韓国文学ブーム到来!出版界動かすBTS人気と100万部作家の新作秘話

韓国で100万部を超えたベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が、日本で翻訳文芸書としては異例の13万部を突破した(2019年3月29日)。

実は今、蔦屋書店や丸善、ジュンク堂などの大手から独立系まで多くの書店が「韓国文学」フェアを開催するほど、韓国文学に注目が集まっている。人気のキーワードは女性とBTS?

新作は「恋人からの支配」がテーマ

ヒョンナムオッパへ

2月10日に刊行された『ヒョンナムオッパへ 韓国フェミニズム小説集』。

撮影:竹下郁子

『82年生まれ、キム・ジヨン』著者の趙南柱(チョ・ナムジュ)さんの日本での新著が、2月下旬に刊行された『ヒョンナムオッパへー韓国フェミニズム小説集』だ。チョさんが2月に来日した際、インタビューした。

関連記事:『82年生まれ、キム・ジヨン』韓国で100万部なぜ売れた?女性たちの反撃は日本でも共感されるか

『ヒョンナムオッパへー韓国フェミニズム小説集』は、韓国の若手女性小説家7人による短編集だ。サスペンス・ファンタジー・SFと切り口も読後感も全く異なる多様な作品で構成されており、「フェミニズム小説集」というサブタイトルのイメージを広げ、ときには覆してくれる1冊だ。

チョさんは自身が執筆した表題作『ヒョンナムオッパへ』について、

主人公はヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった

と話した。

“守って”もらっていると思っていたが…

『82年生まれ、キム・ジヨン』

紀伊国屋書店、新宿本店に並ぶ『82年生まれ、キム・ジヨン』。

Business Insider Japan2019年2月20日より。

その通り、物語は図書館司書として働く30歳の主人公の女性と、その恋人である5歳年上の会社員男性・ヒョンナムの恋の始まりから終わりを描く。ヒョンナムは韓国人男性に多い名前で、オッパは韓国人女性が兄や年上の男性、恋人に“親しみを込めて”使う呼称だという。

大学時代に出会い10年以上を共に過ごしてきた2人。対人関係から仕事まであらゆることをヒョンナムに“守って”もらっていると思っていた主人公だったが、徐々にその違和感に気づき……というストーリーだ。

行動を起こさない前作の主人公に対し、今作の主人公「私」は決断して行動を起こす。その分、痛快なセリフも多い。

自己評価が低い女性たち

チョ・ナムジュ

『82年生まれ、キム・ジヨン』『ヒョンナムオッパへー韓国フェミニズム小説集』著者のチョ・ナムジュさん。

撮影:今村拓馬

『82年生まれ〜』では女性差別に焦点を当てるため、恋愛のエピソードを削ぎ落としたと話していたチョさん。

今回、真正面から男女の恋愛を描いたのは、放送作家時代から抱え続けていたある問題意識からだ。

「DVに関する番組を制作したのですが、社会的地位も経済力もあるのに、なぜか夫の暴力から逃れられず被害を受けている女性たちがたくさんいました。彼女たちの共通点は自己評価が低いことです。

権力関係を利用して相手の自己認識を歪ませ、自分に依存させるような手法を『ガスライティング』と言います。夫婦や親子、上司と部下の間でもよく起こることです。本人も無自覚なまま他者の思惑によって自己評価を下げ続ける、という現象について書いてみたいとずっと思っていました」(チョさん)

「ガスライティング」は心理学などで使われる用語で、1940年代にアメリカやイギリスで製作された『ガス燈』という映画からきている。夫に物忘れや盗み癖を指摘された妻は自信を失い追い込まれていくが、実はそれは夫の策略で……というサスペンスだ。

チョさんは、男女の恋愛つまり1対1の関係におけるガスライティングを書いたつもりが、執筆後に感じたのは、主人公の恋人は「社会の雰囲気やいまだ根強い家父長制の象徴なのではないか」ということだったそうだ。

女子

主人公はヒョンナムが嫌がる自身の友人とこっそり交友を続けていた。友人は主人公が“気づく”きっかけになっている(写真はイメージです)。

GettyImages/Yusuke Nishizawa

社会には「女性はこういう能力が低い」「女性はこれくらいで十分」などと女性を過小評価しようとする空気があり、それこそ女性が広い範囲で無自覚に受けている現象だと、小説を書くことで思い直したのだという。

