なぜ真夜中のツイッターはポエムで埋め尽くされるのか?経営者がつぶやくエモ

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撮影:今村拓馬

しばしば、Twitterで、ポエムをつぶやいている(だいたいにおいて、夜が深まった時間帯に)。

ぼくはたぶん元来、ポエティックな人間で、言葉や物語が持つ力に魅了されながら歳をとってきた人間であると自覚している。エモやポエムに対して臆面や羞恥は一切ない。ただこの数年、ある意味で人間性を捧げながら商業文章にコミットしてきたから、文学や詩に、渇望する揺り戻しが来てるのかもしれない。

夜のTwitterを眺めれば、ぼく以外にも(とりわけ経営者やクリエイターに多い?)ポエティックな風味が薫るつぶやきを見かける。あくまで肌感覚ではあるけれども、この1〜2年にかけてそうした潮流が目立つようになってきた気もする。

「人生は一度きりだからこそ、ラ・ラ・ランド的決定的分岐点がいくつも存在する。来年のいま振り返ったとき、『エモい』話として美談や甘酸っぱい話で回収して悦に浸るのか、どれだけダサかろうが、運命を主体的に手繰り寄せようともがくのか。これもやはり、人生一度きりだから、正解を断定できない」

ロジックからエモへ

しばしば仕事をご一緒する筑波大学准教授・落合陽一さん(@ochyai)は、考えてみれば一貫して、「エモさ」を織り交ぜた発信を続けている。例えば、こんなつぶやき。

「明日やれることは今日しない、明日やろうは馬鹿野郎、いろいろあるけど、睡眠不足の自分から見た世界には今日も明日も区別なく淡々と進み、すべてを忘れていく。それがエモい。そうだ、今日も明日も関係ないのだ、ってやつ。こうやって脳を壊していくことを受け入れることも生きる楽しみの一つだ」

「孤独の線をどこに設定するかについて議論することは大切。本質的な理解は利害関係性の外側にあるが、その信じたい気持ちと信じない決意の拮抗が人間性、つまり、人間性を捧げると機能が意思を超越する」

上記のツイートは直裁的なポエムではないにせよ、コンピュータ・サイエンスの研究者である落合さんは「エモ」「侘び寂び」「佇まう」など、一見実証性とはかけ離れたコンセプトをキーワードに挙げられている。

主著『デジタルネイチャー』でも冒頭から、荘子の『斉物論』や、松尾芭蕉の句「古池や蛙飛びこむ水の音」を引いて、自身が提唱する世界観を呈示する。

メルカリに続く次のユニコーンとして注目されるミラティブのCEO・赤川隼一さん(@jakaguwa)も、「エモさ」を全面的に企業カルチャーや組織づくりに取り込んでいる。自身が書かれたミラティブの組織論に関するnoteは、何度も繰り返し読み返したいほど“新時代の経営組織論”が仔細に言語化されている。

例えば、以下のようなテーゼが列挙されているのだが、その総体として「エモ」の輪郭が浮かび上がってこないだろうか。

・ロジカルシンキング(至上主義)→(論理的思考は前提の)意志・主観
・性悪説経営→性善説経営
・規則で動くチーム→美徳で動くチーム
・データ・数理→哲学
・マスコメディ→内輪ノリへ(コンテクスト・ナラティブ・部活感)

ぼくなりに解釈すると「エモ」とは、ロジックではたどり着けない“他者への共感感情”を惹起する時代の要請であり、ポエムはそれを伝達するツールである。

パワーワードの応酬。教祖性からうねりが生じる

幻冬舎の編集者・箕輪厚介さん(@minowanowa)や、SHOWROOMの社長・前田裕二さん(@UGMD)はともに、日本テレビ「スッキリ」に出演するなど、マスでの知名度が高い。

その箕輪さんがまだTwitterを始めたばかりの頃を覚えている。当初は数百程度だったフォロワー数が毎日ものすごい勢いで爆増し、今では11万人を超えている。今では入会数が1000人弱にも及ぶオンラインサロン「箕輪編集室」の動員過程でも、Twitterには箕輪さんならではの時代の空気感をつかんだ力強い言葉が放たれる。

「ギャンブルしながらキチガイなくらい慎重になる。大胆にハッタリかます裏で謙虚に地に足をつける。とにかく行動する分、しっかりとした教養を持つ。表面的な言葉や振舞いではなく、生身の自分をさらけ出す。善悪や倫理ではなく偏愛にまみれて熱狂する。無難に生きるのではなくひりついて狂って生きる」

