アップルの「自分らしく生きることを支援」使命感がブランドを作った

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アップルは企業ミッションを明示していないが、ブランド観には強いこだわりを持っている。

Getty Images/Eric Thayer

GAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーをめぐる第2弾はアップル。

アップルがなぜあれほどのブランドを築けたのかについて、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』の著者で、立教大学ビジネススクール教授の田中道昭さんに、寄稿してもらった。

自分らしく生きることを支援する

アップルは、アマゾンやフェイスブック(Facebook)などのようにミッションを明示していません。

しかし、ブランド観は明確です。広告では「リードする」「再定義する」「革命を起こす」といったメッセージを打ち出し、アップルが目指す世界観を表現しています。

また、テレビCMで使われた「Think different.(違う視点で考える)」「Your Verse(あなたの詩=あなたらしく生きる)」などのフレーズが印象に残っているという方も多いことでしょう。このフレーズから読み取れるのは、アップルは製品やサービスを通じて人がおのおのの視点を持ち、自分らしく生きることを支援したいと考えているということです。

私は、アップルが持つ「自分らしく生きることを支援する」ことへの強いこだわりは、使命感と呼んでもよいほどだと思っています。

「自分が世界を変えられると信じる人」を礼賛

スティーブ・ジョブズ

1998年に行われたスティーブ・ジョブズによる基調講演。右側の写真はCMにも登場したパブロ・ピカソだ。

REUTERS

このようなアップルの使命感は、2011年にこの世を去った創業経営者スティーブ・ジョブズの思いを継いだものでしょう。ジョブズはかつてアップルを追われた時期がありましたが、復帰直後の1997年に公開されたアップルのCMで打ち出されたのが「Think different.」でした。

CMにはアインシュタイン、ジョン・レノン、パブロ・ピカソといった世の中を変えた天才たちの映像と、次のようなナレーションが流れました。

「クレイジーな人たちがいる/はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人たち/四角い穴に丸い杭を打ち込むように、ものごとをまるで違う目で見る人たち/彼らは規則を嫌う/彼らは現状を肯定しない/彼らの言葉に心を打たれる人がいる/反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる/しかし、彼らを無視することは誰にもできない/なぜなら、彼らは物事を変えたからだ/彼らは人間を前進させた/彼らはクレイジーと言われるが/私たちは天才だと思う/自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが本当に世界を変えているのだから」

このCMには、アップルが自社の製品やサービスを通じて社会に提示したい哲学が詰まっています。そしてジョブズ亡き後も、現CEOのティム・クックはこの哲学を守ってアップルの経営にあたっています。

一般に、企業のブランディングにおいてもっとも重要なのは、「経営者や創業者などの個人が発するメッセージ」=「セルフブランディング」です。彼らの想いやこだわりが会社全体、製品やサービス、店舗などに浸透していることが強いブランドを築くことにつながります。

この点においてアップルは、ジョブズの強烈なメッセージ、それを継承するクックと、ジョブズのこだわりを製品に昇華させ続けてきた最高デザイン責任者ジョナサン・アイブの手腕により、今もほかのテック企業を圧倒する強固なブランド力を保持しているのです。

美しさに対して偏執的にこだわったジョブズ

スティーブ・ジョブズ

創業経営者スティーブ・ジョブズ。そのプレゼン能力はアップルのブランドを作る上で大きな役割を果たした。。

REUTERS/Kimberly White

アップルの現在の「将」はクックですが、アップルについて考える上ではまず創業経営者であるジョブズについて知る必要があります。

ジョブズが数百年に一人の天才であることは疑いようがありませんが、その一方、歴史上の革命家に共通するように極端なパーソナリティの持ち主でした。

ジョブズ公認の評伝『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン)には、取引先企業からのチップ供給が遅れそうになったとき、ジョブズが打ち合わせの席に乱入して、「お前たちは役立たずのタマなしくそったれ(Fucking Dickless Assholes)」だと叱り飛ばしたエピソードが紹介されています。その後、納期内にチップを納めたその会社の幹部は「チームFDA」と背中に大書したジャンパーをつくったそうです。

また、ジョブズは並外れたプレゼンター、マーケッターでした。『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』で、著者のカーマイン・ガロはジョブズのプレゼンテーションについて「ドーパミンを放出させる力がある」と述べています。ジョブズのプレゼンテーションは多くの人々を熱狂させ、アップル製品への期待を高めただけでなく、アップルのブランド価値向上にも寄与したといっていいでしょう。

そしてものづくりにおいては、偏執的といえるほど細部へこだわりを見せました。ジョブズは、見えもしない回路基板のチップさえ、きれいに並べろとうるさかったといいます。 このような人物の代わりは、誰にも務めることはできないでしょう。

