雑誌「BRUTUS」と情報誌「ぴあ」(2011年に休刊)は、2018年11月にそれぞれデジタル版のサービスをリリースした。両媒体はそれぞれなぜ、デジタル版に踏み切ったのか。
本屋B&Bで開催されたイベントで、「BRUTUS」編集長・西田善太氏、アプリとして復刊を遂げた「ぴあ」の編集長・岡政人氏、B&Bの嶋浩一郎氏が鼎談。サービス開始までの苦悩やデジタル版にかける想いを明かした。
「BRUTUS.jp」はなぜ過去記事を公開するのか
B&B・嶋浩一郎氏
ともに歴史のある雑誌ですから、お二人が編集長になる以前から読者がいらっしゃって、この雑誌に対する思い入れがたくさんあるなかでデジタル化するのは相当難しかったと思います。「BRUTUS」はどういう経緯でデジタル版に踏み切ったのでしょうか。
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
まず、「BRUTUS」にはウェブは無理だと思っていました。ウェブは分断するメディアで、雑誌はパッケージのメディア。つまり、始まりがあって終わりがある。最初のページから読んでもらえている、という読者への期待や信頼に基づいて特集を組んでいきます。
ウェブでは、「BRUTUS」の唯一持っている「特集」というおもしろさが伝わらないかもと思ったんですが、1年前、突破する答えを見つけました。“アーカイブ”と“キーワード”です。
過去の記事を、ブラウザで閲覧するのに適したスタイルに再構成してクラウドに詰め込んでアーカイブする。
そして、ひとつひとつの記事をキーワードで結んでいきました。記事の中に含まれているキーワード、たとえば「とんかつ」「アニメ」「中目黒」などをそれぞれクリックすると、同じキーワードが含まれている記事に、号や特集を越えて飛べる仕組みになっています。
出典:「BRUTUS.jp」
B&B・嶋浩一郎氏
なるほど。
アーカイブを“自由に泳ぐ”
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
ウェブでは、高精度なレコメンデーションサービスによって「これが正解だ」と関連情報が提示されるけれど、自分の好きなものにはそうやって出合うものだったっけ?と僕は思うんですよ。
「BRUTUS.jp」では、読み手がキーワードを頼りに、「BRUTUS」の過去記事の中を自由に泳ぐことで、「とんかつには興味ないけど文学は好き」という方に「とんかつと文学」という記事(特集『とんかつ好き。』)に出合うことができる。まるで自分だけの特集をつくるような感覚で。
現在、過去5年分の「BRUTUS」の記事が掲載されていますが、最終的には、権利的、ビジネス的に可能な範囲で、全バックナンバーの情報が網羅されているデータベースを構築していきます。
また、音楽の記事ではSpotifyのリストに飛べて実際にその曲が聴けたり、映像の記事ではYouTubeのリンクから映像が観られるようにもする予定です。
B&B・嶋浩一郎氏
サイトのマネタイズはどのようにしているのですか?
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
有料会員(月額457円、税別)からの課金と広告を入れています。詳細は言えませんが、PVが関係しないところで利益化できる仕組みで、数年で回収する計画です。
もっと主体的に、知的興奮を覚えながら情報を追って没入したい。玉石混交を宿命付けられたインターネットにおいてそんなものは無理だろう、と思っていましたが、「BRUTUS」のウェブのフォーマットなら、そうしたものが「できる」と感じました。
B&B・嶋浩一郎氏
後で「ぴあ」の話がありますが、今日のサービスの共通点は「自分の好きなものは自分で見つける」というところにあると思うんですね。だってそこが一番おいしいところ。「これ、好き!」って気づく瞬間に一番ドーパミンが出るんですよ。
「Twitterで十分」の声もあった
B&B・嶋浩一郎氏
「ぴあ」はどういう経緯でアプリ化に踏み切ったのでしょうか。
「ぴあ」編集長・岡政人氏
情報誌「ぴあ」は2011年7月に休刊しました。最盛期は東京・大阪・名古屋の全国3版で80万部を売り上げていましたが、ネットで情報が手に入るということで、徐々に売り上げが伸び悩み、「自分たちの役割は終えたのかな」と休刊に至りました。
