インドネシア地下鉄開業の「カオス」に驚愕。乗客殺到、改札機は動かず、時刻表は貼り紙で……

インドネシア 地下鉄

3月31日、地下鉄開業後初めての日曜日。この日は、開業記念無料乗車期間の最終日で、各駅に人が押し寄せた。写真は、ジャカルタ最大級のショッピングモール近くにある、ホテルインドネシア前ロータリー(Bundaran Hotel Indonesia)駅。混雑のため、出入り口は一時閉鎖に。

3月24日、インドネシアで初めてとなる地下鉄「ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)南北線」が開業。記者もさっそく乗ってみることにした。

改札機がことごとく「開かずの扉」に……

「ここ、本当に地下鉄駅?何かフェスでもやってる?」と思うくらい、駅構内は人でごった返していた。

ジャカルタ市内を南北に走る地下鉄の北端、ホテルインドネシア前ロータリー(Bundaran Hotel Indonesia)駅では、開業から1週間ほどが過ぎた4月2日の夕方、南側の改札にある窓口におよそ50人以上の利用客が並んでいた。地下鉄専用のカードを購入したり、チャージをしたりする人たちだ。

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改札前にある窓口には長蛇の列。券売機は動かず、駅員さんから対面でカードを買ったり、チャージをしたり。いずれにしても、据え付けられた券売機はわずか数台。今後、大量の利用客に対応できるのか。

2つ先の駅まで、運賃はたったの2000ルピア(約16円、以下1ルピア=0.0078円で計算)と安いが、そのためのチャージに15分も並んだ。

混雑していたのは窓口だけではない。「ピンポン、ピンポン」JR東日本のSuica(スイカ)のように改札機にカードをかざして通る仕組みを採用しているが、チャージを済ませて残高があっても通れない事態が続発。同じカードを別の改札で試してみても、ピンポン、ピンポン……まさに開かずの扉。チャイムは鳴りっぱなし、駅員は改札機に張り付きっぱなしだ。

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改札を通れない人が続出。窓口、改札、通路に人が群がり、係員が慌ただしく対応する。

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3月27日、試乗期間のMRTに乗り(SNSで乗車中を伝えているのだろうか)スマホを手にする若者たち。こちらは記者が撮影したものではなく、他の利用客が撮影・投稿した車内の画像。

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実は、3月いっぱいは試乗期間と位置づけられ、ネットで事前申し込みを済ませると無料で乗車できた。記者も営業運転が始まる直前の3月29日〜31日、開業後の瞬間風速を感じるつもりで試しに何度か乗ってみた。その日の駅構内は動くのも大変なほどの人だかりで、とりわけホームから先は文字通りのお祭り騒ぎだった。

電車が到着すると「ヒュー」と歓声。満員で乗れ切れない人たちも大勢いる。高架区間に入って車両が地上に出ると、再び「ワーッ」と歓声。声を揃えたことが恥ずかしかったのか、車内で笑いが起こる。地上にある駅で降りて、先頭車両の様子を見に行くと、ホームにいた女性たちが運転手に手を振っていた。運転手がはにかむと、女性たちは照れて喜んでいた。

「見切り発車」のほころび

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インドネシア初の地下鉄「ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)」南北線。日本の三井物産、東洋エンジニアリング、神戸製鋼所らが設計や供給を受注した。

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ジャカルタの道路状況は「世界最悪の渋滞」と言われるほどひどく、近年の経済成長がそれに拍車をかけ、深刻な社会問題となっていた。MRTの開業により、混雑時には1、2時間かかっていた道のりも、わずか数十分に短縮されると期待されている。

MRTは、首都ジャカルタ中心部の約15.7キロ(うち9.2キロは地上高架)を13駅、約30分で結ぶ。初乗り3000ルピア(約23円)、始発から終点まで行くと1万4000ルピア(約110円)。

実は、この運賃が発表されたのは開業式(3月24日)の2日後。有料運転開始の前日には、突如として4月中の運賃半額キャンペーンが発表されるなど、行き当たりばったり感のある発表が続いたことから、内外のメディアは“見切り発車”などと報じた。4月17日に大統領選挙を控え、現職のジョコ・ウィドド大統領が3月開業をゴリ押ししたとの見方も出ている。

