「“努力をしないための努力”をめちゃくちゃしろ」GO三浦崇宏が考える突き抜け方

三浦さん

ケンドリック・ラマーの国会議事堂前駅『黒塗り広告』や、国内外で8つの広告賞を受賞した『WEARABLE ONE OK ROCK』、キングダム『今、一番売れてるビジネス書』キャンペーン……広告の枠を超えたさまざまなクリエイティブで世間の注目を浴び続けているThe Breakthrough Company GO。

朝渋とBusiness Insider Japanコラボの第2弾では、GO代表の三浦崇宏さんに、大企業で突き抜けるには、もっと自分主体で仕事をするにはどうすればいいのかについて聞きました。

博報堂に入社早々、上司に向かって「よかったですね、こんな部署に僕みたいなスターが配属されて!」と言って干されてしまった三浦さんが学んだ大切なこととは…?

三浦崇宏(みうら・たかひろ)さん:The Breakthrough Company GO 代表取締役。博報堂を経て2017年に独立。 『表現を作るのではなく、現象を創るのが仕事』が信条。日本PR大賞を始め、CampaignASIA Young Achiever of the Year、グッドデザイン賞、カンヌライオンズクリエイティビティフェスティバル ゴールドなど数々の賞を受賞。広告やPRの領域を超えて、クリエイティブで企業や社会のあらゆる変革と挑戦を支援する。

世の中を、自分のアイデアや企画で変えたかった

Business Insider Japan(以下BI):三浦さんはなぜ、広告の仕事を選んだんですか?

三浦さん:実は僕、小説家になりたかったんです。

それで、早稲田の文学部で小説を書いていたんですけど、なんと、小説を書いている間、まったく楽しくなかったんですよ!(笑)。

一方で、当時所属していたクラブイベントやパーティーを企画するサークルでは、みんなと話し合ったりしながら作っていく過程が楽しくて、自分は1人で何かをやるよりも、誰かと何かをやるほうが向いているということに気付きました。それで、テレビ局か広告代理店に入ろうと思ったんですよね。

そんなとき、オーケストラの半分がユダヤ人で、半分がイスラム教徒の『バレンボイム交響楽団』という存在を知りました。彼らは紛争地域でゲリラ的にライブをやるんですけど、楽団のなかにはそれぞれ同胞がいるから、彼らがライブをやっている間は戦争が止まるんです。

僕はそれにものすごい衝撃を受けました。「世の中をアイデアや企画で変えることができるんだ!」って。

自分を「スター」だと思い込んでいた新人時代

三浦さん

BI:就活はラクラクだったんですか?

三浦さん:実際の就活では、電通・博報堂の2社とテレビ局4社を受けて、博報堂しか受からなかったんですけど、これがまた紆余曲折あって……(笑)。大学3年のとき博報堂でインターンをやっていたんですけど、結構目立っていたから、余裕で受かると思っていたんですよ。

でも、インターンからの採用面接のとき、ESに意識高いことを書くのが恥ずかしくて、特技のところに「男性と女性がベッドに入ってやること」と書いちゃったんです。そうしたら案の定、人事局長に「君これふざけてるの?」って言われて、慌てて「プライベートでも大事な人を悦ばせるための工夫を……」と言ってみたんですけど、まぁ余裕で落ちました。

そのあとは電通を受けて、「俺の茶目っ気を許さないなんて、なんてつまんねぇ会社なんだ。電通に入って買収してやるよ!」と最終面接に行ったんですけど……またはしゃいじゃって……。最後に「これからやりたいこと」を30秒程度で答えるとき、「頑張ります!」とか言えばよかったのに、「電通を変えるやり方が3つあります!」なんて言って落ちました。

「僕みたいなスターが配属された」と言って干された

三浦さん

BI:で、そこからまた博報堂を受けたんですか?

