セミナーに登壇する日本マイクロソフトの担当者の1人。
4月1日に新元号「令和」が発表されて以降、企業内のITシステムの「新元号切り替え」が本格的に動き始めた。
日本マイクロソフトと経済産業省は4月5日、新元号発表後、初の都内開催となる「改元目前に今すぐ実施するべき準備、対応とは」を開催した。400席ほどの会場は予約でほぼ満席。会場には、熱心に聞き入る一般企業などの情シス担当者が詰めかけ、注目の高さを感じた。
「7年間MS Officeを更新してない」「8000台に電話認証が必要?」
情シス担当者で満席になったセミナー会場。
このセミナーの目的は、企業における新元号切り替えの現状調査と、マイクロソフトサービスに関する元号切り替えに伴い発生する可能性のある諸問題の知見を共有することで、一般企業に幅広く「新元号切り替えの正しい方法」を知らせたいという意図がある。
しかし、企業や団体のITシステムを預かる情シス担当の悩みは深い。「PCやシステムを、ただ最新版にアップデートすればよい」というほど簡単な話ではないからだ。
実際、Q&Aに寄せられた、企業や団体の情シス部門が抱える懸念からは、パンチの強い悩みがあふれ出していた。
ある企業は、「実は7年間、Office製品のアップデートをしていない。どういう順序でアップデートすればいいのか」と質問した。
おそらく何らかの事情で、社内のITシステムを同バージョンのOfficeで統一していたようだ。マイクロソフトが回答した、令和表示をするための最小の対応方法は、
「(7年前とすると)Office 2010だと思われる。サービスパック2に更新し、その上で、新元号対応という意味では、最新の更新を適用すれば表示は可能」
「併せてOSのアップデートも必要だが、OfficeとOS、どちらからアップデートを開始しても問題ない」(マイクロソフト担当者)
というものだ。個人向けなら「すべてを最新版に」で済むかもしれないが、制約のある企業システムの場合、どういう対応をとるのが組織の負担を最小限にする方法なのかは、答え合わせをしなければわからない。
また、ある地方公共団体の担当者は、所管に約8000台ある「ネットにつながっていない業務端末」の新元号対応のアップデートに頭を悩ませる。(おそらくはテスト環境の)Windows10をアップデートしてOfficeを起動しようとしたところ、「外部にライセンス認証を取りに行く挙動になってしまった」(同担当者)。こうした環境向けの対策もあるが、同担当者の団体では採用していないという。
この場合の対策方法は1つしかない。
「大変申し訳ないが、お取りいただける手段としては、“電話認証のみ”になる」(マイクロソフト担当者)
もしこれを質疑の内容のまま受けとったとすると「8000台ものWindows10マシンのOfficeを1台1台、電話認証で有効化」していくことになる。想像しただけで、とんでもない量の作業工数だ。
新元号対応の1回だけ、ということで「人海戦術で手作業」をするのか、システムそのものを見直して別の仕組みを取り入れるか。いずれにしても、1カ月もない中で、とれる選択肢は限られている。
「令和」改元と「平成」改元は抱える問題が違う
経済産業省 商務情報政策局の和泉憲明氏。
セミナーを通して経産省が語った現状認識は、そもそも令和改元は、いまから30年前の平成改元とは想定されるIT上の問題が異なり、そのため対応策も大きく違うので注意が必要、というものだ。
平成改元時は「ホストコンピューター全盛時代」(経産省資料より)で、各社ごとに情シス部門が改元対応をフルコントロールできる状況にあった。情シス部門が、自社のことだけを考えてフル対応すれば、多くの問題は解決できたわけだ。
経産省の登壇資料より。
一方、令和改元の2019年は「システム間連携が多様で複雑」な時代になっている。連携する手段も多様化している。
システム間の連携のみならず、エクセルやPDFといった文書ファイルを通じた連携も多い。そのため、自社内は完璧に対応できていたとしても、“連携先企業の令和対応が不十分で、自社システムがエラーを起こしたり、想定通りに動かなくなる”可能性もある。
経産省は2月前半に独自にアンケート調査(※)を実施したが、同省はその結果に一定の危機感をにじませる。(※所管団体を通じ、中小企業含む約2800社が回答)
「自社の情報システムのどこに和暦を使っているか」の調査では、約6割の企業が調査・確認が完了していると回答する一方、残りの2割は「まだこれから調査」という状況だとわかったからだ。これは中小企業だけに絞っても、ほぼ傾向が同じだという。
