「テレビ・ラジオ放送事業者は、国民のヒーローだ。ローカルニュースを提供し、災害時の緊急放送もしている」
全米放送事業者協会(NAB)のゴードン・スミス会長が、米ネバダ州ラスベガスに集まった放送関係者をほめたたえた。4月8日に開幕した放送機器展NABショーの基調講演でのことだ。
放送機器展NABショーでも注目されているのは配信サービスで、「ストリーミング」の大きな文字が踊る。
撮影:津山恵子
しかし、放送事業者をたたえた講演内容とは裏腹に、ショーのフロアに一歩踏み出すと、そこは「ネット配信」関連の技術や機器の展示一色だった。放送波は使わない、つまり放送事業者とは関係がないNetflix(ネットフリックス)やAmazonのようなネット配信サービスがいかに注目されているかが一目瞭然だった。
NABショーが閉幕した直後の4月14日夜(米東部時間)には、人気ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ(GOT) 最終章」第1話が、ドラマ専門局HBOで放送された。筆者がそのドラマを見るパーティーに行くと、友人がテレビで映したのは、Huluの同時配信。若者はテレビチャンネルのHBOでドラマを見る気などさらさらないのだ。
GOTをググると、「GOTをストリーミング(ネット配信)で見る方法」というリンクが真っ先にヒットする。
放送直後にオンラインで視聴
アメリカには300を超えるネット配信サービスがある。ウェブサービス大手アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)もNABショーに大きなブースを構えていた。
撮影:津山恵子
Netflix、Amazon Prime、Huluなどの“巨人”だけでなく、アメリカではネット配信サービスがすでに300もあるという(コンサルティング会社デロイトUSAによる)。主なものはRoku Channel、Vudu。日本のキー局に当たるネットワークテレビ最大手CBSまでがネット配信に参入し、CBS All Accessを提供している。
Netflixのようにオリジナル作品を見せる配信サービスだけでなく、ケーブルチャンネル(CNNなど)を束ねて低料金で提供するサービスもある。最近ではワークアウトストリーミングと呼ばれるPelotonのように、視聴する個人によって異なるフィットネスのプログラムを配信するものも。
アメリカでは地上波を直接受信して無料で放送を見ることが少なく、放送事業者のチャンネルを見るには、ケーブルテレビなど有料の「ペイTV」を契約しなくてはならない。しかし、ペイTVの月額は最低でも100ドル前後(テレビ+インターネット接続料金)で値上げが続いており、学生など若者は一人暮らしを始めてもペイTVを契約しない人が増えている。主要テレビ局のドラマやリアリティショーなどが、放送直後にオンラインで見られるためだ。
そこで注目されているのが、ペイTVを契約しなくてもネット経由で主なチャンネルを見られる「スキニー(限定された)バンドル」。スキニーバンドルとは、ケーブル局や限定された地上波テレビ局をネット上で再配信するサービス。
注目されているのはその価格の安さだ。衛星放送事業者Dish Networkが立ち上げたSling TVは30チャンネル超で25ドルと「価格破壊」を引き起こして話題を呼んだ。この他、Hulu+Live TV(60チャンネル+、月額45ドル)、YouTubeTV(60チャンネル+、40ドル)PlayStation Vue(55チャンネル+、45ドル)、DirecTVNow(40チャンネル+、50ドル)などがある。
放送業者やソーシャルメディアも参入
世界でNetflixへの反撃が始まっている。
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世界でもNetflixの一人勝ちを阻止しようと、次々にネット配信サービスが立ち上がっている。ハリウッド・リポーター誌によると、主に放送事業者が中心となって、Netflixへの反撃を強めている。
10カ国で展開する欧州最大の放送事業者RTLグループは2019年3月、向こう3年間で4億ドルを投資し、オンライン配信サービスを強化すると発表した。投資のほとんどを、Netflixのようにオリジナル作品を製作したり、コンテンツを獲得するのに割り当てる。
英公共放送のBBCと英民間放送のITVも共同出資で、両局の番組を集めた「BritBox」を計画。フランスのメディア大手Vivendiは月額8ドル(7ユーロ)と、Netflixと同じ低料金で「Canal+Series」を展開する。
アジアでもインド、マレーシア、シンガポール、中国ですでにサービスが次々に浮上。中国のソーシャルメディア大手テンセント(騰訊)もオンライン配信に参入を発表している。
さらにアメリカのネットワークテレビ最大手CBSは、アメリカ国外でもオンライン配信を始めている。CBSは、「CBS All Access」というオンライン配信サービスをアメリカで展開するが、これをオーストラリアで開始し、同局の人気ドラマ「NCIS(邦題:NCIS ネイビー犯罪捜査班)」などを提供している。
アメリカでオンライン配信が拡大の一途を辿っているのは、
- 若者を中心にテレビを見るコストを下げようとする傾向
- オンライン配信でパーソナライズ化されたテレビ視聴が可能になる
という2つの要素が後押ししている。
配信サービスは世界で1000にも
オンライン配信になればテレビがパーソナルテレビとなる?ベライゾン・デジタル・メディア・サービスのブースでは、個人ごとに異なる番組編成で見られるサービスを展示していた。
撮影:津山恵子
ネット配信のための回線・コンテンツの保存・セキュリティなどを請け負う大手で、NABショーに出展していた通信大手ベライゾンの子会社ベライゾン・デジタル・メディア・サービスのアジア担当、マシュー・スタージェス氏はこう指摘する。
「オンライン配信になれば、Netflixのように好きなものを好きな時に見られるだけでない。好きなジャンルのものだけをカスタマイズして見るなど、まさにテレビ=パーソナルテレビとなる」
スタージェス氏は、まだネット配信の市場が拡大していない日本に拠点を構えたい意向だ。
デロイトによると、世界にオンライン配信サービスで既存、あるいは発表レベルのものは1000に上るという。アップルも動画配信サービス「アップルTV+(プラス)」を2019年秋に開始するほか、ディズニーも年内に独自サービスを始めるため、市場はさらに競争が激化する。
こうした配信業者が日本市場にも進出ことも予想され、こうした動きに日本の放送事業者も対応すべきなのは間違いない。
(文・津山恵子)