LINEブランドでありながら、ソフトバンクの子会社のLINEモバイルがau回線の提供を開始する。
LINEの格安SIM(MVNO※1)事業のLINEモバイルは4月22日、au回線の提供を開始する。au回線の取り扱いは、NTTドコモ回線、ソフトバンク回線に続いて3回線目。大手3キャリアすべての回線を扱う格安SIMの事業者は、関西電力子会社の「mineo」や、九州電力子会社の「QTモバイル」などが既にあるが、比較的珍しい部類に入る。
しかし、LINEモバイルが3回線を扱う事実よりも、「au回線を扱う」ことの方が意外性は高い。LINEモバイルは2018年4月にソフトバンクと資本業務提携を結んでおり、出資比率ではソフトバンクの子会社だからだ。
LINEモバイル社長の嘉戸彩乃氏。
なぜLINEモバイルがau回線を扱うようになったのか。また、NTTドコモの新料金プラン発表、10月の楽天モバイルのMNO※2化などで激しく揺れ動く通信業界で、どう戦っていくのか。LINEモバイル社長の嘉戸彩乃氏に話を聞いた。
※1 MVNOとは:
自社で通信設備を持たず、MNOから借り受け事業を展開する仮想移動体通信事業者(Mobile Virtual Network Operator)のこと。※2 MNOとは:
自社で通信設備を所有する移動体通信事業者(Mobile Network Operator)のこと。日本では2019年4月現在、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社を示す。
au回線提供で、キャリアからの移行をさらに促す
LINEモバイル2019年2月にau回線の提供を予告していた。
最大の疑問である「ソフトバンク子会社であるLINEモバイルが、なぜau回線を扱うのか」について嘉戸氏は、「ビックリされた方は多かったと思う」と話す。
「LINEとしてそもそも(ソフトバンクと)資本業務提携した理由は、主に独立したMVNOとして契約者数を増やそう、というところにある。
では、MVNOとしてどういう形でいるべきかと考えたとき、3キャリアのネットワークは(ユーザーからの)信頼が高いので、お客さんがどの回線を選ぶべきか迷ったときに『どの回線でも使えますよ』と言うと、(MVNOへ)移行する際の心理的なハードルはすごく低くなる。
なので、NTTドコモ、ソフトバンクと対応するならauも、という形になった」(嘉戸氏)
嘉戸氏が話すように、乗り換えを検討するユーザーとしては、現在契約中のキャリアと同じ回線のネットワークが選べれば、たしかに安心感は高い。例えば、特定のネットワーク以外はつながりにくい場所に住んでいたり、SIMロックがかかった状態の端末を持っている場合などでも、元のキャリアと同じ回線を選べば、電波状況の不安はなく、端末はそのままで通信料金が一気に安くなる。
LINEモバイルのトップページ。「iPhone 6s」など端末とセットでも購入できる。
出典:LINEモバイル
しかし、日本では長らく「端末+通信」のセット販売が行われてきた。いわゆる“0円ケータイ”の時代から“契約を変える”=“端末も変える”というイメージがある。「別にLINEモバイルが努力して3キャリア分の回線をそろえる必要はないのでは」という意見もあるかもしれない。実際、LINEモバイルでは回線とSIMフリースマホのセット販売も行っている。
これに対して嘉戸氏は「全体の8割ぐらいは、お持ちの端末をそのまま使っている」と断言する。
「端末自体は昔ほど(年ごとの)進化はしておらず、端末の利用期間は3〜4年と段々と伸びている。一方で通信費を安くしたいというニーズは高まっている。
回線さえ変えれば安くなる。この事実はまだ一種の“裏ワザ”的な認知度に留まっていて、もっと広めていかないといけない」(嘉戸氏)
LINEモバイルでは、ドコモ、au、ソフトバンクという3回線の料金、そして、いわゆるカウントフリー(TwitterやLINEなどの通信をデータ量からカウントしないサービス)などの主な機能は、ほぼ同じになっている(回線に依存する留守番電話機能などは除く)。乗り換えたいユーザーは、ただ使いたい容量や機能、そして回線を選ぶだけでいい。
ソフトバンクとの資本提携、LINE側の狙い
ソフトバンクの3ブランド体制を解説する社長の宮内謙氏(2019年2月)。
通信業界のプレスの間では当初、LINEモバイルがソフトバンクの子会社になったことで、ソフトバンク色が強くなるという見方は多かった。しかし、今回のau対応をみると、周囲が思っていたより「LINEモバイルのソフトバンク化」は進んでいないように思える。
逆に、ソフトバンク傘下に入ったことは、LINE側にどんなメリットがあったのか? 嘉戸氏は複数のメリットはあったとしつつも、最も明確なのは「仲間が増えたこと」と語る。
「LINEモバイルでは、LINEの社員とソフトバンクからの出向している方が1つのチームになっています。これは会社としては非常によかった。
マルチキャリア展開も、出向してくれた通信技術担当の方がいなければ、こんなに早く展開することではできなかった」(嘉戸氏)
加えて、嘉戸氏は「LINEの中にいてもLINEのことはわかっていなかった」とソフトバンクの子会社になった思わぬ効果も口にしている。
「(広告の打ち方など)こういうことができるんじゃないか、という外の意見をもらったからこそ、『こんなに(LINEモバイルへの)流入が増えるんだ』と感じることが多々あった。
特徴的なところだと、LINEにはLINEモバイルと親和性の高いサービスとして、LINEポイントやターゲティング広告のメニューなどがあるが、それらを提携前より(LINEモバイルが)効果的に使えるようになったという点」(嘉戸氏)
大手キャリアの新料金“誰にとっても安い”は難しい?