経産省の登壇資料より。元号使用箇所の調査は大半の企業が済んでいるが、20%企業はどの程度の影響があるかわかっていなかった。
具体的なテスト内容や実施スケジュールまで確定している企業は半数程度。残り半数は、2月時点で「これから考える」状況ということになる。
セミナー冒頭に登壇した経済産業省 商務情報政策局の和泉憲明氏は、このアンケート結果に対して「インパクトがある内容ではないかと考えている」と、改元対応が遅れている企業の多さを注視している。
政府には、公的な文書の「令和」対応や表記をどうすべきかという相談も多数寄せられている。主だった考え方と対応指針は次のようになっている。
・5月1日の改元に向けて、プログラムの改修テストだけでなく「システム連携等のテスト」まで確実に実施を求める
・改修作業が不完全な状態でのリリースは回避を。改元日までに作業が間に合わない場合は、関係先(外部連携先)に事実を伝え、運用方法を調整
・官庁へ提出する文章に5月1日以降の未来日を含む場合は、「平成表記」「令和表記」いずれでも提出可能
・初年表記は慣習として「元年」を用いるが、「令和1年」と表記した文書でも無効として取り扱うことはない
・アルファベット表記は、ヘボン式ローマ字で「Reiwa」と表記
ポイントは、システムの相互連携が複雑になっている現状を踏まえ、何がなんでも5月1日に合わせるのではなく、「遅れる場合は相互連絡をとって、混乱が起こらないようにする」言い換えれば、「切り替えが遅れることを前提」にした現実的な対応指針を示しているところだ。
改元日移行の平成表記などについての参考資料(経産省資料より)。
元年、1年の表記はいずれであっても無効扱いにはならない。
マイクロソフトは「環境全体のアップデート適用」を強調
セミナーを共催したマイクロソフトは、法人向けの新元号対応の情報を集めた公式ページと、個人向けの情報ページをオープンし、新元号移行関係の情報を集約している。
基本的に新元号対応アップデートは自動更新で配布されるが、「Windows」「Office」そしてアプリケーションを動作させるための「.NET Framework」の3点セットでのアップデートを推奨する。
どれか1つだけをアップデートしても、「令和」にきちんと対応できない
これはそれぞれが相互依存関係にあるため、どれか1つだけをアップデートしても、「令和」にきちんと対応できないからだ。特に、WindowsとOfficeを使う環境では、どちらか片方のみのアップデートだけでは、エラーが出て表示が消えてしまったり、想定しない動作になるケースがある。WindowsとOffice、両方のアップデートが欠かせない。
また、「シフトJIS」という文字コードで表示を行うアプリ(古いアプリに多い)は、あらためて「令和対応は一切できない」ことも説明された。シフトJISで動いているアプリは、最新の「ユニコード」方式の文字コードに対応させることでしか、新元号に対応ができない。
シフトJIS対応アプリでどういう挙動になるのかは、以下のようなデモンストレーションで実演もあった。コピー&ペーストすると「新元号」の文字が「?」に化けたり、変換候補には表示されるのに確定と同時に「?」に化けることが確認できる。
新元号、シフトJISで文字表示しているアプリは新元号表示できない、というデモ。わかりやすい。対応できないのは、合字が作られないため。古いアプリが多いと思うので、回避策としてはユニコード方式に移行するしかないとのこと。
— イトー (@itotamo) 2019年4月5日
業務システムが古い場合など注意ですね#令和#新元号 pic.twitter.com/X1xhCnxJ81
また、Windows10は順次アップデート更新されるOSだが、古い版から順次サポートが終了し、すでに令和アップデートが適用できない版も出てきている。
新元号対応に対応する、Windows10、Officeの情報は次のとおりだ。
また、ネット上で出回っている「レジストリを書き換えて令和を表示する」手法にも注意を促した。「新元号対応を完了いただくことはできない」(マイクロソフト担当者)として、実際にアプリケーションがクラッシュする例を実演しながら、あらためて正しい方法でのアップデートが完璧な対応方法だとした。
マイクロソフトでは、すでに新元号対応の検証を支援する「新元号検証ラボ」を東京・品川に設置し、パートナー企業など向けに無料提供を始めている。技術説明、技術サポートも無償で提供する。
マイクロソフト担当者によると、新元号対応のWindowsアップデートの配布は「大きな問題がなければ4月中の配布を目指す」としている。
(文、写真・伊藤有)