別に問題ない。ただし、稼ぎ方にこだわろうという話なんだと思うんです」と話すのが、神奈川県・鎌倉に本拠地を構える面白法人カヤックの代表取締役CEO・柳澤大輔さんです。
柳澤さんは、行き過ぎた資本主義が世界にもたらした歪み……富の格差の拡大や地球環境汚染は認めつつも、資本主義それ自体を否定するのではなく、新たにルールを設けることで、人びとがまた “豊かさ” を感じられるようになるのではないか、という立場をとります。
そのルールとして、柳澤さんは、地域資本を豊かさの指標とする資本主義=「地域資本主義」を提案。地域の経済資本(財源や生産性)に加えて、環境資本(自然や文化)そして、社会資本(人のつながり)をバランスよく増やしていくことが人の幸せにつながるのでは、という持論に基づき、それを具体的に実現していくためのブロックチェーンを活用した仕組みも構想中です。
経営に「面白さ」を持ち込むユニークなアプローチをとりながら、社員300人を抱える上場企業として成長を追い求めてきたカヤックのあり方は、まさに「稼ぎ方にこだわって稼いできた」歩みと言えるでしょう。
なぜ、地域を中心に考えることが資本主義の抱える課題の解決につながるのか、それが人を幸せにし、私たちの人生を豊かにするとはどういうことか、柳澤さんにお話を伺いました。
面白法人カヤック 代表取締役CEO
1998年、面白法人カヤック設立。鎌倉に本社を置き、ゲームアプリ、各種キャンペーンアプリやWebサイトなどのコンテンツを数多く発信。さまざまなWeb広告賞で審査員をつとめる。ユニークな人事制度やワークスタイルなど新しい会社のスタイルに挑戦中。2018年11月、地域から新たな資本主義を考える『鎌倉資本主義』を上梓。
今までどおり稼いでOK。ただし、稼ぎ方にこだわろう
——資本主義の限界を指摘し、それに代わる新たな豊かさの指標の必要性を説く声が多く聞かれます。そんな中にあって、柳澤さんのスタンスは少し異なるように見えます。
そうですね。僕は「資本主義を否定しない」というスタイルから入っているので。なぜって、会社ってそもそもお金を稼いで成長するための生き物だし、お金を稼いで成長すること自体、楽しいことでもあるので。一つのビジョンの下に集い、みんなで一緒になって大きなことをやっていくというのは達成感があるし、面白いことだと思うんです。
でも、それが行き着くところまで行った結果、富の格差の拡大や地球環境汚染の問題が起きている。物質的な豊かさを求めることと幸福度が必ずしもリンクしなくなっていて、その違和感をみんなが感じ始めているじゃないですか。無理やり稼ごうとして無茶な稼ぎ方をすると、環境破壊につながったり、人のつながりのような目に見えない大事なものが壊れてしまって不幸になる。だから、その稼ぎ方にこだわりましょうってことなんだと思うんです。
じゃあ、人のつながりのような目に見えないものを可視化するために、それもお金に換算してしまえばいいのかというと、それはおそらく違う。今まで面と向かって「ありがとう」と言われるから気持ちがよかったものを、「その『ありがとう』は200円」とか値付けされると、なんとも力学が変わってしまう気がします。
稼ぎ方にこだわるなら、今すでに経済活動として普通に回っているお金に着目して、いいお金の稼ぎ方や使い方を後押しする仕組みを考えたほうがいいのかなと。ひとくちに「お金」と言っても、放っておいて利子で増えたお金と、誰かに「ありがとう」と言われて直接手渡されて増えるお金とでは、毛色が違うから。
地域には顔の見える形での取引が東京など都会と比べて結構多いから、そこから新たなルールをスタートすればいいんじゃないか、というのが著書『鎌倉資本主義』で着地として言いたいことでもあるのです。
じゃあ、具体的にどうやってこだわりのある稼ぎ方を促進するかというと、会社が報酬の一部を、社会資本(人のつながり)を増やすような使い方「しかできない」通貨で支払えばいい。そうやって使い方が限定された通貨の流通量が増えれば、自然とその価値観が新しい軸になるんじゃないかと。
——地域通貨を導入することで、目に見える関係性の中で行われるやりとりを増やそうということ?
まあ、地域通貨といえば地域通貨ですよね。ただ、これまでの地域通貨は、おそらくそれでやりとりをすることで人のつながりは増えているんだけれど、今ひとつ見えにくかったじゃないですか。だからそこにテクノロジーを入れることで、お金の使い方を限定して、人のつながりを可視化して、ということをもう少しきちんと、面白くやろうということです。
難しいのは、「この行いは社会資本を増やしています」「これは増やしていませんよ」というのを “お上” が決めると、それはイマドキじゃない。インターネット的に自浄作用が働いて、本当に社会資本を増やすような取引が促進されて、生き残っていくみたいな設計にしないといけない。今はそのあたりで頭を悩ませながら、実際に地域通貨のアプリを作っているところです。
右脳と左脳、どちらで考えても「地域」に答えがあった
——行き過ぎた資本主義に縛りを加えることでバランスを是正するというのはよく分かります。その縛りがなぜ「地域」なのか、そうやって地域にこだわって働くことがどうして人の幸せにつながるのか、もう少し詳しく伺えますか?
