東大院出てもUターン就職。東京より地元、転勤より家族、就活しない……親世代とは変わる優先順位

「仕事ばかりの人生はイヤ」「お金より家族との時間が大事」——。いわゆるいい大学を出て大きな会社に勤めて一生懸命働けば、安定して幸せな人生を送れるという価値観はいまだ根強い一方で、そこにとらわれない人は20〜30代を中心にじわじわ増えつつある。

そう考える根底には何があるのか。

東大は魅力だが東京で働くつもりはない

東大

東大で学ぶことには魅力があったが、東京で働くことには、とくに興味を持てなかった。

「こんな田舎に戻ってきて大丈夫なの?」

東大大学院で自然科学分野の研究をしていたミサさん(23、仮名)はこの春、生まれ育った東北地方の地元に戻った。東京ではなく、地元に戻って就職活動をすると告げた時、地元を出て暮らしたことのない母親は、心配そうな顔をした。

ミサさんは大学進学以来過ごしてきた文京区の自宅を引き払い、現在は実家で暮らしながら就活をしている。

「東大で学ぶことには魅力があったのですが、暮らすなら絶対、地元がいい。人の多い街でバリバリ利益を追求するより、家族との時間を大切にしながら、自然豊かな地域のために働きたいのです」

就職先には県庁や市役所といった地方公務員、または地元のインフラを担う民間企業に勤めるのもいいと考えている。

ミサさんの故郷は、日本の多くの地方自治体同様に「県内の山間部は過疎化が進んでいます。そうした地域を切り捨てることなく、いろんな人を支えながら地元の発展に貢献したい」。

親は「せっかく東大を出たのに」

渓谷

美しい自然に囲まれた地元のために働きたいと、ミサさんは言う。地元の家族や友人たちは、その決断にかえって驚いた(写真はイメージです)。

GettyImages

ただ、そうしたミサさんの決断は、親には意外だったようだ。孫が地元に戻ってくることを手放しで喜んだのは、周囲では祖父くらいだった。

「やはり、せっかく東大を出たのだから、東京や世界で活躍してほしいという気持ちが、あったんだと思います」

もちろんミサさんは、親の気持ちも分からなくはない。しかし、だからといって迷いはない。

「親世代とはそのあたりの価値観が違うな、と思います。地元の県も、かつては東京を追いかけることがステイタスだった。でも今は必ずしもそうではありません。東京はやはり人を増やして建物を新しくして、経済を発展させていく街ですが、今の地元は違うベクトルを向いている」

東大で自然科学を学ぶ原点には、地元の美しい星空や緑に囲まれた環境があった。今度はその中で、働き、暮らして行きたいというのが、今の実感だ。世は空前の売り手市場。東大を出ればさぞかし、就活も引く手あまた……といった発想は、ミサさんにはない。

転勤なし選ぶ理由は、迷いなく家族

東京

家族との時間を何より優先したいという、社員の意思を優先する起業も出てきた。

「転勤なしのコースを選択しました。理由は家族です」

外資損保大手のAIG損害保険仙台支店の、営業職として働く南雅文さん(35)は会社の調査に対し、「東京・埼玉エリア」で勤務したいという希望を伝えている。

AIG損保は2018年に「全国転勤制度」の廃止を発表。全国200拠点を13エリアに分け、対象となる5000人の社員へのアンケートの結果、それぞれが自分の望んだエリアで働ける制度を本格導入した。

欠員が出る、または一時的に希望者がうまくマッチできないなどの場合には、従来型の転勤制度を希望する社員を配置することで解消を図る。毎週の交通費や住居手当の上積みなど、特別な手当でフォローすることで、全国拠点を回していく。

個人の人生プランを社としても優先させることで、社員のモチベーション向上と採用強化につなげたい考えだ。

「正直、なんていい制度なんだろうと思いました。ただ、もともとこの制度が始まらなくても、上司には関東に戻りたいと話していました。親の老後のことがあるからです」

南さんは2007年にAIGに入社。全国に支店のある損保の営業職として、東京、千葉、仙台と複数回の転勤をしてきた。小学校教諭の妻との間に、4歳と2歳の男の子がいる。

妻は仙台への転勤のタイミングで仕事を辞めて、ついてきてくれた。

「子どものためにも家族一緒に過ごすことが大切ということで、妻も私も一致していました」

5年目を迎える仙台での暮らしは「ずっとここで暮らしてもいいほど気に入っていた」という南さんだが、これから親が老後を迎えるにあたり、「お互いのきょうだいも交えて話し合いました。そこで、私達家族は関東に戻ることを決めたのです」。

単身赴任続けた父親世代を否定する気はない

息子

昼夜を問わず、全国を転勤しながら、家族のために働いてきた父親を否定する気は全くないが……。(写真はイメージです)

