畑岡奈紗(20=森ビル)が4月1日、カリフォルニアで行われた「キア・クラシック」で今季米ツアー4戦目にして初優勝を遂げた。
賞金ランキングが、2017年の140位から2018年は一気に5位へ浮上。安定した成績は急成長の証しだ。
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これで米ツアーは3勝目だが、過去2勝はともに3日間大会で、4日間72ホールでの優勝は初めて。メジャー大会初勝利に向けて、弾みをつけた。
不利な展開をブレークスルーする
1987年に日本人として初の賞金女王に輝いた岡本綾子は米ツアーで通算17勝。宮里藍が9勝、小林浩美は4勝で、20歳と2カ月18日の3勝目達成は日本人最年少となった。
初日は18位スタートだったが、2日目に9位に浮上すると3日目は64のハイスコアでまわって2位に。1打差を追った最終ラウンドで6バーディ、1ボギーの67。通算18アンダーで鮮やかな逆転劇を披露した。
特にしぶとかったのが2日目。スタート直後の1番でバンカーに打ち込み2パットのボギー。さらに3番でもピン12メートルから3パットと苦しい展開に。ところが、5番パー5で7メートルのロングパットを沈め初バーディを奪ったのを機に、安定したゴルフを続けた。
ナショナルチームの選手たちとはSNSでつながり、スイングフォームなどアドバイスを送る。チームを卒業した畑岡の状態も継続的にチェックしている。
不利な展開をブレークスルーする —— 畑岡が今回発揮した「突破力」の土台を作ったのが、JGA(日本ゴルフ協会)ナショナルチームヘッドコーチのガレス・ジョーンズさん(47)だ。
彼によって、畑岡は自分の中に「ネガティブを受け入れる」マインドセットを形成した。
「世界で」という思いが強かった
ノートを書くことで、選手がどう成長したかを描いた1冊。注目すべきは脳科学者の視点からどう有益なのかをノート別に分析している点だ。
彼が畑岡ら日本選手にもたらした成長の軌跡は、筆者が著した『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』に詳しいのでそちらをお読みいただきたいが、その一部をここに紹介する。
ガレスは2014年の世界アマチュア選手権で日本が男子29位タイ、女子8位と惨敗したことを懸念したJGAから、招聘された。一時期低迷した豪ナショナルチームを復活させた手腕を買われてのことだった。
ナショナルチームを率いて2年目の2016年から2017年。
ガレスは、米女子ツアーに出るための予選会(米国女子ツアーファイナルQT)などで、高校3年生でプロになったばかりの畑岡のキャディを数試合務めた。
予選会は14位タイ(通算5アンダー)でフィニッシュし、日本人選手史上最年少の17歳で2017年度米女子ツアー出場権を獲得。続く2017年2月の豪州女子オープンもグリーンでともに戦った。
「戦略的なことを彼女と一緒に考えることでパフォーマンスを高めたかった。同時に、彼女がコースの中と外でどんなふうに振る舞うかを観察していました」
当時、畑岡は18歳になったばかりだったが、同じ年ごろの日本選手よりも成熟していたという。
「世界で活躍できる選手になりたいというモチベーションが、他の選手よりもずっと高 かった」
そう振り返るガレスは、米予選会のハードなコースでストレスを募らせる畑岡とぶつかったことがある。
「重要なのは学び続ける姿勢」
ネガティブなことを引きずらず、切り替える。畑岡はプロフェッショナルなマインドセットをすぐに身につけた。
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3ラウンドを終わって畑岡がリードしていた。ところが、4ラウンド目の真ん中あたり でショットが悪くなりボギーが出始めたときに、コースをどう攻略するかで言い合いに なった。
「空気は最悪で、彼女も私と少し距離を置くようになって、あまり話さなくなった」
ゴルフはメンタルのスポーツといわれる。コースに入ったら1ショットを40秒で打たなければならない。そのなかで自分の意思でどう打つかを決断し、心を整えボールに向かう。
ミスが込めばさらに追い詰められる。
プロ1年目は、予選ラウンドで、スタートが早朝や最終組になることも少な くない。有名プロのようにギャラリーの注目を集める時間帯になることは、ほぼない。
決勝ラウンドは、順位によってスタート時間が決まるものの、厳しい米国女子ツアーでルーキーイヤーから常に上位でプレーはできず、十分な調整ができる環境を確保することは難しい。