新料金プランを発表するNTTドコモ社長の吉澤和弘氏。
ソフトバンクという強力な後ろ盾を持ったLINEモバイル。しかし、通信業界全体を見てみると、低容量のデータ利用者や家族で契約している人が安くなるNTTドコモの新料金プランなど、格安SIM業者には逆風とも見える動きがある。嘉戸氏はこの状況に対しても、あくまで強気だ。
「“誰にとっても安い”というのは(MNOにとって)いろいろな事情もあって難しいのでは、という印象。逆に、新興市場、新興企業ができるところはそういうところだと思う。
あと、LINEモバイルは(LINEやウェブでの契約が中心のため)“店舗に行かないとわからない料金プラン”というのはないようにしたい。
このように、ビジネスの構造やどういうお客さんがいるのかなど、MNOとは根本的に違うというのが、月額1000〜3000円程度のMVNOが展開している世界だと感じている」(嘉戸氏)
LINEモバイルのCM。
出典:LINE
嘉戸氏によると、LINEモバイルの最も多いユーザー層は20〜30代で、男女比は同じ程度だという。これはLINE上での活発なマーケティング活動の成果でもあるが、月間アクティブユーザー数が約7900万のLINEプラットフォーム上での拡散、女優の本田翼さんと自社キャラクターを起用したテレビCMなど、若いLINEユーザーに親和性の高い取り組みを行っているからだろう。
LINEが格安SIM事業をやり続ける理由
プラットフォーマーとしてのLINEの狙いを語る嘉戸氏。
実はLINEモバイルは、5月1日以降の申し込み分から、通信費に応じて付与するLINEポイント(1%、1ポイント=1円)をなくすなど、側から見ると「LINE経済圏の一部」としては不可解ともとれる動きをしている。
嘉戸氏は、通信事業にLINEが手を広げる理由を「プラットフォーマーとして通信をやるのは当然」と話す。
「LINEはメッセンジャーからはじまり、EC、金融……と新しいサービスを増やしている。けれど、それはどのプラットフォーマーも同じで、違いは出身がどこかという点だけ。
LINEが通信をすべき必然性は、経済圏をつくるという意味合いが大きい。家計の中で最も占めるのは買い物、通信、保険など。それらをオンライン企業のLINEとして、どうわかりやすく提供できるか。
一般的にプラットフォーマーには、どれだけ自分たちの上でお金を使ってもらえるか、滞在時間はどれぐらい長くいていただけるか、どれだけの数を使ってもらえるかという3点を重要視している。
LINEもビジネスモデルとしてはそれらの視点があるため、戦略としては(通信をやり続けるのは)当然だと思う」(嘉戸氏)
一方、気がかりな「LINEポイントの付与をなくす」という判断に至ったことについても明確な理由があるという。
「実は通信費に応じたLINEポイントの付与は、やっていてもなかなか気づいてもらえていなかった特典だった。同じようにポイントを付与するなら、もっとわかりやすいキャンペーンに寄せた方がいい、もっとLINEポイントを知ってもらえるような施策にしよう、という考えに至った。
既存のお客様向けには当然この特典は残すが、今後はもっと“もらってうれしい、楽しい”と思えるようなキャンペーンを展開していきたい」(嘉戸氏)
LINEモバイルが2月に発表した成長度合い。
MMD研究所の「2019年3月格安SIMサービスの利用動向調査」によると、格安SIMをメインで使っていると答えた人のうち、利用率が最も高いのは、ソフトバンクのサブブランドであるワイモバイルを除くと、1位は楽天モバイル(25.1%)、次にmineo(12.7%)、UQ mobile(10.7%)と続く。LINEモバイルは8位(4.9%)に留まっている。
嘉戸氏は、LINEモバイルの当面の目標を「1000〜3000円のMVNOで1位をとること」とする。とはいえ、いかにLINEの知名度が高く、LINEなどのカウントフリー施策があると言っても、“選択肢が3キャリア揃った”というだけで1位を狙うことは簡単ではないはずだ。
嘉戸氏は、魅力的なキャンペーン施策の必要性も認識しており、さまざまな形の検討を進めているという。ソフトバンク傘下に入って2年目、新施策はビジネスにどんな影響を与えるのか。回線速度などのコストパフォーマンスとともに、注目しておきたい。
(文、撮影・小林優多郎)