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自動車ガラスも化粧品も。高付加価値商品の開発を支えたAGCの女性社員たち
過酷な外の環境から女性の肌を守りたい──。 女性のニーズを深掘りすることで、新しい付加価値を生み出すAGC。1つ目の製品は紫外線(UV)カット機能に優れた自動車ガラス、もう1つは化粧品だ。女性の視点が光るものづくり。その取り組みについて聞いた。
女性ドライバーの悩みは「日焼け」がダントツ
AGC オートモーティブカンパニー マーケティング室 室長の宮川博行氏(右)と同マネージャーの黒川みどり氏(左)。
AGCがUVカットガラスの開発に取り組み始めたのは2006年ごろ。従来、同社のビジネスは、顧客である自動車メーカーの仕様に合ったガラスを提供するというBtoBが基本。だが、エンドユーザーであるドライバーやその家族に喜ばれる製品を自動車メーカーに提案し、クルマの付加価値を高めるBtoBtoCのビジネスモデルに挑んだ。
そのときに意識したのが、女性の存在だ。
「軽自動車や小型車の購入決定権を持つ女性が増えたことから、約100名の女性にクルマで困っていることを聞いてみました。すると、『紫外線が気になる』という意見がダントツで、『100%紫外線をカットできるなら数万円くらいは車の値段が高くなっても構わない』という声が上がるほどでした」とAGC オートモーティブカンパニー マーケティング室 室長の宮川博行氏は当時を振り返る。
自動車のフロントガラスには2枚のガラスの間に特殊な樹脂膜を挟んだ「合わせガラス」を使用することが30年前に法律で義務化されており、その膜に紫外線吸収剤を練り込むことで紫外線の99%カットは実現できていた。また、ドアガラスや後部ガラスでもUVカット率は90%を達成しており、「もう十分じゃないか」と男性社員は考えていた。
しかし、「女性の思いは違います。普段からUVカットの化粧品を使っていて、 今の日焼けが将来のシミ、シワなどの原因になるという知識もあるので、数%の差でさえ大きいと感じます」と同マネージャーの黒川みどり氏は異を唱える。
こうした女性の声を汲み取るべく、AGCはまず運転者に近いフロントドアガラスで、世界初となるUVカット率約99%*の『UVベールPremium』を開発、2010年に発売した(*AGC測定値、 ISO9050基準)。
UVベールPremiumシリーズのUVカット性能は、化粧品や日焼け止めの「SPF50+/PA++++」*に相当し、米国の皮膚がん財団 The Skin Cancer Foundationの認証を取得している(*ガラスを皮膚に密着させた状態で日本化粧品工業連合会の定める測定方法に従い測定した結果。 通常、窓ガラスの評価方法には使用されない)。
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数字では9ポイントの向上だが、実現は容易ではなかった。ガラスに紫外線吸収剤を加え過ぎると、ガラスの色に影響するため、ガラスの原料を工夫するだけで99%まで紫外線をカットするのは難しい。
「試行錯誤の末に、ドアガラスを昇降させても摩耗しにくい有機・無機ハイブリッドの紫外線吸収膜を開発し、これをコーティングすることでUV99%カットを達成しました」と宮川氏。
ただ、自動車メーカーに採用してもらうには、紫外線による日焼けにそれほど関心を持たない男性エンジニアにも開発背景や効果を理解してもらう必要がある。そこでひらめいたのが、UVカット化粧品のノベルティによく使われるUVチェッカーを活用した紫外線の「見える化」だった。
提供:AGC
「自動車メーカーの女性社員に集まっていただき、紫外線を感知すると紫色に変わるUVチェッカーを用いて、90%カットと99%カットのガラスの明らかな違いをお見せしたところ、大好評を得たのです。これを見た男性社員もUVカット効果と女性のニーズに納得していただき、採用が決まりました。自動車業界では通常、新しい技術や機能は上位車種から採用されるため、初めに女性ユーザーの多い小型車で採用されたことは異例でした」と黒川氏は語る。
世界初、車内へのUV360度ブロックを実現
自動車メーカーの採用が広がるAGCのUV99%カットガラス。
これを機に「UVベールPremium」は、多くの車種に採用が広がり、新たなマーケットを創出した。だが、AGCは次のニーズに対応すべく、暑さやジリジリ感の原因となる赤外線もカットする新たなガラス「UVベールPremium Cool on」の開発に取り掛かっていた。