ガレスは悪条件下のなかで戦う畑岡の気持ちを聴いて、リラックスさせることに徹した。成績の条件を挙げて、「もし達成できたら、僕は大嫌いなバナナを食べるよ!」と楽しい賭けもした。
「重要なのは、学び続ける姿勢を持ち続けること。悪いファクターも受け入れる心をつくること。ナサはすぐにそれを理解してくれた」
ネガティブなことを引きずらず、切り替える。プロフェッショナルなマインドセットを、 日本の女王はすぐに身につけた。
ガレスがバナナを食べさせられる回数が増えた。
「軸があれば難しいことを受け入れられる」
10代のアスリートには2つのマインドセット(心構え)が必須だと話す。
そのひとつが、プロフェッショナル・マインドセットだ。
「アスリートでいることを楽しみ、アスリートである自分を愛する。自分の競技を愛する。 それがプロフェッショナル。私は選手たちにそうなってほしい。自分の心の真ん中にそんな軸があれば、負けそうになったり、難しい場面に直面したときに、怒ったり、 苛立つのではなく、難しいことを受け入れられます」
やっているスポーツを愛しているからこそ投げ出さない。諦めないというわけだ。
「これはハードだ。さて、どうしようか。例えばそんなふうに受け入れられたら、解決方法を考えることができます」
ガレスは、こうも言う。
「思えば、スポーツは人生そのもの。そうとらえられる選手は、競技人生を長く豊かにできるでしょう」
「プロは準備と計画がすべて」
女子選手の試合前日にガレスがコースについて書いたメモ。畑岡にも同じようにアドバイスを書いて渡した。
さらに「プロは準備と計画がすべてだ」と強調するガレスが見せてくれたのが、ナショナルチームに所属する選手のヤーデージブックだ。選手はコースの詳細が記載されたヤーデージブックに練習ラウンドで自分の作戦を書き込んでおく。試合の準備を支える大きなツールだという。
ヤーデージブックには、グリーン上で想定されるピンの位置や傾斜の状態や「ゼロライン」を書き込んでいく。ゼロラインとは、ピンの位置へと伸びる真っ直ぐな上りラインだ。 それがどこなのかを書き込んでおけば、アプローチにも役に立つ。
ガレスは選手に「練習ラウンドでショットを打つ回数が減ってもいいから、その作業を 優先させるように」と指導する。なぜならコース攻略のベーシックな方法は、グリーンから逆算して最後にどれだけイージーなパットで終われるかだからだ。そのためにできる限りのグリーン情報を収集し、試合の準備をしていくのだ。
「ヤーデージブックはゴルフの道具として、クラブよりも大事なものです。ここにその日の予想される天候や、戦略を書き込む。すべて覚えていくのは無理なので、その準備をしてコースに持ち込みます」
実際にコースに行ったりゴルフ中継を見るとわかるが、選手のスラックスのポケットなどにはさまれていることもある。当日はそこにどのクラブを使ったのかなども含めて、一打ごとの情報を書き込んでいく。つまり、ヤーデージブックは試合後の分析作業にも役立つのだ。
「高いハードルは人生そのものが問われている」
ナショナルチームの男子選手が試合の際に記入したヤーデージブック。ここにグリーンのあらゆる情報が詰まっている。
きちんと準備して情報収集をした選手は試合後、メディアのインタビューにあそこは○ヤードを○番のクラブで打ってこんな選択をしたなどとスムーズに答えられる。
「エリートになっていく過程で、しっかり自信を持って答えを出せるマインドセットを整えなくてはいけません。その大きなツールがヤーデージブックです」
とガレスは言い切る。
「試合本番ではゴルフコースが、選手に問いかけてくる。さあ、ここをどう乗り切りますか?と。そして、乗り切るハードルが高ければ高いほど、人格というか、人生そのものが問われているのと同じです」
その問いに対し選手たちができることは、準備と計画しかない。最悪を想定して準備する。 この言葉を、ガレスは大切にしているという。
「ベストの準備が、ベストの結果を生むのです」
(敬称略)
(文・写真、島沢優子)
島沢優子:フリーライター。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。週刊誌やネットニュースで、スポーツ、教育関係をフィールドに執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』など著書多数。
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