多様性の象徴的人物となったクック

ティム・クック

現アップルCEOティム・クック。彼はジョブズが持っていなかった会社運営術も兼ね備えている。

REUTERS/Robert Galbraith

ジョブズと比べてしまえば、現CEOのクックは「普通の人」の印象が拭えないかもしれません。しかし、クックもまた優れた経営者であり、十分なカリスマ性を備えています。

経営者には右脳インサイト型のカリスマ経営者と、左脳オペレーション型の経営者が存在すると私は考えています。それでいうとジョブズはまさに右脳型ですが、クックは右脳と左脳の両方が優れたバランス型です。

そのバランス感覚を活かし、「ジョブズの後継者」という強烈なプレッシャーを受けながらも、アップルという世界的大企業の舵取りをしっかり果たしています。クックが持つ「組織力を向上させる能力」はジョブズにはなかったものであり、この点は絶対的に評価すべきところです。

またクックはCEO就任後、ゲイであることをカミングアウトし、アメリカにおける多様性やリベラルの象徴的な存在となりました。今はクック自身がアップルの1つのバリューになり、独自のリーダーシップとマネジメントを発揮するようになっています。

「女性や人種、LGBTの雇用機会問題に真摯に取り組んでいることは言うまでもない。また個人のプライバシーの保護や規制への支持、テクノロジーの使いすぎの問題に取り組み、テクノロジーの行き過ぎを是正する立ち回りも見られる」

「クック氏が推し進めているのは、社会的に正しいこと、企業と社会、ひいては人類が持続的に発展していくことの追求」(松村太郎『週刊東洋経済』2018年12月22日号)

という指摘もあります。クックは革命的とまではいえないかもしれませんが、彼もまた、天才的な経営者です。

優れたブランドとは何か

iPHoneブランディング分析

『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』より

ここで私の専門領域の1つであるマーケティングにおけるブランド論からアップルを分析していきます。

ブランドには、

  1. 創業者や経営者のブランディングであるセルフブランディング
  2. 商品・サービスを対象とする商品ブランディング
  3. 企業全体を対象とするコーポレートブランディング

があります。GAFAと呼ばれる米国メガテック企業4社の共通点としては、コーポレートブランディングに優れているということが挙げられます。

その一方で、当該企業が提供している商品そのものがブランド化しているかどうか、特にプレミアムブランド(通常の商品よりもブランド価値が高く、価格も高めのプレミアムプライシングで販売可能な商品)にまでなっているかどうかということになると、4社の中でもアップルがもっとも優れていると分析されます。

iPhone

アップルはiPhoneに対して哲学や想い、こだわりを持っている。

Justin Sullivan/Getty Images

上記の図はラダリングというフレームワークでアップルのiPhoneを代表例としてブランディング分析したものです。優れたブランドは、名称から、属性(特徴や実績)、機能価値、情緒価値、ブランド価値に至るまですべての階層で顧客価値に優れています。

まずブランド名であるiPhoneの「i」にはさまざまな意味が込められています。小文字から始まることで違和感を醸し出し注目させる一方、全体として明快なトーンと発音。そして何より、iには「私」「私の」「自分らしく」という意味やブランド価値までもが込められているのです。

属性では、本人確認としてのフェースID(アップルが開発した顔認証システム)、プラットフォームとしてのアップストア、保有しているデバイス間を同期化させるアイクラウド、スマホとしての各種特徴、そして後で詳しく述べるヘルスケア管理機能などが挙げられます。

それぞれの製品の機能価値や情緒価値は、CMやコピーといったプロモーションからできるのではなく、属性から派生するものであるということが重要なポイントです。機能価値としてはCX(カスタマーエクスペリエンス)=CI(カスタマーインターフェイス)に優れていて使いやすいこと、情緒価値としては実際に使っていて「誇らしい、信頼できる」といった気持ちになることが指摘できると思います。

そして、最終的にiPhoneは、「自分らしいライフスタイルを過ごす」「自分のライフスタイルや気持ちに合った高品質のスマート機器を自分らしくスマートに使いこなしたい」というような顧客価値を提供していると表現できるでしょう。

アップルがiPhoneに対して哲学・想い・こだわりを持っているように、自分の仕事やライフスタイルに哲学・想い・こだわりを持って過ごしていきたいと思っている人。それがアップルのターゲティングであり、ポジショニングでもあるのです。(敬称略)


田中道昭(たなか・みちあき)立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。上場企業取締役や経営コンサルタントも務めている。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』など。2019年4月、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』の2冊を刊行。

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