「本来、日焼けは紫外線の仕業で、赤外線による暑さ・ジリジリ感とは無関係。でも、『UVベールPremium』発売後、アンケートでユーザーの声を集めたところ、『腕が暑くなって、日焼けしてしまう』という誤解や、『暑さも苦痛』という意見がありました。この暑さやジリジリ感も解決しなければ、UV99%カットの効果を十分実感できず、満足してもらえないと感じました」と宮川氏。
赤外線吸収剤という新たな機能を付加するため、膜全体の設計を見直し、2012年に商品化。自動車メーカーへのプレゼンテーションでは暑さ、ジリジリ感をサーモグラフィーで「見える化」するなどして、採用につなげていった。
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さらにAGCの挑戦は続く。残された後部席のガラスのUV99%カット化である。これも聞き取り調査で「後部席のベビーシートに乗せている子どもの日焼けが心配」という子育てユーザーの意見を受けて開発に取り組んだものだ。
従来、一般的に使われていたプライバシーガラスの成分を調整することにより、プライバシー性を保ちながら、UV99%カットと高性能な赤外線吸収機能を実現。2015年、「UVベールPremium Privashield」の発売を開始した。
これをもって、AGCは自動車ガラスの全周(360度)でUV99%カットおよび赤外線カットを実現。運転席、助手席に加え、後部座席に座る人の肌も守れるようになった。
「今後も女性に限らず、エンドユーザーの悩みを吸い上げて、多くの人に喜ばれる機能を自動車ガラスに付加していきたい」と黒川氏は意欲を見せている。
女性チームでカニ殻由来の保湿化粧品ブランドを開発
北海道曹達 企画部 事業企画室 主査の三條由香氏(左)と同北澤由梨亜氏(右)。
UVカットガラスで肌を守るだけでなく、肌につける化粧品そのもので肌を守る ──。AGCは2018年10月、グループ会社である北海道曹達を通じて化粧品分野にも新規参入した。
北海道曹達は1994年にカニ殻から保湿成分であるキトサンエキスの抽出技術を開発。化粧品メーカー等へ原料の販売を行いながら、2008年には自社でキトサンエキス含有の化粧水、乳液の製造・販売を開始した。しかし、携わった社員は全員男性で、顧客ニーズに合った販促ができずにいた。
そうしたなか、女性社員の声をきっかけに、北海道曹達の女性社員による化粧品プロジェクトチームが発足。新ブランド「DA CAPO」シリーズの化粧品開発がスタートした。その中心となったのが同社 企画部の北澤由梨亜氏だ。
「キトサンエキスの優れた保湿性は十分に認識していたので、埋もれている化粧品事業を盛り返したいとの思いは、女性社員の総意でした。ヒアルロン酸の約2倍*という高い保湿性という特性を最も実感しやすい、敏感肌の女性をターゲットに、エタノールや香料、着色料等を含まないシンプル処方としたのが『DA CAPO』の特徴です」(北澤氏)。
(*北海道曹達社 測定値)
「DA CAPO」のコンセプトは「大人しやかな美しい素肌へ」。敏感な肌を外部刺激から守り、落ち着いて穏やかな肌になるようにとの願いが込められている。
同じく中心メンバーである三條由香氏も、「ブランド名は80案から選び、商品コンセプト、パッケージデザインも女性メンバーで議論を重ねて決めました。女性に人気のピンクゴールドをボトルキャップに採用するなど、高級感と大人のエレガンスを意識しています」と述懐する。
「DA CAPO」のアイテムは石けん、化粧水、美容液、乳液の4種類。2019年4月現在、販売拠点は北海道、東京を中心に「東急ハンズ」「ロフト」「アインズ&トルペ」など24店舗に拡がっており、楽天市場での販売も行っている。使用した人からは「ふっくらとしたやわらかな肌になり、肌荒れしにくくなった」等の声も多数寄せられており、今後さらに実店舗での全国展開を目指す。
「まずは知名度を上げることを目標に、店舗でのサンプル配布やイベントでのPRに全力で取り組んでいきます」と北澤氏、三條氏は意欲を燃やしている。
モノにあふれ、新しい付加価値を探すのが難しいと言われる今日でも、視点を変えれば、まだまだ新しいニーズに出会い、ユーザーに欲しいと思わせるモノは開発できる。ここに紹介した2つの事例にとどまらず、AGCはこれからもあらゆる角度から可能性を求めて、コア事業の技術をベースに新しい事業のフロンティアを開拓していくことだろう。