職場のセクハラにどう対応するか。法律の改正に向けた国会での審議が、いよいよ始まる。
しかし、提出された法案にはセクハラ行為そのものを「禁止」する文言はない。さらに、最近その深刻な被害が明らかになってきた「就活セクハラ」に関して、学生は法の対象にすらなっていないのだ。
セクハラの禁止規定がない
政府が掲げる女性活躍の号令からも、法律の保護からもこぼれ落ちる人たちがいる(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
4月11日、東京・永田町で「就職前の学⽣も守って!セクハラ法改正4.11緊急集会」が開かれた。
今回の法改正は、2018年6月に財務省前事務次官のセクハラ問題を受け、政府が職場のセクハラ対策の強化を発表したことがきっかけだ。厚生労働省の労働政策審議会での審議を経て、男女雇用機会均等法(雇均法)の改正案などが国会に提出された。
労働法や職場のハラスメントに詳しい、労働政策研究・研修機構(JILPT)の内藤忍さんは、集会の冒頭で改正案に疑問を呈した。
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「『セクシュアル・ハラスメントの禁⽌』という文言がないんです。禁止規定がないということは、有効な救済規定もないということです」(内藤さん)
セクハラについて定めているのは、雇均法11条だ。現行法では、事業主つまり企業などに対して、社員がセクハラによって不利益を受けたり働きづらくなったりしないよう、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整えることなどを求める「措置義務」に止まっている。
つまりセクハラ自体が禁止されているわけではなく、事業主がセクハラに対してやるべきことが書かれているだけだ。事業主がこれを守らない場合は都道府県の労働局から行政指導が入り、企業名を公表する規定もある。しかし、ほとんどの企業が指導内容にすぐに従うため、企業名は公表されない傾向にある。
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そもそも労働局が事業主に指導できるのは措置義務違反についてのみで、起きた行為がセクハラかどうかの法的判断には関与できず、謝罪や反省を求める被害者のニーズを満たしていないことも多い。
違法な行為だと判断されるには民法上の不法行為に該当するかどうか、被害者が訴え、裁判で争わなければならないが、裁判は経済的、時間的、精神的な負担も大きくハードルが高いのが現状だ。
集会を主催した、女性研究者らの団体「真のポジティブアクション法の実現を目指すネットワーク(ポジネット)」では、法律に禁⽌規定を設け、被害者のニーズに合った救済が得られるよう求めてきたそうだが、改正案では結局盛り込まれなかった。
労働者ではないから就活生は対象外
撮影:今村拓馬
問題はそれだけではない。
「現行法でも改正案でも、保護対象は労働者になっています。雇用されていない人をセクハラから守る義務が、使用者(企業など)に課されていない。立場の弱い就活生や教育実習生がハラスメントを受けることが多々あって、非常に問題だと思っています」(内藤さん)
出席した議員からも、
「就活生は雇用はされていないけれども、それに準ずる。措置義務の対象に含むという考え方はできないのか」
「保護の対象は労働者とのことだが、就活であれ求職者であれ働く場面で起きることなので、救済の方法をもっと考えて欲しい。野党も議員立法を提出して頑張るが、閣法(内閣が提出する法案)を膨らませることはできないか。もしくは指針に盛り込むなど。法律では対象になっていないが相談は受け付けるというのもよくやる。そういう形ではできないか」
などの意見が出た。
就活生の定義が広すぎる?
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これに対し厚生労働省の担当者は、
「就活生へのセクハラも当然あってはいけないことだが、現状では雇用関係にない方々は対象になっておらず、制度として対応できてない。今回の改正は企業に責務を課すというかたち。就活生がどういう外縁なのか、かなり広い定義・対象になると思うので、企業がその責任をどこまで負えるのかという話になってしまう」
と述べている。
一方で、労政審の議論にも参加した日本労働組合総連合会(連合)の松野奈津子さんは言う。
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「雇均法の5条では事業主や労働者の募集及び採用について、性別に関わりなく均等に雇用の機会を与えないといけないとしています。つまり雇用する労働者だけではなく、就活生も含まれている。つまり雇均法は労働者だけを守る法律ではないはずです。
労政審の中で連合はセクハラ被害者の中に取引先や顧客、利用者、患者など第三者も対象とすべきと言ってきました。就活生ももちろん対象に入れることは可能ですし、そうすべきだという考えは持っています」
国際条約では求職者・就職志願者も対象
国際労働機関(ILO)が職場の暴力やハラスメント規制の有無を80カ国で調べた結果、規制されていないのは日本など20カ国だった。
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前出の内藤さんも雇均法1条で「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図る」と書いてあることをあげた。
「『労働者』以前に『男女の』と言っていますので、就活生を対象に含めることは法目的にもかなっている部分はあると思います」(内藤さん)
国際労働機関(ILO)でも、職場でのハラスメントや暴力をなくすための条約をつくる方針が決まっている。
そこでの労働者の定義は、雇用関係だけではない。一時解雇されている人、ボランティアで仕事をしている人、そして、求職者や就職志願者なども入っている。
撮影:今村拓馬
「このままうまくいけば6月のILO総会で採択されるでしょう。EUやアフリカ諸国はじめほとんどの国が条約採択に向けて前向きな中、日本政府はかなり後ろ向きな言動に終始しています。そんな中で今回の法案は、日本政府が条約の趣旨、批准をどう考えているのかについても非常に重要です」(松野さん)
Business Insider Japanが1月から進めてきた就活セクハラの取材では、被害にあった学生のほとんどがその企業の選考や内定を辞退していた。中には就活自体をやめた人もいる。将来の可能性を広げるための就活で、かえって選択肢を奪われている学生たちがいるのだ。しかも、被害にあったことを7割以上の人が相談できずにいる。
撮影:今村拓馬
集会の最後に、内藤さんはこう呼びかけた。
「法のはざまなんです。就活の現場でも大学でも相談に対応できていない現実を踏まえて、一番弱い立場にある人たちの保護を考えて欲しいです」(内藤さん)
今回、国会に提出された関連法案は「⼥性の職業⽣活にお ける活躍の推進に関する法律等の⼀部を改正する法律案」となっている。現状、この「女性活躍」には就活生は含まれていないようだ。国会の審議を見守りたい。
(文・竹下郁子)