フリーランスという働き方を選ぶ人が増えている。だが、もしもの時に頼れる公的なセーフティーネットが勤め人に比べてかなり心細いことは、それほど知られていない。
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会社に縛られず、自ら選んだ分野の仕事に専念しやすいフリーランス。「新卒で大企業に入れば一生安泰」という時代が終わり、キャリアを自力で作り上げていくフリーランスという働き方を選ぶ人が増えています。
でも、もしもの時に頼れる公的なセーフティーネットが勤め人に比べてかなり心細いことは、それほど知られていません。急いで「独立」を決める前に、少しだけ勉強してみませんか?
健康診断は自腹。病気やケガで仕事できなくなっても保障なし
病気やケガで仕事ができなくなったら?フリーランスの場合はより深刻だ。
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「定期的に、おなかが痛いフリして病院に行く」
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会で代表理事を務める平田麻莉さんによると、これはフリーランスの間でまことしやかに語り継がれている「ライフハック」だそうだ。
勤め人なら会社が費用を負担して定期健康診断や人間ドックを受診できる。フリーランスは自腹で受診しなければならず、比較的簡単な健診でも数千円から1万円かかることも多い。おなかが痛いフリをして医者にいろいろみてもらえば、「かかった医療費の原則3割負担」は勤め人もフリーランスも同じなので、安上がりな「健診」の代わりになる——。
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会で代表理事を務める平田麻莉さん。
撮影:庄司将晃
住んでいる自治体によっては無料や格安で健診を受けられることもあるが、日程の選択肢が限られるなど使い勝手が良くない場合も多い。結果として、フリーランスの間では「もう何年も健診を受けていない、という人が多い」(平田さん)という。
そうこうするうちに大きな病気にかかったり、大けがをしたりして仕事ができなくなったらどうなるか。
勤め人の場合、仕事と関係ない原因による病気やケガで仕事できなくなった場合でも、最大で1年半、収入の3分の2ほどの「傷病手当金」が受け取れる。仕事が原因なら、収入の8割ほどの「休業給付」が復帰まで受けられる。フリーランスは基本的にいずれも対象外だ。
出産後給付金などは会社員が「300万円もお得」
【図表】
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の資料より編集部がキャプチャ
子どもができた場合の格差も大きい。
出産の時には、勤め人の女性は産休中の収入を保障する「出産手当金」を、その後の育休中は男女とも「育児休業給付金」を受け取れる。それぞれ収入の「3分の2」、「最初の半年は3分の2、その後は半分」にだいたい相当する金額だが、フリーランスは出産手当金は受け取れないことが多く、育児休業給付金は対象外だ。
フリーランス協会などの試算によると、月収が同じ30万円の女性の会社員とフリーランスが出産・育児に関してもらえる給付金などは「会社員の方が300万円ほどお得」だという【図表】。
協会などが2017年12月にフリーランスや経営者を対象に実施したアンケートによると、仕事に復帰するタイミングは「産後2カ月以内」 が59%にのぼった。「仕事ができなければ即、収入がなくなる」という厳しい現状を反映しているとみられる。
勤め人とは異なる公的保険制度
加入する公的保険制度がどれかによって、健康診断の自己負担額は大きく異なる。
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なぜ、このような格差が生じるのか?勤め人とフリーランスが加入する公的保険制度が違うからだ。
まずは医療などに関する健康保険。勤め人は企業ごとの健康保険組合や、中小企業の社員が入る協会けんぽなどに加入する。フリーランスが入るのは、主に市町村が運営する国民健康保険だ。
健康保険で費用が賄われる健診や傷病手当金、出産手当金に関する格差は、加入先がどこかによって生じる。
勤め人が入る健保組合や協会けんぽは、すでに述べてきたように保障内容が充実しているうえ、企業も保険料を負担するため国保に比べて安い。