ただ、実は「ぴあ」を新しい形で提供するプロジェクトは休刊直後から立ち上がっていて。当初はスマホがまだ今ほど普及していなかったので、初めはウェブサイトを検討したり、iPadが普及しそうだとタブレット用のアプリを検討したり、ああでもないこうでもないと試行錯誤していました。
そこで気づいたのは、「ぴあ」のようにエンタテインメントに関する情報を正確かつ大量に網羅したものは、意外にインターネット上にはありそうでないということです。映画や音楽ライブ、演劇、イベント、それぞれの情報は確かに検索すれば公式サイトやニュース記事として断片的には出てくるのですが、まとめて一覧でチェックできるものはありません。映画の情報はGoogleやYahoo!で検索すれば一覧で出てきますが、それは実は、大元の情報を「ぴあ」が提供しているからなんです。
しかし最初は社内でもなかなか意図が伝わりませんでした。若手の意見も聞きたいと新入社員にアプリのプロトタイプを試してもらったときも、8割の子には「Twitterで情報は得られるのに、なんでまとめなきゃいけないんですか?」と。ネットを分かっている方ほど、反対意見は多かったです。
B&B・嶋浩一郎氏
「ぴあ」の新入社員でもそうだったんですか! それはショックですね。
「ぴあ」編集長・岡政人氏
一方で、 「かつての『ぴあ』のように、映画の上映時間と作品に関する正確な情報だけを提供してくれるアプリはないのか」という声もSNSなどでちらほら出てきていました。
そういった後押しもあって、単にこれまでと同じ情報誌「ぴあ」をアプリで「復活」させるのではなく、本質的な価値を踏襲した全く新しいサービスとして「新登場」できないかと、2018年11月にようやくスタートしました。
B&B・嶋浩一郎氏
「ぴあ」(アプリ)ってほんとうに絶妙につくられていますよね。昔の「ぴあ」を読んでいた人からすると、アプリを立ち上げたときに及川正通さんのイラストが表示されるのがたまらないんです。表紙の及川さんのイラストが「ぴあ」の象徴だったんですよね。
現在の「ぴあ」(アプリ)起動画面。雑誌時代と同じく及川正通氏のイラストがあしらわれている。
B&B・嶋浩一郎氏
「ぴあ」を読んでいた人たちは懐かしいなと感じられるし、「なんで情報をまとめなきゃ?」と言っていた人たちの疑問にも答えるようなものになっていますよね。
「ぴあ」編集長・岡政人氏
ベンチマークは「アプリ」でなくあくまで「雑誌」。アプリ開発の常識だと、機能は「とにかくミニマムに絞り込む」ですが、例えばジャンルを絞り込んだり、機能を検索だけに特化してしまったら、それは「ぴあ」ではなくなってしまう。「あえてぜんぶ入れ込む」にこだわりつつ、それでもストレスがないUI/UXの試行錯誤をした結果、通常のアプリ10個分ほどの機能と情報を詰めこんだようなアプリになっています。
「この舞台おもしろそう」「今日時間あるから映画でも観ようかな」「家の近くでこんなライブやってるんだ」と、目的があって検索する探し方ではたどりつかない出合いを届けたいというのが「ぴあ」復活に込めた思いです。
ニュースサイトやるぐらいなら…
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
さっき、これまでデジタル版をつくらなかった理由を「『BRUTUS』を分断したら、おもしろさが伝わりづらいから」と言っていたのは表向きの話なんです。本当の理由は、ニュースサイトを絶対やりたくなかったから。
誰々が来日してインタビューするとか、どこどこのお店がオープンしたから取材するとか、そればかりを相手にしていたら、独自の記事がどんどんなくなる。PV競争になるだけで、書いてある記事はどのサイトでもどうしても似てきてしまう。
今、「BRUTUS」は、内部エディター10人と優秀なフリーのエディターたち数人でつくっていますが、その中でニュースサイトに関わりたい編集者は一人もいません。みんな本誌をつくっていたいんです。
若い編集者もそうですよ、アニメの号(2019年3月1日に発売された「BRUTUS」の平成アニメ特集『WE♡平成アニメ』)を作ったのは28歳の女性編集なんですけど、床を転げ回るほど悩みながらも、完成したら「アニメ好きで良かった、生きててよかった」と。
B&B・嶋浩一郎氏
「BRUTUS」とニュースサイトはまったく別の仕事だってことですね。
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
「BRUTUS.jp」がニュースサイトになったらおしまいだと思うんです。ニュースサイトをやるなら僕は編集者をやめてもいい。