「語る前に手を動かせ。語りながらでもいいから手を動かせ。能書きじゃなく数字やプロジェクトで示せ。お前はなにをやったのか、なにをやってるのか、に明確に応えられる人間であれ。自分がゆるいのを時代性や価値観の違いに逃げても誰も救ってくれない。いつの時代も生半可な奴が時代を作ったことはない」

幻冬舎社長・見城徹さん(@kenjo_toru1229)も2018年末にTwitterを開始し、日々熱いコトバの数々をつぶやいている。

「小さな仕事をちゃんとやれない人に大きな仕事は達成できない。地味な仕事に真心を込められない人に派手な活躍はできない。繊細と無骨。臆病と大胆。天使と悪魔。緻密と雑駁。強気と弱気。破壊と創造。常識と狂気。全ての両極を一人の人間の幅としてスウィングできなければ、結果など出るはずもない」

「花=桜は散るために咲き誇る。人は死ぬために生きている。ならば、どう死ぬかはどう生きると同じことだ。死を覚悟して日々を生きる。生は死の中にあり、死は生の中にある」

他にも、Twitterを開設して短期間で、瞬く間に1万フォロワーを獲得した人として記憶に新しいのがGOの三浦崇宏さん(@TAKAHIRO3IURA)、ONE MEDIAの明石ガクトさん(@gakuto_akashi)の2人だ。共通するのは、パワーワードの応酬と強烈なメッセージ性を帯びた言葉の数々だ。

「必死に生きれば生きるほど、人は孤独になっていく。同じ切実さで生きている人はそんなにいないからね。だからこそ必死に生きている人が他にもいるという事実は孤独な人の支えになる。映画や本が教えてくれるのは、必死で生きているのは君だけじゃないという、頼りないけど、本当に大切な真実なんだ」(三浦さん)

「君が何かの船に乗っているなら、その針路の行き先にある宝は船長と乗組員、そして船のオーナーみんなのものだ。もし船を先に降りることになっても、君は船の目的地は決して明かしてはいけない。それがお互いの選択を尊重するために必要な、最低限のルールだと思う。破る者はこの海にいる資格は無い」(明石さん)

Twitterでフォロワー数を伸ばすHOWとしてありがちなのは、役立つ便利な情報やTipsを箇条書きで並び立てる文法。対して、前出の人たちはあくまでも熱を帯びた、生々しくも、主観全開のオリジナルな言葉を紡いで放っている。パワーワードの応酬が尖った個を表出させ、ある種の教祖性を醸成しているのだろう。それによって、いい意味の“共犯者”が動員されていく。

他にも、パッと思いつくところで、ぼくが140字きっちりのロングツイートを心待ちにしているのは、例えば次の起業家の人たちだ。

ランサーズ・秋好陽介さん(@AkiyoshiYosuke)、グッドパッチ・土屋尚史さん(@tsuchinao83)、Loco Partners・篠塚孝哉さん(@shinojapan)、アカツキ・塩田元規さん(@GenkiShiota)、FiNC・溝口勇児さん(@mizoguchi_yuji)。それぞれお気に入りのツイートを並べておこう。

「本音を話せる人は結果にコミットしている人。そして本音を話せれば大体のマネジメント課題・経営チーム課題はうまくいく。言いにくいことも包み隠さず相手のために腹の底から誠実に厳しいことを伝えれる人は強い。本音言って相手に嫌われたくないのに、あえて言う人は本気の人。結果にコミットする人」(秋好さん)

「転職が当たり前の時代だからこそ、一社に長くいる人の価値も上がっている。特に腹を括って辞めないと決めている人材。経営者から見ると彼らを絶対に裏切れないと思うし、彼らの将来に絶対報いたいと思う。そういう人材をどれくらい増やせるかが企業の底力を決める」(土屋さん)

「承認を取るときの類型 優秀な人『Aをやりたい。BとCも検討したけど、それぞれメリデメは…』→高い当事者意識、意思決定してる 普通な人『AかBかCのどれかをやりたい。それぞれ…』意思決定をしてない ダメな人『AかBかCのどれがよいと思いますか?→責任を上司に寄せてる」(篠塚さん)

