東京のデザイナーズブランド「ネーム」展示会風景。アパレル業界では、新たなブランドが次々生まれている。
提供:ターミナル
激動のアパレル業界において、ここ数年の大きなトピックスの一つに「小規模ブランドの台頭」が挙げられる。これまで販路としての実店舗や大量生産などの初期投資が必要とされたアパレル業界を変えたのはテクノロジーだ。少数ロットで洋服を生産できるsitateruやnutteなどの生産プラットフォームをはじめ、BASEやSTORES.jpなどの無料ECプラットフォーム、集客のためのSNSという川上から川下までを網羅するあらゆるサービスが登場。誰もが気軽にブランドを始められる環境が整った。
こうした数あるITサービスの中で、特に東京のデザイナーズブランドから支持を集めるサービスがある。ターミナルが運営する展示会・卸業務の効率化のためのオンラインプラットフォーム「ターミナル・オーダー」だ。
展示会オーダーのデジタル化は盲点だった?
ターミナルが、受注取引の場として、ブランドに提供している商品ページ。
出典:ターミナル・オーダー
展示会といえば、次シーズンに向けてセレクトショップや百貨店のバイヤーが買い付ける商品を決める、いわばブランドの商談の場。特に自社で直営店を持たないブランドにとっては、むこう半年の売り上げが決まるもっとも重要な期間と呼べる。しかし、これまでの展示会では紙での受注をメーンとしており、受注内容を手作業でパソコンへ入力するなど、アナログで煩雑な作業が数多く存在した。ターミナルはここに目をつけた。
ターミナルは2014年5月に設立。2015年にサービスを本格稼働した。利用ブランドは月額課金制で利用登録をすれば、オンライン上の受注取引が可能になる。買い付ける側のバイヤーは招待されれば無料でサービスを利用でき、リアルな展示会の場でなくても、写真付きの商品ラインナップを画面上で閲覧することができるようになる
これまでのアナログな展示会では、サンプルの準備過程で情報が変わるたびに受注シートを変更したり、展示会後の複数社とのやりとり・データ作成におけるヒューマンエラーが避けられなかった。
ターミナルが目指したのは業務の効率化と自動化によるヒューマンエラーの削減。人力を省き集計期間にかかる時間を短縮することで、受注時間を延ばしたり、生産を早めたりすることも可能になった。
ターミナルがブランド向けに提供する、ITサービスのメニューが一覧できるダッシュボード画面。
出典:ターミナル・オーダー
現在の利用ブランド数は約350。中心は年商1億~3億円で、卸売りがメインのブランドだ。一方のバイヤーには、百貨店や大手セレクト、地方有力店など約5600社、1万2000人の登録がある。これまでのプラットフォーム上での累計流通総額は700億円を突破した。
「バックオフィス支援」で中小ブランドの課題解決を
ターミナル代表の伊奈亮輔さんは、セレクトショップでの販売・仕入れの経験と、IT企業での経験とをあわせ持つ。
撮影:角田貴広
地道に利用者を伸ばしてきたターミナルだが、今年4月に創業メンバーで執行役員COOだった伊奈亮輔さんがあらたに代表取締役に就任した。伊奈さんは高校卒業後に働きはじめた名古屋のセレクトショップで販売・仕入れ・売上管理などを担当。上京後、25歳でモバイル課金サービスを提供する会社へ転職、サイバーエージェント子会社のファンビジネス事業責任者を経て、ターミナルに参画した創業メンバーだ。
ターミナルを利用する側でもあるバイヤーとしての知見もあわせ持つ伊奈さんが感じていたのは、「中小規模のブランドが経験する成長ハードル」だった。
冒頭でも述べた通り、現代には利便性の高い無料サービスがたくさんあるからこそ、成長過程のブランドにとっては「どのサービスを組み合わせて使うのか」が重要な判断となる。それぞれのサービスがデータ連携できたり、より効率的に利用できる環境はブランドにとって欠かせない。しかし、現状、サービスを超えた連携はまだまだ一部分にとどまっている。
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成長に悩むブランドとしては『作業効率化』(サービスを連携させて売上拡大に集中できる環境作り)よりも『コスト削減』(不必要なサービスを切り捨てる作業)を考えがちになる。
「私自身も今までさまざまな局面でそういう判断をしてきたし、結果的にブランドが縮小したり、休止・倒産してしまったりという話をこれまでも聞いてきました。もう少し成長段階の小規模ブランドに早い段階からソリューションを提供することで、さらなる成長の支援ができるのではないかと考えたのです」と伊奈さん。
東京のデザイナーズブランド「ネーム」展示会風景。
提供:ターミナル
こうした思いから、他社とのサービス連携を踏まえて顧客ロイヤリティの向上が期待できる仕組み作りに注力するよう、伊奈さん主導のもと、会社としての方針を見直し始めた。
新たに掲げたミッションは「ファッション・ビジネスに関わるすべての人にオペレーショナル・エクセレンスを」。これまで「展示会ツール」と銘打っていた同社は、展示会を起点に「バックオフィス全般」を支える会社へと視点を広げた。
「会社としても、営業面だけでなく、ECや物流の相談をいただくなど、実際にお手伝いするケースが増えてきた。今の業績が好調だからといって、苦手なことや顕在化しつつある課題に目をつむってしまうと、いざというときの底力が発揮できない。インターネットによってブランドが持続できる仕組み作りこそ、われわれがやるべきなのです」
展示会データは無限の可能性を抱えている
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そもそも、半年間の売り上げを左右する展示会をデジタル化したところで、その先にある基幹データと連携をしていないために、販促やマーケティングにデータが生かせてないないのはもったいない。すでに販売・在庫・生産管理の「アラジンオフィス」と連携を始めるなど、展示会データを起点にスマートな商品情報の流れを作り始めている。
こうしたデータ連携を経て、受注会というブラックボックスを可視化することで、もっと健全なブランドの成長をサポートできる仕組みを生み出したいという。中長期的には売上データをもとに、展示会の受注内容をアシストするなど、ブランドの成長支援ができる企業を目指す。
「私はアパレル業界でクリエイティブな仕事をし続けるには自身のセンスに限界があると感じていました。だからこそ、IT業界からアパレル企業を支援できる仕組みを考えてきた。アパレル企業では、どうしてもクリエイティブな作業が優先されて、バックオフィスは単なる作業だという見方もあります。だが、私は綺麗な業務フローを作ることもクリエイティブだと思うのです」
(文・角田貴広)