ニュースサイトを否定している訳じゃないんですよ。僕も毎日見るし、PVを稼いで利益化するのはビジネスとして自由なんだけど。自分が磨いてきた編集の技術はニュースサイトでは力を発揮できない、と思っているだけです。
PV至上主義の功罪
B&B・嶋浩一郎氏
雑誌は、1冊で作り上げる世界観があります。スペースが限られているので、どんな情報を選ぶかという視点がすごく重要で、その雑誌ならではの文脈や人格みたいなものが自ずとできるわけですよね。そしてそこにファンがついていく。
一方でウェブメディアでそういった世界観を築くのはとても難しいことだと思います。どうしてかというと、ウェブメディアではページビュー(PV)が高いと評価される。「この記事は、PVたくさんとれたね」と一個一個の記事が評価されて、サイト全体を通して「いい世界観だね」と評価をされることがあまりないんですよね。
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
ここはちょっと苦言として、PVがメディアビジネスの主要成果指標であるがゆえに、技巧的に、ときに詐欺的にユーザーを誘うメディアが増えたように思うんです。
例えば、記事のページ分割は、本当に必要なのか。PVを獲得するために、ひとつのニュースを5本くらいに割っていることもあるんですよ。
B&B・嶋浩一郎氏
最後のページをクリックしたらライターの名前しか書いてないこともあります(笑)。これは PVの功罪ですね。
時代に沿ったルールで勝負したほうがおもしろい
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
PV至上主義になってしまいがちなウェブメディアは作りたくない。でも、もうそうも言っていられなくなったというか。
「東京ポッド許可局」っていう、月曜24:00〜TBSラジオが放送している僕の大好きなラジオ番組があるんですね。そこでマツコ・デラックスさんの書いたエッセイについて、出演者の3人が語っていた時がありました。
昔はシャレの分かんない人がいても「まあ、そういう人もいるよね」で済んでいたのが、今はインターネットによって、「シャレの分かんない人が自分の目の前に座っている」ような感覚になったと。
だから「昔のテレビはもっと自由だった」とかつい言っちゃうんだけど、マツコさんは「新しいルールのなかでちゃんと笑いを取っていくのが私たちの仕事じゃない?」と。テレビの最先端で仕事をしている人の発言は重くて、僕ら雑誌も同じだなと感じたんです。
B&B・嶋浩一郎氏
雑誌はお金を出して買う分、ある程度コンテクスト(文脈)を理解したうえで読んでくれる人達が多いけど、ウェブは誰の元にも届いてしまうから。書き手が効かせたシャレも、読み手によっては「何だこれは!」って思っちゃう可能性があるということですよね。
「BRUTUS」編集長・西田善太氏
時代に沿った新しいルール「分断されてもおもしろい」ものは何かを「BRUTUS」も考えなければいけないし、「ぴあ」は「ぴあ」でその作戦を練って打ったんじゃないかなって。
変わってきているルールを見て見ぬ振りをしたり、懐古主義に浸るんではなくて、新しい場所で勝負するほうがおもしろいんじゃないのっていう話に、僕はちょっと感動したんです。
<登壇者プロフィール>
西田善太さん:1963年生まれ。博報堂のコピーライター職を経て1991年マガジンハウス入社。「ギンザ」編集部、「Casa BRUTUS」副編集長を経て、2007年12月より「BRUTUS」編集長。 https://brutus.jp/
岡政人さん:2000年ぴあ入社。「ぴあ」編集部にて映画担当を経て副編集長。2011年の「ぴあ」休刊後は、映画専門誌「ぴあMovieSpecial」、Webサイト『ぴあ映画生活』編集長を経て、2018年11月末より「ぴあ」(アプリ)編集長。 https://lp.p.pia.jp/
嶋浩一郎さん:1993年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局で企業の情報戦略にたずさわる。2001年朝日新聞社出向、「seven」編集ディレクター。2002~2004年博報堂刊「広告」編集長。2004年本屋大賞立ち上げに参画。2006年クリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。2012年東京・下北沢に本屋B&B開業。
(構成・執筆、株式会社ツドイ、編集・西山里緒)