「仕事=遊び!!遊べるチームは強い。競争力の源泉が効率性から創造性へますますシフトする中で、正しさや真面目さが強すぎると、チームから余白や遊びを奪っていく。仕事=遊びっていう考え方が、創造性を殺さずに、強みになる時代!!」(塩田さん)

「リーダーを目指す人にとって最も大事なものの一つは言葉。組織が大きくなればなるほど言葉の重要度が増す。自分が伝えたいことを広い対象に適切に届けるための言語化能力はリーダーに求められるスキルの一つ。それを磨く上で必要なことの一つは文章を書くこと。書けないうちは話せるようにはならない」(溝口さん)

ゆるさ。やさしいまなざし

三浦さんや明石さんといった熱がほとばしるパワーワードを連発するタイプとは、また毛色の違った独特のタッチで人気を博すアカウントといえば、けんすうさん(@kensuu)と家入一真さん(@hbkr)で異論ないであろう。数年にわたりお二人をフォローしているが、柔らかな言葉遣いや、時折発するユーモラスなつぶやきなど、Twitterにおいて一貫した独自のキャラクターを確立している。

けんすうさんの肩の力が抜け、リラックスした柔らかなツイートはそれでいて、内容の共感性が高い。「そんな視点もあったのか」といった気づきも多い。

「人生さ、意外と長いんだから、たった5年10年の期間だけを見て、「あいつパッとしないよね」みたいな意見なんて気にすることはないのですよ。いい時もあれば悪い時もある。人の評価なんてすぐ移ろうから、自分だけは遠い未来を意識して今やるべきことだけに集中してれば良いのだと思うですよ」

「Google MAPの地図が変わったとかよォ、騒いでるけどよォ 他人のことなんかよりも、「オマエ」はどうなんだよ?変われてるのかよ? 昨日と同じ今日を生きてないだろうな?」

「やさしい革命」「小さな経済圏」といったコンセプトにすべてが凝縮されているように、家入さんの語り口、まなざしは一貫した優しさで統一されている。「(できることなら)絶対に」誰も傷つけないような配慮が、一つのツイートの裏からも伝わってくるのだ。

「友人や家族や同僚のために何かしたい、自分には出来るはず、なんて思うのは一見利他的であるが究極的な利己だし、逆に、自分は有名になりたい、影響力を持ちたい、たくさんの人に影響を与えたい、なんて思うのは、一見利己的に見えて、利他である。振り子のように、片方に目一杯振れれば逆にも振れる」

家入新刊『かすり傷以外、死ぬ』

さて、ここまで多くの起業家のポエム的あるいはパワーワード的なツイート言説を紹介してきた。もちろんそれぞれの人は別の想いで、いや想いというより、呼吸をするような感覚でTwitterをやっているのかもしれない。

最後にぼく自身のポエムについて、簡単に自己批評として内省してみたい。

“意思決定の連続”に、言葉で楔を打つ

ツイッター

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ぼくにとって人生の原理原則は「一回性」と「相対性」にある。一度目の人生を生きているから、分からないし、比べられない。「分からない」への向き合い方において、パワーなのかポエムなのか、表現方法が分化するのではないか。自己達成予言として言い切ることで、現実に変えていくアプローチ。分からなさを受け入れた上で、仮説や想いをポエムにしたためるやり方。

いずれにしても、特に起業家に独特のツイートが多いのは、無自覚なのだとしても、“意思決定の連続”に楔(くさび)を打とうとしているからなのではないか。それは同時に、自己開示のプロセスでもある。

“1回目の檻”という所与条件を突破し、自分ならではのエゴイズムを確立する人だけが、人生の羅針盤を握り切れるのかもしれない。とにかく、分からない。その危うい舵取りが、行く末を占ってたりするから、人生は楽しいし、儚いのであろう。

一つ言えることは、戦略や論理だけでは生きていけないということ。生きるとは、予定不調和を笑顔で抱きしめながら生きること。点じゃなくて円を想像しながら呼吸すること。他者を自己に取り込むこと。失うことは、得ることと想えること。今日は明日で、明日は昨日で。可逆は不可逆で、不可逆は可逆で。不合理の先にしか合理はないこと。


長谷川リョー:株式会社モメンタム・ホース代表。修士(東京大学 学際情報学府)、リクルートホールディングスを経て独立。『SENSORS』編集長。編集協力に『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一共著 )『日本進化論』(落合陽一)『THE TEAM』(麻野耕司)など。Twitter: @_ryh

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