三浦さん:博報堂の先輩に声をかけてもらい、面接を受け直して無事に博報堂に内定したわけです。

入社してからはマーケティングに配属されたんですけど、相変わらず脳がバグってて、「俺ほどのスターはクリエイターだろ、即」とか思っていたんですよ。それで、当時の上司に「よかったですね、こんな地味な部署に僕みたいなスターが配属されて。サプライズ人事ですね!」と言いましたね。死にたい。

結果、入社して2、3カ月目に干されました。当時は生意気だったし、素直さがなくて先輩に楯突いてばかりいたんです。

それで、会社に行ってもやることがないから、仕方なく隣のTBSに忍び込んで、「博報堂のプランナーです。お手伝いさせてください」って言ってラジオの放送作家をやったり、スタートアップのコンサルをやったりしていました。博報堂で何も学んでいないのに(笑)。

「人は経験したことでしか変わらない」上司から学んだこと

三浦さん

BI:干された生活からなぜ広告の仕事に戻れたんですか?

三浦さん:ある日スラムダンクを読みながら、「これでは俺は何も成長しない」と悟り、上司を呼んで半泣きで土下座しながら「先生、仕事がしたいです……」と謝りました。

でも、上司は全部わかっていたんです。どれだけ丁寧に言葉を尽くしても三浦はきっと変わらないから、とりあえず好きなことをやらせておこうと。傷ついたり失敗したりしたあと、本人が戻って来ようと思うまで泳がせてくれていたんですよ。

この「人は、経験して気づいたことでしか変わらない」という考えは僕も引き継いでいて、そんなふうに部下や若手に接しています。

浜田さん

BI:その上司の「待つ」という姿勢は見習いたい……。

三浦さん:素直であることって武器なんですよ。土下座したあと、上司に「生まれ変わります!」なんて適当に言ったら、「リセットなんてする必要ない。お前のその自分を信じる力やセンスや、いびつだけど尖ったところに謙虚さや最低限のモラルを足していけ」と言われました。足して大きな丸にすればいいんだと。

そこからは、とりあえず上司から言われた通りにやってみて、そこにプラスでアイデアをつけるようにしました。「ちなみに、これも考えてみたんですけど!」というのを積み重ねていって、今のスタイルになっていったんです。

アイデアを出す簡単なやり方は「文脈を考える」こと

ケンドリック・ラマー広告

「黒塗り文書」を模したケンドリック・ラマーの広告。

撮影・西山里緒

BI:博報堂時代、若いうちにカンヌで賞を取るまでになってますが、そこからすぐにヒット作を生み出せるようになったんですか?

三浦さん:3年後に、PRの部署へ異動しましたが、当時は「アイデアで世の中を変える仕事をたくさんするんだ!」というマインドが強すぎて、広告の仕事なのに商品開発をしよう、なんて踏み込みすぎてたんです。でも、そのときに「商品に関してはクライアントのほうがお前の100倍考えているんだよ、それでもダメだから広告でなんとかしようと思って代理店に相談に来てくれてるんだ。与えられた条件のなかで何ができるのか考えろ!」と言われて目が覚めました。

広告がブランドの課題を解決するならば、PRはどうやったらメディアに扱ってもらえるかを考える仕事なんです。それが、きっかけになって「機会発見の発想」を身に付けられました。今の時代、商品って粗悪なものなんてほとんどない。だからこそ、社会の課題解決にこの商品をどう役立てるか、世の中とブランドの関係を考えるようになったのは、この時期ですね。

BI:森友学園に関する黒塗り文書が話題になったとき、ケンドリック・ラマーの新作の『黒塗り広告』に作り上げ、国会議事堂前駅に貼ると言う挑発的な広告を出したり。ああいう、発想はいつ頃どこで身につけたんですか?

イベントの様子

三浦さん:「アイデア」を出す簡単な方法があります。ニュースの見出しで語られているものと、売りたいものを組み合わせるんです。

例えば、就活に関する見出しがあったら、就活生に対して商品を売るならどうすればいいか、と考えてみる。ニュースの見出しには、今世の中で話題になっているものが凝縮されているんですよ。そうすればポンポン出てきますよ!