実際、見切り発車と感じられるドタバタ劇は、4月1日の営業運転開始後も続いた。冒頭で紹介した券売機の不具合はその最たる例。駅員にいつから使えるのか尋ねても、「もうすぐだと思う」「情報を待っている」と頼りない。

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改札はデジタルだが、料金表は紙に印刷してセロテープ貼り。

チケットの種類と値段を示す看板は、一部が紙で隠されていた。準備が間に合わなかったのだろうか。また驚くべきことに、開業当初の試乗期間中は時刻表が見当たらなかったのに、営業運転開始後、A4用紙に印刷した時刻表が窓口に貼り出された。

ついでに言うと、その日の夕方は利用客が全員改札をスルー。何ごとかと思えば、混乱を避けるため、混雑する夕方の一部の時間帯が当日になって無料化されたのだった。

約2時間の通勤時間がなんと25分に(!)

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日本の帰省ラッシュのごとく混雑をきわめる地下鉄駅の階段。

お祭り並みに人出を集めた地下鉄だが、今後、日常的に利用する客はどれくらいいるのだろうか。通勤やランチに地下鉄を利用し始めた市民の姿を、地元メディアが次々と報じているので、記者も実態を把握しようと何人かに話を聞いてみた。

例えば、ジャカルタ中心部の会社に通う29歳の男性は、地下鉄を利用することで、通勤時間が1時間30分も短縮されたという。先述の世界最悪の渋滞のために、これまではマイカー通勤で1時間半~2時間かかっていたが、自宅・オフィスともにさほど遠くないところに地下鉄駅が完成したため、わずか25分になったそうだ。

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地下鉄の各駅は、24時間運行のバス「トランスジャカルタ」(乗車1回につき3500ルピア=約27円)に接続していたり、周辺に配車アプリのバイク(大まかに2.5キロで1万ルピア=78円前後)が待っていたり。ジャカルタ中心部は地下鉄との接続で交通手段を選び放題。

ちなみに、ジャカルタは渋滞だけでなく、駐車場の不足と値上がりも深刻で、上の男性は駐車料金に月1万円弱を支払っている。しかも、昼間になると満車で使えないこともある。それが地下鉄利用なら、1日片道9000ルピア(約70円)で済むという。「駅に(自宅との行き来に使える)自転車置き場があればもっと便利になる」と男性は話した。

地下鉄からジャカルタの素朴な日常が変わるかも

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地下鉄駅の外では、路上での食事は当たり前。ゴミも路上にあふれている。人々は地べたに座り込んで平気でいつまでも談笑している。

最後に、「マナー違反」の話題についてお伝えしたい。SNS上では、地下鉄車内でつり革にぶらさがる、構内で座り込む、食事をしてゴミをポイ捨てするなどのマナー違反を糾弾する投稿が拡散され、インドネシア内外のメディアでも取り上げられて話題になった。

これは、記者が現地で見た光景とは大きく異なる。食事をしたり、座り込んだりする人は(自分が歩いたなかでは)何人か見かけた程度だった。ホームや階段でも、利用客たちは黄と緑の誘導サインに沿い、左側通行が守られ、並んで車両を待っていた。ゴミのポイ捨てはそもそも地上でも多いのだが、改札や構内については清掃員による念入りな掃除のおかげもあって、ゴミはほとんど落ちていなかった。

それでも、メディアで騒がれた影響は小さくなかったようで、3月末の試乗期間には見当たらなかった(営業運転後の写真と比較し、少なくとも同じ場所には見つけられなかった)「ポイ捨て禁止、罰金50万ルピア(約3913円)」の看板が駅の地上出入り口に。改札前には「床に座らない」「臭いの強い物は持ち込まない」などの禁止事項が掲げられていた。

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MRTのホーム。椅子が少ない、時刻表がない、ごみ箱がない、のが特徴か。

記者の印象に残ったのは、少数のマナー違反より、地下鉄駅構内から地上に出たとき目に入った、縁石に座ってカップラーメンを食べる人、道に座り込んで談笑する人、あちこちに散らかったペットボトルや卵の殻、菓子の包装……そんないつものジャカルタの風景だった。

日本製の地下鉄と一緒に運ばれてきた「マナー」の名のもとに、真新しい地下空間から、人々の日常が変わってしまうような気がした。

(文・写真:今井はる、編集協力:川村力)

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