資本主義の限界と言われるようになったのは、今までは「GDP」という指標を追いかけて成長していたものが、そのひずみが現れてきたからですよね。じゃあ、GDPに代わる、あるいは補足する指標のヒントはどこにあるだろうか、どうやら地域にあるらしいぞというのは、どちらかというと、僕の直感、右脳的な感じ方です。
カヤックでは、「面白さ」=「多様性」だと考えてきました。多様性が認められ、一人ひとりが違い、1社1社がユニークである企業社会、地域ごとに特色がある地域社会…… それこそが面白い社会であり、人は社会をより面白くするために進化してきた、と信じています。だから、会社も東京一極集中ではなく、あえて地方に居を構えているわけです。
でも、この「なんとなく地域が面白い」というのは、今多くの人が直感的に感じていることなんじゃないでしょうか。
——そうかもしれません。それこそ右肩上がりに成長していた時代は、価値観が一つしかなくても受け入れられたけれど、それがどうも信じられなくなってきたから……。
「幸福学」の研究では、会社や家族に加えて、弱く多様なつながりを多く持つことが、幸福度につながるというものがあるそうです。それは、例えば地域コミュニティかもしれません。自分ゴト化して仕事をすればより面白くなるように、自分の住んでいる地域についても自分ゴト化すれば毎日が確実に面白くなる。それは、うちのメンバーを見ていても、間違いなく言えることだと思います。
一方で、ロジカル、左脳的に考えると、資本主義を否定しないというのは、上場企業であるわれわれ自身を否定しないということでもあります。
現状、上場企業の多くは東京・大阪に集中しています。鎌倉市内で言えば、われわれ1社だけ。だけど、テクノロジーが進化すれば、例えば農業にしても、これまでは都市部への長距離輸送を前提に、都会で売るモデルしかなかったのが、地方で作ってインターネットで販売することも簡単になっているわけですよね。大都市に会社がなければいけない理由は、少しずつ薄れている。
僕たちは、市民の方たちに株主になっていただけたらと思ってずっとやってきました。会社が成長して地域が活性化したなら、そのぶん還元できる仕組みになりますし、同時に市民が監査役のような役割を果たすことになれば、おのずと経営のガバナンスにつながる。地元の環境を破壊して自分たちだけが儲かればいいみたいな稼ぎ方というのはできなくなる。
日本には数百年続くファミリービジネスも多いですが、そうした仕組みは昔からあったと思うんですね。企業と地域が密接につながり、地域資本が企業の強みになり、企業の成長が地域を活性化して、住民の幸福度が上がるような三方よしの循環が。そういう価値観の大事さが再び注目されているのかなと。
右脳で考えても、左脳で考えても、どうやら地域に可能性がありそうだと気づいたんです。
「古民家 Make Room」
ルールをアップデートすれば、ゲームはまだまだ楽しめる
——自分の住む地域を自分ゴト化することは、楽しく毎日を過ごすことにつながるし、お互いに顔の見える関係だから「自分だけよければいい」という発想も起こりにくくなる。そういう関係性を著書の中では「仲良し」と表現されています。それでも経済的な成長が成立するというのは、地域の外側との競争に勝って、資本がその地域に流入するから、とは言えないでしょうか……?
そこはすごく難しいし、本質的な問いなんですけど、以前「カマコン」という鎌倉の地域活動の中で、地元の経営者同士がお互いの事業計画を発表する場をもうけた結果、そこで何が起きたかというと、「そっちがそれをやるなら、おれたちはこれをやる」という「すみ分け」だったんです。
カマコンでの活動
じゃあ、地域を一歩出たら競争が始まるのかというと、鎌倉の中でやっていたことと同じ構造を、今度は県に当てはめ、日本に当てはめ、さらには世界に当てはめて……ということはできるはず。だから、最終的にどこかで競争が起こってしまうのではなく、地域がそれぞれ多様な価値を出して、相互に助け合うことはできるんじゃないかな。
ただ、ビジネスの観点で考えた時に難しいのは、「競争相手を潰す」という選択肢がある会社とない会社で、どちらが強いかとなったら、短期的には前者のほうが強いかもしれない。でもそれが継続するかというと、必ずしもそうではない。だから、結局、ルールの話なんですよね。競争は競争であってもいいんですけど、えげつないことはやらないようにしよう、という。
——その新しいルールが働きやすいのが、お互いに顔の見える地方だから、まずはそこから始めよう、と。
そう。そういう感覚で地方で活動している人が、じゃあ「うちの地域さえよければ、それでいい」となるかと言えば、そうはならない。鎌倉の人たちも、「鎌倉のために」って発信した時に、それが同時に世界のためにもなっていることじゃないと、みんな乗ってくれないんです。「おらが町のために」なんだけど、「他の地域を蹴落としてでも自分たちのために」では、誰も乗ってくれない。
今の若い人たちも、「自分だけよければいい」って感覚ではないですよね。「日本さえよければいい」なんて思ってない。やっぱり社会貢献欲が強いじゃないですか。
——このメディアの主な読者は、都会の大企業で働く30〜40代なんですけど、今日お話しいただいたことは、そういう人たちの働き方や企業のあり方とも交わりますか?
交わると思いますよ。「面白法人」「面白く働く」ことにしたって、僕らが20年前に言い出した時と比べても、共感してくれる人がすごく増えているし、だから今日言ったようなことも、時間がかかったとしても受け入れてもらえるんじゃないかと思って発信しています。自分たちだけでできることはたかが知れているので、一緒にルールをアップデートして、仕組みをつくっていけたらと。
ルールはアップデートし続けるものなんです。今までどおり、バリバリ働き、バリバリ稼いでもいい。だけど、それだと今までのような面白さや豊かさが感じられないというなら、自分が面白くてみんなが幸せになれるようなルールを、みんなで考えればいい。みんなで考えたルールでやったほうが、ゲームは何倍も面白くなると思います。
[取材・文] 鈴木陸夫、岡徳之 [撮影] 伊藤圭
"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年3月26日公開の記事)