クリエイティビティで社会の変化と挑戦にコミットする

三浦さん

三浦さん:僕が博報堂から独立したのには理由が3つあります。1つめは、クリエイティビティの力を証明したかったからです。とある商品のCMを担当したとき、CMは面白いね、と言われたけど商品が売れなかったんです。それで宣伝担当の人は、「皆さんのせいじゃないです」と言い、博報堂の先輩は「CMが褒められて良かった」と喜んでいました。そのときに、「ああ、僕は仲間ではなく、面白いものを作るだけの業者と思われていたんだ」とショックを受けました。

博報堂は企業としてお金がもらえたら良いかもしれないけど、僕は結果にコミットしたかった。クリエイティビティで事業は成功させることはできる、マーケティング支援ができる、というのを証明したかったんです。

2つめは、お金の稼ぎ方を変えないといけないと思ったからです。広告会社の仕事ってテレビやネットの枠を売っているので、ビジネスモデルとしては不動産に近いんですけど、そこじゃなくて、クリエイティブやマーケティングの価値に対してお金を払って欲しかった。クライアントのビジネスを成功させて、レベニューシェアをもらうとか、かけ算の儲け方ができるはずだ、と思っていました。

イベントの様子

三浦さん:3つめは、そんなようなことをさっさと試したかったからです。大企業だと「よし、じゃあ部署を作るから4年待ってくれ!」みたいなことになっちゃうんで(笑)。

だから、うちは「ブレイクスルーカンパニー」と名乗っています。広告会社は課題解決のパートナーですが、僕らはあくまで事業成長のパートナーとして、案件ごとでは受けず、基本的には企業と中長期の契約で、最低でも半年間は一緒に事業成長のお手伝いをしていく形を取っています。CMが必要なら作る、新しい組織を作る、会社の名前も考える、と言ったようにトータルでコンサルをしています。

「社会の変化と挑戦にコミットする」というのを掲げているので、そういったものを求めるクライアントや人材しか来ませんし、結果としていい仕事にしかならないんですよね。

世の中につまらない仕事なんてありません。「変化」を起こすことにこだわり続けるのであれば。

クリエイティビティは貪欲と怠惰の組み合わせで生まれる

イベントの様子

BI:三浦さんを語るときにマストなのは格闘技ですよね。

三浦さん:僕の原点は、新日本プロレス、ライムスターのラップ、村上龍さんの小説、週刊少年ジャンプです。

村上春樹さんが「このままでいいんだよ」と受け入れてくれるのに対し、村上龍さんは「このままじゃヤバい」って言ってくるんですよ。その「現状を否定していく」という発想は極めて企画的なので、当時エネルギーを面白いことに使いたかった自分にとっては、良い触媒だったんじゃないかな、と思っています。

1番オススメの作品は『愛と幻想のファシズム』です。

あとは、ライムスターのラップで僕が1番好きなのが「持ってる奴に持ってない奴がたまには勝つと思ってたい奴」というリリック(歌詞)があって、もともと生まれながらに持っているカードがあって、要するに弱者や持たざる者が一発逆転するにはアイデアや努力や何かしらのブーストが必要で、そのために自分を追い込んでいきたいし、そういったことが起こる社会だと信じたいよね、という哲学がつねにあるミュージシャンなんです。

それは、自分にも通ずるものがあって、条件のいい仕事なんて1度もやってないんですよ。お金がない、商品や市場が弱っているような仕事を受けるようにしています。

三浦さん

そして、1番影響を受けているのは格闘技です。高校のとき柔道部で、当時は身長も低いし小柄だったんですよ。進学校だったので、そんなに練習の時間もないなかで戦わなければいけなかった。それでも結果にはこだわりたかったので、考えました。

人間は、知ってる技は防げるんです。だから、彼らが知らない技だったら防げないんじゃないか、と仮説を立てて、みんなが背負い投げを練習しているなか、レスリングや柔術など違う角度で練習をしました。結果として、相手をバタバタとなぎ倒し、当時ぼくの通っていた高校としてははじめて全国大会に出場しました。

アイデアがあれば不利な状況でも、でかい相手を倒せるんだ、と実感しましたね。

僕のクリエイティビティは「結果を出したい」という異常なほどの貪欲さと、「努力をしたくない」という人知を超えた怠惰から生まれています。

戦略って、「努力しないで勝つ方法を考えること」なんですよ。戦を略すと書いて戦略なんです。だから僕は、どうやってその戦いから前向きに逃げて勝つか、ということをつねに考えています。

努力をしないための努力を、めちゃくちゃしてください。そうすれば、どんな相手だって倒せるし、どんな仕事だって面白くなります。

登壇者のみなさん

(文・ ゆぴ@milkprincess17、写真・ 矢野拓実@takumiYANO_

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