特定社会保険労務士の岡佳伸さんの試算によると、「28歳・月収20万円・東京都練馬区在住」が支払う健康保険料の年額は、中小企業の会社員(協会けんぽ加入)の場合は15万8400円なのに対し、フリーランスは28万9692円と差は大きい。
休業給付は労災保険、育児休業給付金は雇用保険から支払われる。だが、いずれも勤め人が対象で、フリーランスは原則として対象外だ。
年金支給額でも大差。老後資金の確保のための負担は重い
フリーランスと勤め人では、年金支給額の格差も大きい。
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老後の暮らしを支える年金も、フリーランスにとっては心もとない。
フリーランスが加入するのは基本的に国民年金。一方、勤め人が加入する厚生年金は保険料の負担は国民年金より大きいが、企業も保険料を負担し、受け取れる年金額もかなり多い。
特定社労士の岡さんが(1)22~60歳まで働く(2)月収は20万円から50万円まで段階的に増える(3)65歳から年金を受け取る(4)年金支給額の水準は現状のまま、といった前提を置いてごく大まかに試算したところ、フリーランスの場合は保険料を計787万6800円納め、月6万5000円ほどの年金を受け取る。一方、会社員は計2030万4240円を支払い、月16万4000円ほどを受給する。
今働いて保険料を納めている世代が、老後に年金をどれくらい受け取れるかははっきりしないので、この試算はあくまでも「イメージ」だ。
それを前提に解説すると、支払った保険料に対する年金受取額の割合はほぼ同じ。ただ、公的年金には保険料に加えて税金も投入されており、民間保険より圧倒的にお得だ。フリーランスは受け取る年金の絶対額が少ないだけに、民間保険や資産運用によって自力で老後に備える必要があり、重い負担がのしかかる。
日本の社会保障制度はかなり複雑なので、以上の説明はあくまでも大ざっぱなものだ。
新たなワーキングプアに?社会保障の再設計が急務
フリーランスという働き方を多くの人が安心して選べるようにするには、「働き方に中立な社会保障制度」が必要だ。
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日本の社会保障制度の歴史を振り返ると、戦前から勤め人向けの保険制度の整備が先行。戦後しばらくしてから政府は「国民皆保険」を掲げ、農漁業者や自営業者もカバーするため制度を「接ぎ木」してきた。
最近、特に増えているのはネットで単発の仕事を請け負う「クラウドワーカー」と呼ばれるフリーランスだ。
仕事を依頼する企業に対して立場が弱く、さまざまな面で企業側の指示に従う「労働者」に近いケースも目立つ。税制面などでメリットを受けられる法人化のハードルも低くない。国保や国民年金が主な対象者に想定していた「農業者や自営業者」とはかなり異なる。
リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査2018」によると、フリーランス(雇われていない自営業者などで、実店舗を持たず、農漁業者ではない、といった条件を満たす人)は440万人と就業者の7%ほど。そのうち勤め人が副業でフリーの仕事をしているのではなく、「本業がフリーランス」という人は300万人にのぼる。
フリーランス協会の平田さんは言う。
「個々人のライフイベントやキャリアステージに応じたさまざまな働き方を、多くの人が安心して選べるようにすることが大事です。フリーランスが『仕事上のリスク』を取るのは当然ですが、『生命・身体のリスク』までは取りようがありません。
働く人という意味ではフリーランスも会社員も同じ。働き方に中立な社会保障制度にしていくことが必要だと思います」
協会は、損害保険会社と組んでフリーランス向けの休業時の所得補償制度を提供するといった「自助努力」に加え、職種を問わず加入できる健保組合の創設や、出産・介護に関するセーフティーネット整備など社会保障制度の改善案を提言している。
ニッセイ基礎研究所の金明中・准主任研究員は、こう警告する。
「クラウドワーカーは法的には『労働者』でないため、最低賃金の規制などが適用されず、公的な社会保障制度も手薄です。このまま放置すれば新しいワーキングプアが生まれ、貧困や格差の問題がより拡大するおそれがあります」
(文・庄司将晃、写真はすべてイメージです)