「今は女性が自分を肯定的に、客観的に見ることができる時代になりつつあると思っています。1人1人が気づくか気づかないかではなく、私たちが連帯することで、もっと早く持続的に社会を変えていけるのではないでしょうか」(チョさん)

書店で「韓国文学フェア」、文学賞候補作品も多数

『82年生まれ、キム・ジヨン』

『82年生まれ、キム・ジヨン』の特設ページ。読者の感想が読める。

出典:筑摩書房ホームページ

チョさんの前作『82年生まれ、キム・ジヨン』を出版した筑摩書房のウェブサイトには、19歳から64歳までの読者100人の感想が掲載されており、韓国文学が国を超えて女性たちの連帯を生んでいる様子がわかる。

最近、蔦屋書店や丸善、ジュンク堂などの大手から独立系まで多くの書店で「韓国文学」フェアが開催されている。

第 9 回 Twitter 文学賞トップ 10のうちの 2作品(『82年生まれ、キム・ジヨン』『フィフティ・ピープル』)が、第 5 回日本翻訳大賞では二次選考段階 17 作品中の 4作品が韓国文学で、『すべての、白いものたちの』(ハン・ガン)が最終選考に残っている(受賞作は4月15日に発表の予定)。

BTSの愛読書が日本でもヒット

BTS

中央がBTSのジョングクさん。BTSは国際レコード産業連盟(IFPI)2018年の「グローバル・レコーディング・アーティスト」2位に選ばれている。写真は香港のMnet Asian Music Awardsにて撮影。

GettyImages/Anthony Kwan

韓国と日本の出版界をつなぐものとして、K-POPの存在も大きい。『82年生まれ〜』はBTS(防弾少年団)のリーダーRMさんがライブ配信中にコメントしたことで、日本でも大きな話題を呼んだ。

学歴差別や格差社会に苦しむ若者らに対し、自分を毅然と愛することの大切さを伝える『私は私のままで生きることにした』は、BTSのメインボーカルを務めるジョングクさんの愛読書としてSNS で話題になり、韓国で60万部を突破した。2月に日本で刊行されて以降も、ARMY(BTSのファンダム)を中心に人気を集め、Amazonのベストセラーになっている。

『私は私のままで生きることにした』

『私は私のままで生きることにした』を読んで、自分の尊厳を守ることは、時に他者との決別を意味すると気付かされた。

撮影:竹下郁子

韓国文学ではなくとも、K-POPの影響力を感じる出来事も。

4月26日に発売予定の『ユング 心の地図 新装版』は、BTSのニューアルバムのタイトルが「MAP OF THE SOUL : PERSONA」だと3月12日に発表になるや、そのコンセプトになっているのではないかと大きな話題に。当時は在庫のない状態だったが、ARMYから再販売を希望する声が急増し、急きょ、新装版を発売することになったそうだ。青土社の担当者は言う。

「先行してBTSの所属事務所のネットショップで販売されていたため、今年はじめからポツポツと問い合わせは入っていました。良い本がこうしたきっかけで再販できることを嬉しく思っています」(青土社担当者)

文学を通じて社会を変えるという志

書店

混迷を極める政治状況を尻目に、文化の交流は深まっている。

GettyImages/RUNSTUDIO

なぜいま、日本に住む私たちが韓国文学を求めるのか。

日常に潜む女性差別と戦うための会話マニュアル『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』、翻訳者の1人であるすんみさんは、韓国文学に通底する「言葉によって何かを変える」という意識について、こう述べている。

「韓国は、日帝時代、朝鮮戦争、軍事独裁政権時代、高度経済成長など激動の時代を過ごしてきました。そういう歴史の中で、韓国文学は“参与文学”という、文学者が作品を通じて社会にコミットする文学がずっとありました。(中略)文学によって人々の意識が変わったり、社会が動く経験を何度もしていて、その経験を人々が内面化したことが大きいんですよね。ですので、現代の作家たちも文学が社会を良くする力を秘めているという認識を持っていると思います」(NeoL Magazine韓国現代文学特集より)

共に似た社会問題や個人の葛藤を抱える韓国と日本。今を変えようと声を上げる韓国文学に背中を押され、日本の女性たちが自らを語り始める日は、そう遠くないだろう。

(文・竹下郁子)

編集部より:初出時、「第 9 回 Twitter 文学賞トップ 10のうちの 22作品」としておりましたが、正しくは2作品です。お詫びして訂正致します。 2018年4月4日 12:30

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