学校法人・角川ドワンゴ学園が運営する、ネットを使った通信制高校「N高等学校(N高)」が2019年4月に4004名の新入生を迎えた。在籍生徒数9727人は、日本最大の通信制高校・クラーク記念国際高等学校の約1万1000人に迫る勢いだ。いったい何が若者をここまで惹きつけるのか。
海外にいても授業を受けられる
入学式でVRゴーグルをつけた新入生たち。
提供:学校法人角川ドワンゴ学園・N高等学校
4月4日、東京都新宿区のシネコン「新宿バルト9」で行われた入学式には、52名の新入生が会場で参加したほか、地方の学生はニコニコ生放送の配信「ネット入学式」でコメントを書き込むなど、それぞれの方法で楽しんだ。
新入生を代表してあいさつしたのは、アーティストとして活動している原口沙輔(SASUKE)さんだ。ワーナーミュージック・ジャパンに所属し、2018年には新しい地図に楽曲提供なども行っている。現在愛媛県に住んでいることをあげ、入学の理由をこう説明した。
「音楽活動では東京での活動が多く、(N高なら)愛媛にいても東京にいる時でも、パソコンや携帯でいつでもどこでも授業が受けられると思いました。僕は今後は海外でも活動していきたいのですが、このスタイルであれば海外にいても日本にいても、いつもと同じように授業が受けられます」
新入生代表宣誓をする原口沙輔(SASUKE)さん。
提供:学校法人角川ドワンゴ学園・N高等学校
2018バンクーバーGPファイナルで優勝したフィギュアスケートの紀平梨花選手、囲碁の「第43期新人王戦」で自身初のタイトルを獲得した広瀬優一棋士もN高の在校生だ。紀平さんもスケートと学業の両立のためにN高を選んだと語っており、今後もこうした入学者は増えるだろう。
N高はドワンゴのトップエンジニアなどから本格的なプログラミング教育が受けられるということもあり、新入生のビデオメッセージには「ライブ配信アプリを開発したい」「botを作りたい」という声もあった。
不登校→アイドル目指して
多様な背景を持った学生がN高に集まっている(写真はイメージです)。
GettyImages/paylessimages
一方で、もちろんこうした生徒ばかりではない。N高の広報担当者は言う。
「報道などではいわゆるキラキラした生徒さんがクローズアップされることが多いですが、小中学校時代に不登校を経験した生徒さんや、将来やりたいことがまだ見つかっていないという生徒さんも多く入学されています。
それでも、高校卒業資格だけ取れればいいという方はあまりいらっしゃいません。
夢を見つけたい、友達が欲しいという強い思いを持って入ってくる方が多いので、彼ら彼女らにそのための機会・選択肢をいかに多く用意できるかが私たちの使命だと思っています」
入学式に母親と一緒に参加したAさんもその1人だ。
TWICE。The 8th Gaon Chart K-Pop Awardsにて。
GettyImages/Chung Sung-Jun ・スタッフ
友人関係がうまくいかず、中学2年生のときに不登校に。3年生からは通学を再開したが、休んでいた分の授業についていけず、学校に相談したもののフォローが受けられなくて苦労したという。
進路を考えるにあたり、父親は「つらい思いをしてまで無理に高校進学せずに働いても」とすすめたが、そんなときにAさんが見つけたのがN高だった。
Aさんは「ダンスだけが私の取り柄」だと笑う。長年HIP HOPのダンススクールに通っており、小学1年生から韓国語も独学で学んできた。将来はダンサーかK-POPアイドルになるのが夢だ。TWICEが所属する韓国の大手芸能事務所と、日本の大手レコード会社が共同で行うオーディションにも応募する予定だ。
通学コースの例。
出典:N高ホームページ
「リアルのイベントもたくさんあって友達もつくれそうだったし、ダンスや芸能活動を続けながら高校卒業資格も取れるのがすごく良いなと思いました」(Aさん)
一方、母親のBさんは初めてAさんの口からN高に行きたいと聞いたとき、「正直、戸惑いました。私は普通の高校に行って欲しいと思っていたので」と言う。しかし、何度も説明会に足を運ぶうちに印象が変わっていったそうだ。N高には主にネットで学ぶ通信制と、週1・3・5日の3つから選んで通学する通学制の2つのコースがあり、通学コースを選ぶことを条件に入学を許したという。
有給インターンシップ開始
「N高キャリアバイト」のサイトイメージ。
提供:アイタンクジャパン
AさんはN高を選んだもう1つの理由として「アルバイト」をあげる。「これまでたくさん心配をかけたし、学費は払ってもらってるので、お小遣いはせめて自分で稼ぎたいんです」(Aさん)
多くの高校が校則でアルバイトを禁止している中、N高が4月11日から開始するのが、「有給」で「長期間」のインターンシップだ。日本最大級の転職サイトを運営するエン・ジャパンのグループ会社・アイタンクジャパンとの共同プロジェクトで、N高生専用のインターンシップ情報サイト「N高キャリアバイト」を立ち上げた。
もともとN高では小説、漫画、イラスト、ファッション、パティシエなどの専門的な授業も多く、自治体や企業などと協力して農業・漁業・伝統職人の職業体験などにも積極的に取り組んできた。
N高ではさまざまな職業を授業を通じて体験できる。
出典:N高ホームページ
在校生及び卒業生にはメルカリやクックパッドでエンジニアとしてインターンを経験した生徒もいるそうだ。
20社30求人からのスタートで、今はIT業界が多いが、「今後はIT系以外でもインターンの機会を提供できるようにしていきたい」(N高・広報担当者)と言う。
新たな強みや自己肯定感育めれば
アイタンクジャパン藤原義人社長。
撮影:竹下郁子
プロジェクトを率いるアイタンクジャパン社長の藤原義人さんは言う。
「すでに高いスキルを持っていて、将来やりたいことが明確になっている生徒さんに今の状況はつらいんですよ。インターンシップのサイトには高校生用の求人なんてほとんどないし、アルバイトの求人もサービス業が多いので、将来希望する職種で経験を積むことは難しい。そんな生徒さんたちに選択肢を提供したいんです。
受け入れ先企業も、特に10代向けのサービスなどを扱う会社は若い感性を必要としています」(藤原さん)
入学式での記念撮影。中央の奥平博一校長は「これまでの楽しい思い出は一緒に、嫌な思い出は引きずらずに」と挨拶した。
提供:学校法人角川ドワンゴ学園・N高等学校
N高生の情報は、1日おきにN高の担当者に報告する仕組みになっている。生徒がどの企業に応募したのか、プロフィールの書き方の指導などインターンに採用されるまでの過程、もちろん就業状況もだ。
就業状況はアイタンクジャパンが把握し、N高に報告。N高生からの相談はN高に専用の窓口を設けて対応するという。
「学校とは別の、しかも学校のように画一的な評価軸ではないコミュニティに所属することで、自分の新たな強みを見つけたり、自己肯定感を高める生徒が出てくれればいいなと思います」(藤原さん)
(文・竹下郁子)