「転勤なし」を選んでも、南さんは変わらず組織でのステップアップを目指している。ただ「お金を稼ぐことこそが家族のためとがむしゃらに働くような、入社当初の考え方からは、変わってきた」と言う。

どんな家族でありたいかと考えた時に、「男の子が2人なので。週末にキャッチボールやサッカーを一緒にしてやりたいという思いが強いです。子どもの頃、そういう家族がやはり、うらやましかったので」。

南さんの父親も全国転勤の会社員で、南さんの小学校入学以降はずっと単身赴任を続けてきた。

「父親の世代はそうやって家族を支えることが愛情だったと思います。そこを否定する気持ちは全くない。ただ今の時代は、家族一緒に暮らしながら働けるなら、自分はそうしたいのです」

仕事よりも家庭・プライベート6割超

2017年調査「仕事と家庭・プライベートのバランス」

出典:内閣府「就労等に関する若者の意識」2017年版子供・若者白書

現代は、「出世や高収入より家庭やプライベートを大切にしたい」と考える人が、とくに若い世代を中心に増えていることは、官民を問わずさまざまの調査で表れている。

内閣府が全国の16〜29歳、1万人を対象とした「就労等に関する若者の意識」調査(2017年)によると、「仕事よりも家庭・プライベートを優先する」と答えた人は64%。2011年調査の53%より10ポイント超増えている。

だからといって、仕事に意欲がないのとは、少しワケが違う。前出のミサさんにしても南さんにしても、仕事には意欲的だ。ただ、「何のために働くか」という、そもそものベクトルが違うのかもしれない。

高度成長期からGDP世界2位(現在は3位)に上り詰めるまで、日本経済は確かに成長・拡大を追求してきた。しかし、20〜30代はその後のバブル崩壊後に長引いた不況と、低成長時代の中で大人になっている。

物心ついたときには、あるいは生まれた時から、社会は経済低迷ムードに染まっている。人生の優先順位は、経済規模の追求からもっと別の何かへと、ゆるやかにシフトしつつあるのかもしれない。

必ずしも大卒である必要ないラッキーな時代

人混み

「30年前に生まれていたら、いい大学に入っていい会社に入って……というステップを踏むことを選んでいたかもしれません。でも今は、必ずしもそんな道を選ばなくても、やりたいことができる、ラッキーな時代だと思っています」

雪竹秋華さん(22)は、東京・銀座のシェアオフィスであるWeworkに毎日、足を運び、そこを拠点に仕事をしている。2つの会社に在籍しながら、イベント運営やPRなどの仕事を掛け持ち、在籍する都内の私立大学は4年生から休学中だ。

Weworkのシェアオフィスにはベンチャー企業の経営者やフリーランスで働く人、大企業の社員など、多彩な顔ぶれが出入りしている。その中で日々、仕事の相談や情報交換ができる環境は、雪竹さんにとって、毎日大学に通い、3年生になれば就活……といった、一般的な学生生活より魅力的だ。

Wework

Weworkのシェアオフィスでは、起業家やフリーランス、企業など、多彩な顔ぶれが毎日、交流できるスポットとなっている。写真は東京・神宮前のWework。

親や周囲からは「大学は出ておいたほうがいい」と言われるが、今の雪竹さんは、大学に戻ることに重きを置いていない。

「アートやデザイン、建築など勉強したいことはあるのですが、大学じゃなくてもできるし、働いてからまた入り直してもいい。Weworkで出会う、やりたいことを仕事にしている人たちには、高卒の人も学生もいて。必ずしも大卒である必要はないと考えるようになりました」

もちろん就活をするつもりはない。来年には自分の会社を立ち上げて、好きなことを軸に仕事を続けていく考えだ。

「将来たとえ、生活に困らない収入があったとしても、仕事は続けていると思います。遊んでいるよりずっと刺激的で楽しい。仕事を通じて得られる出会いや体験が魅力的なので」

共通の幸福モデル崩壊

新卒採用のルートに乗ることもなく、学生時代から社会に出て働くという雪竹さんのような人は現状、少数派だろう。

ただし、経済低成長の時代だった平成を経て、多くの人が共有する「幸福モデル」が崩壊する中で、故郷のために働いたり、家族との時間を優先したり、就活せずに仕事を始めたり。

その選択はさまざまだが、世間にどうみられるかではなく「自分はどう思うか」を問い直す時流が生まれていることは、間違いなさそうだ。

(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)


新卒一括採用に終身雇用、住宅ローンを組んでマイホーム、企業戦士と専業主婦家庭といった、かつて共有されていた人生モデルは、令和が幕を開けた今、すでに崩壊を迎えています。日本経済が長く低迷する中で成長した20〜30代の価値観は、消費も働き方や政治に対する考え方も、親世代のそれとは変容しつつあるようです。低成長時代をのびやかに生きる、幸福のかたちとは。

Business Insider Japan編集部とYahoo!ニュースの共同企画。5月3日から計4本を公開します。

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